01-45.胸の決意
アディルの家へろ過器と糞炭を届けてから、数日が経過した。
初等学校の教室には、まだアディルの姿はなかった。
けれど、彼の相棒であるブーリから、嬉しい知らせが届いた。
「トッシュ! アディルの妹のやつ、吐くのがすっかりおさまって、少しずつスープを飲めるようになったらしいぞ! 熱も下がって、お喋りできるくらい回復したんだって!」
ブーリが興奮気味に教えてくれたその言葉に、僕は胸を撫で下ろし、心から深く安堵した。
(よかった……! 本当に、間に合ってよかった……!)
『ああ、良かったな。あの時勇気を出してろ過器を持っていったおかげだ。』
脳内のおじさんも、安堵に満ちた声を響かせる。
だが、安堵とともに、僕の心の中には緊張感が満ちていた。
それは、アディルの家へ向かったあと、脳内の『白い部屋』でおじさんと交わした話し合いのことだった。
◆ ◆ ◆
『トッシュ、家族だけじゃなく、アディルの家にもトリーブ先生の名前を使ってしまったんだ。じいさんや親父さんはお前の家族だ。恐らくトリーブ先生から聞いただなんて嘘だと気付いているだろう。だけどなアディルの家族は違う。体調が良くなれば、絶対にトリーブ先生のところへお礼に行くだろう』
(……うん。そうなったら『何のことでしょう』ってなって、僕が名前を騙ってたのが一発でバレちゃうよね)
『ああ。それに、お前自身もトリーブ先生に対してずっと嘘をついてるのが気まずくて仕方ないんだろ?』
(……すごく気まずいよ。授業中に先生と目が合うだけで心臓がバクバクするんだ。トリーブ先生にちゃんと話をしたい。でも、どう言ったらいいんだろう……?おじさんのことを言ったら、おかしな子と言われるどころか、異端だ、悪魔憑きだ、って言われたりすることだってあるかもしれないし……)
おじさんは腕を組み、うーんと深く唸ってから、僕の目をまっすぐに見つめた。
『俺も色々考えてたんだがな。こういう時は、無理につじつまを合わせようとしない方がいい。本当のことを言っちまうんだ。俺の存在も含めてな』
(えっ……!? 本当のことをっ?)
『ああ。もしまた適当な嘘をついてその場をごまかせたとしても、どこかで必ずつじつまが合わなくなって、さらに大きな嘘を重ねることになる。お前にとって、トリーブ先生は信用できる人間なんだろ?』
(うん。 トリーブ先生はこの村の導師様として真剣にみんなに奉仕してらっしゃるし、先生としても厳しいけど優しくて、心から尊敬できる方だよ!)
『だよな。だからこそ、もう全部言っちまおうぜ。お前の性格だ。このまま嘘をつき続けたりごまかしたりしたら、お前自身がその嘘に耐えられなくなって潰れちまう』
(……確かに。大好きな先生に嘘をつき続けるのは、絶対に嫌だ)
『だろ! じゃあ、腹を括って本当のことを言っちまおうぜ!』
(うん……! 僕、先生に本当のことを話すよ!)
◆ ◆ ◆
あの日、僕とおじさんは「トリーブ先生にすべてを打ち明ける」と固く決意していたのだ。
アディルの妹の回復を聞き、僕の胸の中の迷いは完全に消え去っていた。
授業を進めるトリーブ先生の横顔を見つめながら、僕は小さく息を吸い込み、固く拳を握りしめた。
(よし……今日、授業が終わったら先生に全部話そう!)
授業が終わり、生徒たちがゾロゾロと教室を出ていく。
僕は一人教室に残り、トリーブ先生の前に静かに進み出た。
「……トリーブ先生。少し、お話があります」
トリーブ先生は手を止め、眼鏡の奥の目をおだやかに細めると、薄く微笑んだ。
「そろそろ来るんじゃないかなと、待っていましたよ、トッシュくん」
「え……?」
「最近、私が知らないところで『トリーブ先生の知恵は素晴らしい』と、村の人からお礼を言われることがありましてね。身に覚えがなかったのですが……なんとなくですが、トッシュくんだろうなと思っていたんです。さて、どうされましたか……?」
先生の見抜くような、けれど優しい眼差しに、僕は覚悟を決めて深く頭を下げた。
「……ごめんなさい! 先生の名前を勝手に使ってしまいました! 実は――」
僕は震える声を必死に抑えながら、秘めてきた真実を一気に打ち明け始めた。
「春の拝受の儀で、僕が倒れてしまった時のことです。あの時、僕の中に……別の世界で死んだ人の魂が入り込んで、声が聞こえるようになったんです」
「別の世界の……死者の魂、ですか…………」
「……はい。その声が、村の水は悪くて病気になるから、綺麗にしないといけないって教えてくれたんです。『ろ過器』という仕組みや、水を沸騰させると悪いものが消えるって……。家族やアディルの家を助けたくてそれを作ったんですが、子供の僕が言うより先生の知恵と言った方が信じてもらえると思って……嘘をついてしまいました!」
一気に吐き出し、深く頭を下げ続ける僕の上に、静かな静寂が流れていた。




