01-36.再び万屋へ向かう
サイガ一頭と野ウサギ七匹という大戦果は、我が家の食卓を大いに潤してくれた。
けれど、この乾燥した熱い大地には、肉を新鮮なまま保存しておける便利な『レイゾウコ』というようなものは存在しない。
生肉は放っておけばあっという間に傷んで腐ってしまうし、干し肉にするのも、この暑くなってくる時期は適していない。
ということで、僕たちの家やソディル義兄さんの家で向こう数日間に食べる分を確保した残りは、新鮮なうちに近くの家々へ配って回ることになった。
「いつも水路の掃除を手伝ってもらっているからね」「困ったときはお互い様さね」とお母さんやおばあちゃんが笑いながら手際よく肉を切り分け、僕も弟たちと一緒に日干しレンガの家々を走り回ってお裾分けを届けた。村の人たちはみんな大喜びで、神への感謝の言葉を口にしながら温かく迎えてくれた。
──たっぷり肉を食べて精をつけた翌日の午後。
畑仕事へ出かける前のわずかな時間、おじいちゃんのオモが中庭で僕を呼び止めた。
「トッシュ、ちょっとこれを持ってワシと一緒に来い」
おじいちゃんが指差したのは、昨日綺麗に肉を剥ぎ取ったサイガや野ウサギの骨や皮、そして二本の立派なねじれたサイガの角だった。
「こいつらをさっそく万屋のニヨズのところへ持っていく。骨以外は手間賃じゃ」
おじいちゃんはそう言うと、ロバの背にそれらを器用に積み込み、僕の手を引いて歩き出した。
村の中心近くにある万屋の工房に入ると、相変わらず気難しそうな皺を刻んだ髭面の店主が作業台から顔を上げた。
「おいニヨズ。この間言っていた骨を持ってきたぞ」
オモが声をかけると、男──ニヨズは手にしていた道具を止め、驚いたように目を見開いた。
「……おいおい、オモのじじい、もう取ってきたのか!? 」
ニヨズは作業台から立ち上がり、オモの隣にいる僕に視線を落とすと、ニヤリと不敵に笑った。
「おまえさんの嫁の弓の腕はすごいからな。こんなに早えぇとは思ってなかったが、まあ早くもらえるんであればこちらとしても都合がいい」
ニヨズはロバから荷物を降ろし、鋭い目でそれぞれの品を確認していく。
「……で、そっちの長男坊が欲しがってた骨炭用の骨だな。おい、これはサイガの骨じゃねえか。そしてこいつは……」
骨や皮と共に包んであった、美しくねじれた一本の大きな角を手に取り、しげしげと眺めた。
「なかなか形のよい角じゃねーか。骨の髄までしっかり詰まってやがる。これなら何にでも使えるぞ。だがどうした?俺が頼んでいたのは炭にするための骨だけだったはずだぞ?この皮や角はどうしたんだ?」
オモは白髭を誇らしげに撫でながら、鼻高々に笑ってみせた。
「ふん、手間賃はいらねえなんて言っていたが、お前さんに借りを作るとなにがあるかわからんからな。どうせ皮も角も、お前さんのところなら何かしらに使うじゃろう、とっとけ」
「相変わらず素直じゃねえ言い方をするな、オモのじじい。まあ、これだけの素材はなかなか手に入らないからな。快くもらっておくぜ」
ニヨズは驚きつつも、嬉しそうに皮を撫で回した。
これだけ大きな獲物の皮は、靴や水袋の材料として非常に価値が高いのだ。
「ふん、お前の窯を借りる手間賃の代わりじゃ。気にするでない」
「……よし、骨の油抜きと炭焼きにはちっと時間がかかる。次の器を焼くときに一緒に窯へ放り込んでおくから、しばらく経ったら様子を見にまた来な」
「頼んだぞ。よし、じゃあトッシュ、午後の仕事もあるからな。プラートも待っておるだろうし、早く帰ろう」
用件を終えた僕たちは、ニヨズに見送られて店の外へと出た。
店の前の通りでロバの手綱を握り直したとき、おじいちゃんがふと足を止めた。
「おっと、いかん。一つ話し忘れたことがあったわ。トッシュ、ここで少し待っておれ」
「うん、わかった、おじいちゃん」
おじいちゃんはそう言うと、慌てた様子で再び万屋の暖簾をくぐり、店の中へと戻っていった。
◆◆◆
「おい、ニヨズ。ちょっと待っておくれ」
店に戻ってきたオモは、入り口を振り返り、トッシュがついてきていないことを確認してから声を潜めてニヨズに近づいた。
「どうしたんだ、忘れ物かい?」
「いや、もう一つ頼みたいことがあってな。さっき渡したサイガの角があったじゃろう?」
「ああ、あの見事な角かい。どうかしたのか?」
「あの角を削って、紐を通して首にかけられる小さな魔除けを作ってほしいんじゃ。」
ニヨズは髭をさすりながら、オモの真意を量るように目を細めた。
「クリスマンかい。孫たちのお守りだな?」
「うむ。トッシュ、ハッサン、フサン、それにまだ幼いナスル……それから、ソディルのところの娘も含めてな。我が家に連なる五人の子供たちのために、それぞれ一つずつ、合わせて五つのクリスマンを仕立ててくれ。荒野のケモノや魔獣、それに不吉な病魔から子供たちを守るための、頑丈なやつを頼む」
「なるほどな。旦那の頼みとあっちゃあ、極上の角細工に仕上げてみせるぜ。立派な皮のお礼もある、腕によりをかけて彫らせてもらうよ。形はどうする?」
「形は、信仰の象徴たる、聖なる受け鉢と光の柱の意匠でどうだ」
「おう、わかった。多く作る形だからな、朝飯前だ」
「ありがたい。トッシュらには秘密じゃぞ。出来上がったら、骨と一緒に受け取りに来るからの」
オモは満足そうに頷くと、今度こそ店を後にした。
◆◆◆
店の外で待っていた僕の前に、おじいちゃんがすっきりとした笑顔で戻ってきた。
「待たせたな、トッシュ。大した用ではなかったわい。さあ、早く家に戻ろう。今日の午後もやることがたくさんあるからのぅ」
「うん。」
僕は元気よく返事をして、ロバの手綱を引いた。
脳内のおじさんは──『じいさんは一体何しに戻ったんだ?』と不思議そうに呟いていたけれど、目的に一歩近づいた僕たちの足取りは、我が家に向けて軽やかに弾んでいたのだった。




