01-30.狩猟の企て
「骨をどうするか、じゃな? 歩きながら話そう」
万屋のニヨズの工房を後にした帰り道、オモは、白い正装のローブの裾を乾いた風になびかせながら、不敵に口元を歪めた。
僕はその大きな背中を追いかけるように、歩調を早める。
「家畜の羊を潰せんとなれば、荒野の獣を狩るまでよ。最近村の近くに、野生の野ウサギやサイガが何匹か姿を見せていると聞くからの」
「狩りに行くの!? でも、おじいちゃん。お父さんなんて言うかな……。畑がすごく忙しい時期だし、僕がそんなこと言ったら、怒られちゃうんじゃ……」
僕が心配そうに見上げると、おじいちゃんは「くくっ」と喉の奥で笑った。
「まともに『炭を作るから骨が欲しい』などと言えば、あの生真面目なプラートのことじゃ。『子供の火遊びに大人を付き合わせるな』と一蹴されるのがオチじゃろうな。だからな、トッシュ。これにはもっともらしい『建前』が必要なんじゃ」
「建前……?」
「うむ。そろそろ夏が本格的に来る。容赦ない日差しが照りつけ、アリークの水すらあっという間に干からびるほどの過酷な季節じゃ。そんな中で、畑に水を引くのも、麦の収穫をするのも体力勝負になる。この時期を乗り切る前に、家族全員で美味い肉をたらふく食べて、しっかりと精をつけておく……。これじゃ。これなら、家族を誰よりも気にかけるプラートも反対はできまい」
おじいちゃんは僕の頭を大きな手でぽんと撫で、ウィンクをして見せた。
『なるほどな……。過酷な夏を乗り切るための栄養補給、か。家族思いのお父さんの性格を考え抜いた、素晴らしい大義名分だぜ。夕食の席でおじいさんが話を切り出したら、うまく合わせるんだぞ、トッシュ』
脳内のおじさんも感心したように声をかけてくる。
僕は心の中で力強く頷いた。
——それから二日後の平日の夕食時。
夕暮れが迫る中庭の高床式縁台の上は、いつも以上の熱気に包まれていた。
どうやら本当に夏が近づいているようだ。
今日は、仕事の手伝いに来ていた長女のバショーラ姉さんと、その夫である義兄のソディルさん、そして一歳になる愛くるしい姪のディロロムも一緒に食卓を囲んでいる。
高床式縁台の上には、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、やんちゃな五歳の双子ハッサンとフサン。
そして、三歳になり、すっかりお皿から自分でご飯を食べられるようになった四男のナスルも静かに座っていた。
中央には、蒸気で少し温められた平べったいパンと、羊の脂の香ばしい匂いが漂う温かいスープが並んでいる。
一同は目を閉じ、胸の前で両手をクロスさせて「神に祈りを」と唱え、短い食前の祈りを終えて夕食を始めた。
「……ところで、プラート、ソディル」
スープに浸したノンを口に運び、しばらくして食卓が落ち着いた頃、おじいちゃんがふと、真面目な顔つきでお父さんたちに声をかけた。
僕の心臓が、少しだけドキンと跳ねる。
「何ですか、おやじ殿」
お父さんはスプーンを止め、その鋭い眼光をおじいちゃんへと向けた。
「うむ。これから夏が来れば、綿花の世話や収穫で、お前たちもろくに休む暇がなくなるじゃろう。そこで、その前に一度、荒野で野生のケモノを狩り、美味い肉を食って精をつけねばならんと思うてな。ソディルも、最近は少しばて気味なんじゃないか?」
「えっ、僕ですか?」
不意に名前を呼ばれ、大柄なソディルさんが目を丸くした。
その隣で、バショーラ姉さんが「確かに、この人ちょっとバテ気味なのよね」と、ディロロムをあやしながら頷く。
「おやじ殿、畑の準備で忙しいこの時期に、わざわざ一日を潰してまで……」
お父さんは眉をひそめたが、すかさずおばあちゃんが、おじいちゃんの話をフォローするように口を開いた。
「なぁに、プラート。明日の羊の放のついでに、荒野へ弓でも持っていこうかねえ。ただ、ババアとジジイ二人だけじゃ、放牧をしながら獲物を運ぶにはちと手が足りない。ソディル、お前さん、明日は手を貸しておくれ」
「あっ、そういうことですね。おばあ様、荷物持ちでも何でもしますよ!」
ソディルさんが嬉しそうに頷くと、おばあちゃんはフッと口元を緩めた。
「ふん、お前さんだって十分に弓が達者だろうさ。お前ひとりでも何匹か狩れるさ。この人と、腕のいいソディルがついてくれるなら、これ以上ない狩りになるさね」
これで大人たちの空気は完全に狩りへと傾いた。
『トッシュ、ここだ! 用意していた台詞をぶちかませ!』
脳内のおじさんの合図に合わせて、僕は勢いよく手を挙げた。
「お父さん! 僕も、明日の放牧と狩りについていきたいな!」
「トッシュ……。荒野は子供には危険だ。お前にはまだ早い」
お父さんはすぐに厳しい声を張ったけれど、僕は事前に用意していた計画をきっぱりと口にする。
「もちろんおばあちゃんの邪魔にならないようにする。荷物持ち用のロバの手綱を引いたり、狩りの間に羊のお世話もできるから、ただの荷物持ちでいいんだ。だから連れていって!」
「ロバや羊の世話、か……」
お父さんは少し驚いたように僕を見つめた。
僕が『拝受の儀』のあと物置にこもりがちだったことを心配していたお父さんの心が、少し揺らぐのが分かった。
そこへおばあちゃんが、さらに畳みかける。
「なぁに、私に加えて、こん人とソディルというフォロー役が二人もいるんだ。トッシュ一人がついてくるくらい、何の問題もないさね。男の子は荒野の風を浴びて強くなるもんだよ」
お父さんは腕を組み、しばらく僕の真っ直ぐな目を見つめ返していたが、やがて深く短いため息をついた。
「……わかった。ただし、トッシュ。おばあちゃんたちの言いつけを絶対に守り、絶対に足を引っ張るんじゃないぞ」
「うん! ありがとう、お父さん!」
(よし、交渉成立だ! よくやったぞトッシュ!)
おじさんも脳内で大喜びしている。
すると、それまで静かにスープを飲んでいた三歳のナスルが、ぽつりと小さな口を開いた。
「ぼくも……いきたい……」
「ナスル、お前はまだロバに乗る練習を始めたばかりでしょう。まだ早いわ」
お母さんに優しく即答され、ナスルは不満そうに小さな頬を膨らませた。
「む~…」
それを見た双子のハッサンとフサンが、ここぞとばかりに身を乗り出す。
「じゃあ、僕たちはもうロバに乗れるから、一緒に行ってもいいよね!」
「そうだ、ぼくたちも行きたい!」
しかし、お父さんの鋭い声がタプチャンに響いた。
「ダメだ。明日はソディルとトッシュが放牧の方に抜けるんだ。人手が足りない分、お前たちは明日は畑で、麦の種まきを手伝え」
「ええーっ! そんなのずるい!」
「トッシュにい、ずるい~~!」
ハッサンとフサンが声を揃えて抗議するのを、僕は苦笑いしながら見つめることしかできなかった。
バショーラ姉さんやソディルさんがそれを見て楽しそうに笑っている。
賑やかな夕食が終わり、全員で「神に感謝を」と静かに祈りを捧げた。
(ふぅ、これでろ過器を進化させる骨が手に入るぞ……!)
脳内でおじさんが期待を込めて呟く。
僕もまた、温かいお茶で口を潤しながら、平日の荒野へ向かう明朝の道行に、胸を熱く弾ませていた。
今日以降は、2,3日に一度の投稿になることが多くなりそうです。よろしくお願いします。




