01-03.記憶の共有と、決意
「……だとしてもだよ」
真っ白な空間の中で、おじさんは真剣な顔つきに戻って言った。
『上澄みの水だとしても、俺の感覚だとキツいんだ。……なあ、考えてることがお互いわかるんなら、俺の言っていることを見てもらうことはできないのか……?』
男はそう言うと、うーん、と唸りながら僕の方をじっと見つめて、念じるような仕草をした。
その瞬間、僕の頭の上の方にあるもやもやとしたものが、僕の意識と強く結びつくような感覚がした。
(よし、僕たちがいつも飲んでいる水について、考えてみよう)
村の近くの山から流れてきている地下水道の水が流れて貯水池にたまっているものを汲んできたものだ。
泥で少し濁ったその水を家の水瓶に溜めて、土が沈むのを待ってから上澄みを飲む。
それが僕たちの当たり前だった。
その水について考えた瞬間。
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
――『ヤバい』『ばい菌だらけ』『寄生虫』『お腹を壊す』『下手したら死ぬ(コレラ?とか赤痢?とか昔の病気)』……。
頭の中に、聞いたこともない病気の名前と、とにかく「あれは汚くて危険だ」という強烈な警告のイメージが、確信を持って溢れ出してきた。
よく見れば色々なものが浮いているあの濁った泥水の中には、目に見えない『菌』という悪い生き物や虫の卵がうじゃうじゃと潜んでいる。
それをそのまま体内に取り込むことは、ゆっくり毒を飲んでいるのと同じことだということ。
「っ……!!」
僕は思わず口元を押さえた。
真っ白な空間のはずなのに、背筋にゾクゾクと冷たいものが走り、胃の奥がギュッと縮み上がるような吐き気を感じた。
詳しいことは分からなくても、あの水が身体にどれほど悪いかだけは、はっきりと理解できた。
あのおじさんが、必死に「死にたくない」「どうしても受け付けられない」と拒絶していた理由が、痛いほど分かった。
「……よく、今まで生きてこれたな……」
震える声で呟く。
僕たちや村の人は、昔からあの水を飲んで育ってきたから、今までは何も疑問に思わなかった。
だけど……水が酷く臭った季節に、村の子供たちが熱を出して寝込んだりしたのは、この「水の中の悪いモノ」が原因だったかもしれない。
(……いつか、家族もあの水で死んでしまうかもしれない)
その考えに行き着いた瞬間、僕はギュッと拳を握りしめていた。
まだ幼い弟たちの顔や、父さん、お母さんの顔が浮かぶ。
あの家族の笑顔が失われることだけは、絶対に嫌だ。
男は少し照れくさそうに頭を掻きながら、真剣な顔で続けた。
『汚い水をどうにかするなら専門家じゃないけど……ちょっと思い浮かんだことはあるんだ。なんとか思い出してみるよ。だから……』
情けない声でおねがいしてくる大人の男を見て、なんだか少し毒気が抜けてしまった。
僕は小さく息を吐き、おじさんの前に一歩歩み寄った。
「……わかったよ。僕はまだ体が小さくて子供だけど、この世界の生き方なら知っているから。二人で協力しよう。おじさんの知識があれば、きっとこの過酷な世界でも、病気にも貧しさにも負けずに生き残れるはずだ。だから、一緒にがんばろう、おじさん」
僕は、自分の小さな右手を差し出した。
おじさんは一瞬きょとんとした後、嬉しそうに、でも少し照れくさそうに笑って、その手を握ろうと大きな手を伸ばしてきた。
『……ああ。頼んだよ、相棒』
二人の手が触れ合おうとしたその瞬間、男の姿も、真っ白な空間も、すうっと霞むように薄れていった。
――目を開けると、窓の外からはすっかり明るくなった朝の光が差し込んでいた。
頭の奥にいた「見知らぬ男」との奇妙なやり取りは、夢だったのか現実だったのかよくわからない。
ただ、目覚めた僕の心の中には、「自分や家族が飲む水を、僕たちの力でなんとかしなきゃいけない」という、確固たる、そして切実な決意だけは、しっかりと残っていた。
現地の少年と、日本から転生してきた男が一つの身体・頭に同居するという設定です。
この時代&地域の専門用語にはルビは振ってますが、どこかのタイミングで整理したいと思います。




