01-27.トリーブ視点1
宗教指導者=導師、かつ、初等学校の先生でもある、トリーブ先生視点の話です。
夜明けの冷気が、聖堂の石造りの床をうっすらと白く濡らしている。
私は、朝の最初の礼拝を終えた後の静まり返った礼拝堂で、一人、 聖典の分厚い羊皮紙の頁を静かにめくっていた。
青銅の香炉から立ち上る乳香の煙が、朝の細い光の帯に溶けては消えていく。
静寂の中で、私の心は、先週執り行われたあの |拝受の儀の光景へと引き戻されていた。
長年、このオイアクス村の導師として、多くの子供たちが神の御力――魔力を授かる瞬間をこの目で見届けてきた。
魔力が体内に宿る瞬間、天から子供の頭上へと、その資質に応じた神聖な光が降り注ぐ。
魔力の量が凡人なら淡い光が、少し優れた者ならそれなりの輝きが、その身を優しく包み込むのが、いつもの不変の光景だった。
プラートさんの息子、トッシュくんの順番が来たときも、最初は極めて平穏だった。
あの子の持つ魔力の器は、少し多めではあるが、十分にあり得るほどの大きさ。
あの子が頭を垂れ、神への感謝を唱えると、その器にふさわしい、少し強めではあるが穏やかな光が天から降りてきた。
ここまでは、何の異常もなかったのだ。
儀式はそのまま、滞りなく終わるはずだった。
だが、光があの子の小さな体へと完全に吸い込まれようとした、最後の一瞬だった。
聖堂に差し込んでいた光が、まるで水で満たされたガラスの器を通したかのように、あるいは風に揺れる水面のように、不自然に歪み、ぐにゃりと折れ曲がったのだ。
さらに、私の目を釘付けにしたのは、あの子の足元に伸びた影だった。
七歳の小さなトッシュくんの影の背後に、重なるようにして、もう一つの影が床に映し出された。
それは、広く引き締まった肩幅を持つ、静かに佇む「大人の男」の影だった。
不自然に屈折した光が、その二重の影をなぞるようにしてトッシュくんの脳天へと吸い込まれた瞬間。
トッシュくんは肺の中の空気をすべて吐き出すように、糸の切れた人形のように崩れ落ちてしまった。
「トッシュくん……!」
気絶したあの子を抱き起こした時の混乱は、今でも鮮明に覚えている。
あのような現象は、 私は知らない。
恐らく、宿った魔力の量自体は普通であっただろうというのに、なぜあのような影が現れ、光が歪んだのか。
私のような一介の導師の知識では、到底理解の及ばぬ領域だった。
(あの子は……もしかしたら、私の預かり知らぬ大いなる何かに、巻き込まれているのではないだろうか)
だとしたら、私は教育者として、あの子をどう導けばよいのだろう。
トッシュは、とても心優しい子だ。
双子の弟たちをよく世話し、マクタブの授業でも、誰よりも熱心に、私の一言一言を逃さぬように深い目で見つめてくる。
だが、その瞳に宿る優しさは、厳しい嵐に立ち向かうような、強さとはまた異なるものだ。
あの子は決して、過酷な宿命を力づくでねじ伏せるような、そんな戦士ではない。
もしもあの子の背後に、我々の計り知れない運命が控えているのだとしたら。
(大人として、私たちがしっかりと見守り、その行く手を支えてやらねばならん。あの子の心が、その重荷に潰されてしまわぬように……)
静かに胸の中で誓いを立てた、その時だった。
礼拝堂の外から、砂を踏み鳴らす賑やかな足音と、子供たちの元気な笑い声が聞こえてきた。
「トリーブ先生! おはようございます!」「先生おはよー」「おはようございます、だろ!」
どうやら、マクタブの子供たちが集まり始めたようだ。
あの子たちの無邪気な声を聞いていると、先ほどまでの重苦しい思索が、朝霧のように静かに晴れていく。
私は聖典をそっと閉じ、立ち上がって服の埃を払った。
(さて……あの子たちには、いつから魔法を教えたものか)
特に、あの奇妙な儀式を経たトッシュくんには、いつから、どのようにして体内の魔力の扱いを教えるべきか。
遅すぎると先に肉体が成長し、心とのバランスが悪くなるし、早すぎると身体が追いついてこない。
知恵者としての心地よい悩みを頭の片隅に置きながら、私は子供たちの待つ明るい中庭へと、ゆっくりと歩みを進めるのだった。




