01-26.万屋(よろずや)との約束
春の農村は、猫の手も借りたいほど忙しい。
綿花の種まきや、村中に張り巡らされた灌漑水路の泥上げ作業に追われ、平日は大の大人から子供まで、全員泥だらけになって畑にかじりついていた。
七歳の僕も例外ではなく、泥上げ作業を手伝ったり、畑の雑草をむしったり羊やロバの世話をしたりと、あっという間に一週間が過ぎていった。
そして迎えた、翌週の信仰の日。
午前中の厳かな礼拝を終え、大人たちが中庭でくつろぎ始めた午後、僕は約束通りおじいちゃんのオモに連れられて家を出た。
目指すのは、村 of 北の隅。
乾いた風が吹き抜ける小道を歩きながら、僕は隣を歩くオモを見上げた。
白い正装のローブを風になびかせ、悠然と歩く祖父の姿は、子供の僕にとってこれ以上ないほど心強い。
(おじさん、やっぱりおじいちゃんが一緒だと全然違うね。僕一人だったら、そもそも村の端っこまで行くのすら反対されてただろうし)
『ああ。子供の「おままごと」として片付けられないためにも、おじいちゃんの存在は絶大だ。大人や偉い人の力を借りるっていうのは、社会人でも基本中の基本だからな……おっと……嫌なことを思い出しそうだ……』
脳内のおじさんがなんだかよくわからないうちに傷ついているうちに、目の前に日干しレンガと強固な木材で組まれた、大きな工房が見えてきた。
ここが、村のあらゆる道具作りや修理を一手に引き受ける万屋、ニヨズの家だ。
今日は信仰の日で仕事は休みなはずだが、中庭の隅では、オモより少し若いくらいの、がっしりとした男性が木材を削っていた。
体中に木屑を浴び、目の周りに深く刻まれた皺が職人らしい気難しさを漂わせている。
「おいニヨズ。信仰の日まで商売をしているなんて、相変わらずもの好きじゃな」
オモがからかうように声をかけると、男――ニヨズは手にしていたヤスリを止め、ふっと顔を上げた。
「おや、オモのじじいじゃねえか。売り物じゃねえよ。うちのばあさんにせっつかれてな、ガタついた踏み台を直してやらねえと、今夜のご飯抜きにされちまうんだ」
ニヨズは肩をすくめて笑い、それからオモの隣にいる僕に視線を落とした。
「で、そっちのちびっ子は? プラートのところの長男坊かい?」
「うむ、トッシュじゃ。この間、拝受の儀で倒れたのはこいつじゃよ」
「ああ、あの病み上がりの坊主か。少し見ないうちに、随分と顔色が良くなったじゃねえか」
ニヨズはニヤリと笑い、大きな手で僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
この地域の大人特有の、ぶっきらぼうだけど温かいからかいだ。
僕が「こんにちは、ニヨズさん、トッシュといいます」と挨拶すると、ニヨズは「おう、行儀がいいな」と満足そうに頷いた。
「それで、オモの旦那。そんな行儀のいい孫を連れて、ワシに何の用だ? まさか踏み台の修理を冷やかしに来たわけじゃねえだろ」
「うむ。少しお前に作ってもらいたいものがあってな。ニヨズ、お前のところの窯で、『骨の炭』を焼くことはできんか?」
オモがそう切り出すと、ニヨズはピクリと眉を跳ね上げ、心底驚いたように目を見開いた。
「……骨を焼いた炭だと? それは骨炭のことだな。しかし、オモのじじい、よくそんな珍妙なものを知っていたな。地方の大きな都市の変わった薬師や商人くらいしか使わん代物だぞ。普通はそんなの頼みやしねえ」
「昔、ちと聞きかじってな。お前の窯なら、できると思ったんじゃ。どうじゃ、お前の腕でできるか?」
「ふん。この俺を誰だと思ってやがる。窯の温度調整なんざ、俺にとっちゃ朝飯前だ。だが……」
ニヨズは工房の奥にある棚を指差した。
そこには、綺麗に磨かれた動物の角や、平らに削られた骨の破片がいくつか並んでいるだけだった。
「あいにく、今はまともな獣の骨の在庫がねえ。骨ってのは、ナイフや矢尻、接着用の膠にするにしても、いくらあっても足りねえもんだ。ただでさえ余らねえ骨を、わざわざ炭にするために潰す余裕なんざ、うちにはねえよ」
やっぱり、そう簡単に骨炭は手に入らないか。
僕は少し落胆しかけたが、ニヨズはふっとニヤリと笑った。
「まあ、だが、じじいの頼みだ。ちょうど来週、うちで使う素焼きの器をまとめて窯で焼く予定がある。そのついでに窯の端っこに放り込んで、一緒に焼いてやってもいいぞ」
「本当か?」
「ああ。ただし、その代わりに持ってきてくれた骨の一部を、うちの取り分として分けてもらう。それで手間賃はなしだ。どうだ、悪くねえ取引だろ?」
ニヨズの提案に、僕は思わず身を乗り出しそうになった。
骨さえ手に入れば、お金を払わずに炭を作ってもらえるのだ。
「なるほど、骨の分け前か。悪くない。ニヨズ、その言葉、忘れるでないぞ。近いうちに、骨を持ってきてやるわい」
「おう、期待して待ってるよ。まあ、せいぜい頑張って調達してきな」
ニヨズは豪快に笑うと、再びヤスリを手に取って踏み台の修理に戻っていった。
——工房を後にした帰り道。
乾いた砂風が僕たちのローブを小さく揺らす中、脳内のおじさんが少し困ったように僕に話しかけてきた。
『手間賃なしっていうのはめちゃくちゃ良い条件なんだけどな……。うーん、トッシュ、お前さんちではいっぱい羊を飼ってるんだろ? それを一頭、潰したりできないのか?』
(だめだよ。羊はすごく高価で貴重なんだから。ハレの日のお祝いとか、売りに行く予定もないのに、骨のためだけに潰すなんて絶対にできないよ!)
『そ、そうか。やっぱり家畜は財産だもんな……。となると、骨なんてどこで見つけるんだ?』
おじさんも頭を抱えている。
僕は少し歩みを早めて、オモを見上げた。
「ねえ、おじいちゃん。骨ってどうするの?」
僕が尋ねると、オモは白髭の口元を不敵に緩め、前方の道をまっすぐ見据えた。
「ふむ……これについては、少し考えがあるんじゃ。歩きながら話そう」
その不敵な笑みに、僕は何か大きな作戦が始まる予感を覚えて、どきどきしながらその続きの言葉を待つのだった。




