01-24.物置同盟
「……なんじゃ、物置がずいぶんと騒がしいのう。トッシュ、ハッサン、フサン、そこで何をしておるんじゃ?」
有無を言わせぬ響きを持ったその声に、僕の心臓はどくりと大きく跳ね上がった。
物置の入り口から現れた祖父オモは、白い髭を蓄えた口元を真面目な形に結び、細められた目で僕たちを見つめている。
手には、礼拝の時に使っていた帳面が握られたままだ。
「お、おじいちゃん……」
僕がとっさに言い訳を探そうと身を硬くした瞬間、ハッサンとフサンが僕の脇をすり抜けて、おじいちゃんに駆け寄ってしまった。
「おじいちゃん! これ見て! トッシュ兄ちゃんがすごいお水作ったんだよ!」
「じゃりじゃりしないんだよ! すっごく喉が痛くないの!」
「こ、こら、ハッサン、フサン……っ!」
慌てて止めようとしたが、もう遅い。
オモは双子の言葉を頭ごなしに否定することはせず、ゆっくりとした足取りで僕の前に歩み寄ってきた。
そして、床に置かれた底がひび割れた大きな壺と、その下に置かれた小さな壺の中に溜まっている水を、じっと見つめ、それから僕の泥だらけの手へと視線を移した。
「トッシュ。お前、これは何をしておるんじゃ? まさか、まだ習ってもいない魔法を使ったのか?この間倒れたことを忘れたのかっ!!」
その声には怒気というよりも、どこか心配するような鋭さがあった。
僕は大きく首を横に振る。
「ううん、違うよ。まだ僕、やり方がわかんないから魔法は使えないよ。これは、ただお水を布と石と、砂に通しただけなんだ」
「砂と、布……?」
オモは眉をひそめた。
水は貯水池からそのまま汲んで飲むのが当たり前のこの世界において、わざわざ砂や石を敷き詰めた壺に水を通すなど、奇行以外の何物でもないからだ。
「砂の中に水を通したら、余計に泥だらけになって汚れるだけじゃろう。そんなもので綺麗になるわけが――」
「本当だよ! おじいちゃんも飲んでみて!」
フサンが小さな壺を両手でしっかりと持ち上げ、差し出す。
オモはしばらくその水を怪訝そうに見つめていたが、孫たちの必死な顔に根負けしたように、小さく息を吐いた。
そして、泥で汚れていない左手で小さな壺を受け取ると、ゆっくりと顔を近づけた。
いつも飲む水から漂う、あのツンとする強い土臭さがかなり薄くなっている。
だが、オモはふっと鼻をならした。
「ふむ……。やはり、魔法使いが出す、あの『全く濁りのない水』とは違うな。わずかだが、土の匂いや、何か雑味が残っておる」
オモは若い頃、獲物を追って何日も遠くの荒野へ狩りに出た際、同行した水属性の水使いが何も無いところから生み出してくれた、あの極限まで澄み切った無味無臭の水を飲んだことがあった。
それに比べると、トッシュの作った水は、まだ何かが取りきれていない、不完全なものであることが肌感覚で分かる。
だが、オモは小さな壺を傾けて、一口だけその水を口に含んだ。
ごくり、と喉が鳴る。
「…………ッ」
オモはしばらくの間、口の中に水を含んだまま動きを止めた。
舌を転がし、喉に落とし、そして驚きに目を見開いた。
「じゃりじゃり……せん。あの魔法の水ほど完璧ではないが、口の中に砂が一粒も残らん。それに、この喉を通る時の、あの独特な引っかかりが随分と消えておる……」
厳しい荒野の旅を経験したこともあり、この地で長年水を飲んで生きてきたからこそ、オモにはこの違いが誰よりもはっきりと分かった。
魔法で生み出した無から有への水ではない。
だが、いつも飲んでいる水とは、比べものにならないほど圧倒的に飲みやすいのだ。
「トッシュ。お前、この知恵を一体どこで手に入れた」
オモの目が、今度は僕を真っ直ぐに射抜いた。
その目は「子供の思いつき」ではなく、「一人の知恵者」に対するそれだった。
僕は頭の中のおじさんの冷静な気配を感じながら、あらかじめ用意していた言い訳を口にした。
「……初等学校のトリーブ先生がね、昔、遠い国の賢い導師さまが『砂や石を重ねてお水を通すと、悪い汚れが落ちて綺麗になる』って話していたのを、教えてくれたんだ。それでね、それを試してみたんだ」
物知りなトリーブ先生の名前を出せば、おじいちゃんも納得してくれるはずだ。
オモはしばらく髭をなでながら考えていたが、やがてフッと口元を和らげた。
「トリーブ先生、導師様か。あの御方は確かに多くの書物を読んでおられるからな……。しかし、それを聞いただけで、本当に形にしてしまうとは、お前も大した奴じゃな」
おじいちゃんは僕の頭を、泥だらけの手で手荒く、だけど嬉しそうに撫てくれた。
「だが、トッシュ。このことは、まだお前の父親には言うでないぞ」
「えっ? 父ちゃんには言わないの?」
ハッサンが不思議そうに声を上げる。
「プラートは生真面目な男じゃ。神様がくださった水に、子供がおままごとで小細工をしていると知れば、『余計なことをして遊んでいないで、畑を手伝え』と怒って、この壺を叩き割ってしまうかもしれんからな」
オモは悪戯っぽく片目を細めて、僕たちに笑いかけた。
「よし、これはワシとお前たちだけの秘密じゃ。……トッシュ、この水を、もう一杯作ってみせよ。ワシの部屋で、じっくりと話を聞こうじゃないか」




