01-23.小さな目撃者たち
物置の薄暗い静寂を破り、勢いよく扉が開け放たれた。
「トッシュ兄ちゃん! みーつけた!」
「ずるいよ、一人でこんなところで何あそんでるの!?」
なだれ込んできたのは、やはり次男のハッサンと三男のフサンだった。
いつも僕の後にくっついて回るやんちゃな双子は、物置の隅で僕が泥だらけの手で大きな土器の壺の前にしゃがみ込んでいる姿を見つけて、不思議そうに立ち止まった。
「しーっ! 静かに、声が大きいよ……!」
僕は慌てて人差し指を口に当てたが、好奇心の塊である彼らにそんな制止が効くはずもない。
二人はトコトコと僕の左右に歩み寄り、壺を覗き込んだ。
「トッシュ兄ちゃん、そんな古いやつで何して遊んでるの?」
「あ、なんか布がのっかってる。中に何が入ってるの?」
フサンがカメのてっぺんを指さす。
一番上に敷かれた麻布が中身を隠しているから、彼らからは何かをごそごそと詰め込んでいるようにしか見えないはずだ。
「あ、でも……こっちの小さなのはなぁに?」
ハッサンが壺の底に置かれた小さめの壺にも気づき、顔を近づけた。
そこには、先ほど僕が何度も何度も循環させて、ようやく澄んできた水が溜まっている。
「……あれ? これ、お水? なんだか、すごく綺麗だね」
「本当だ。いつものお水より、透き通って見えるよ」
フサンも一緒になって、壺の底をじっと覗き込んだ。
この世界で彼らが目にする水といえば、砂っぽい風にさらされた貯水池の上澄みか、生ぬるい泥の流れる灌漑水路の水だ。
ほんの少し濁りが残り、土器の茶色い地肌が透けて見える程度のこの水でも、彼らにとってはいつもより格段に綺麗な水に見えるのだろう。
「これ、飲んでいい!? 喉乾いちゃった!」
「あ、ちょっと待って、フサン。……まあ、大丈夫だと思うけど、僕が先に飲むから」
フサンが手を伸ばそうとするのを、僕は軽く遮った。
物理的なゴミや濁りはかなり落ちているはずだが、念のため僕が毒見をすることにする。
(おじさん、大丈夫かな…? )
問いかけると、おじさんは冷静に答えた。
『まあ、目の細かい砂と布でここまで物理ろ過したんだ、良くなっていることはあれど、悪くはなっていないだろうよ。お前が先にいってみろ』
僕は小さな壺を両手で持ち上げ、鼻を近づけてみた。
いつも飲む水から漂う、あの強い土臭さがほとんどなくなっている。
これなら、いける。
双子がじっと見つめる中、僕は壺の縁に口をつけ、水をゆっくりと喉に流し込んだ。
「……!」
口に含んだ瞬間にいつも感じる、舌の上をザラザラと這うような微細な砂の不快感がない。
さらに、喉を通る時のあの石灰混じりのえぐみや、喉を引っ掻くようなヒリヒリとした苦味も、かなり和らいでいた。
すっと喉を通っていく。
「どう? ねえ、トッシュ兄ちゃん、どんな味!?」
「大丈夫だよ。……ほら、二人とも少しずつ飲んでごらん」
僕が壺を差し出すと、ハッサンとフサンは競い合うようにして口をつけた。
「……じゃりじゃりしない!!」
「いつもの土っぽい感じが、ぜんぜんしないよ!」
フサンが声を上げ、ハッサンも興奮した様子で何度も頷いている。
「僕、いつもお水を飲むとお口の中が砂っぽくなってすこし吐き出してたのに、そんなことない!トッシュにい、これ、もしかして兄ちゃんの魔法で出した水なの?」
「いや、まだ魔法は使えないよ。これは魔法じゃないんだ」
「魔法じゃないの? じゃあ、なんでこんなに綺麗になるの?」
ハッサンが不思議そうに、小さな手で壺の側面をぺたぺたと触った。
双子は大はしゃぎで、まるで素晴らしいおもちゃでも見つけたかのように目を輝かせていた。
僕も含めてこれまで「じゃりじゃりする水」や「口の中が痛くなる水」を、それが当たり前のものとして、疑問すら持たずに飲んできたのだ。
一度でもこの「じゃりじゃりしない水」を知ってしまえば、もう二度と、あの水には戻りたくなくなる。
「トッシュ兄ちゃん、これどうやったの!? この壺がお水をきれいにしたの!?」
「ねえ、もっと作ってよ! 父さんや母さんにも見せよう!」
「あ、待って、二人とも! これはまだ秘密なんだから、大きな声を出したら――」
僕が慌てて双子の口を塞ごうとした、その時だった。
物置の扉の外から、ゆっくりとした、だけど重みのある足音が近づいてきた。
「……なんじゃ、物置がずいぶんと騒がしいのう。トッシュ、ハッサン、フサン、そこで何をしておるんじゃ?」
しわがれてはいるが、有無を言わせぬ響きを持ったその声は、うちの祖父、オモのものだった。




