01-22.ろ過器大作戦
聖堂での礼拝が終わり、大人たちが中庭の高床式縁台でお茶を飲みながら談笑を始めた頃、僕は一人、母さんに「ちょっと物置の整理をしてくるね」と言い残して家の中へと滑り込んだ。
薄暗い物置の扉を開けると、ひんやりとした日干しレンガの匂いと、乾燥した埃の粒子が鼻をくすぐる。
薄暗い光が差し込む部屋の隅には、古い羊毛の端切れや、農具の予備、そして使い古された素焼きの器が雑然と並んでいた。
(おじさん、おじさん! みんなが遊んでる隙にやっちゃおう。材料はどうやって重ねればいい?)
心の中で呼びかけると、待ってましたと言わんばかりにおじさんの声が返ってきた。
『よし、作戦開始だなトッシュ。いいか、そこらへんにある家畜の糞炭は絶対に混ぜるなよ。まずは水を通せる容器だ。』
物置の奥をまさぐると、先日目星をつけていたちょうど底に小さなひび割れの穴が開いた素焼きの壺が見つかった。
大きさは僕の胴体ほどもある。
これなら十分な量を溜められそうだ。
『よし。じゃあ、底から順に積み上げていくぞ。まずはそのひび割れた穴を塞ぐように、一番底に布を敷くんだ』
(一番下に、布、だね。次は?)
『その上に、大き目の石をごろごろと敷き詰めろ。その石の隙間を埋めるように小石を載せて、さらにその上から細かい砂を注いで、平らになるようしっかりと押し固めるんだ』
(大き目の石、小石、砂……よし、できたよ。これでいいの?)
『いや、それだけじゃ足りない。その砂の上から、もう一度同じ順番で重ねるんだ。大き目の石、小石、砂、の順番でな。そして最後、一番上に砂が舞い上がらないように布を載せる。あとは布が動かないように大き目の石をいくつか置いて………これで完成だ』
僕はしゃがみ込み、おじさんに言われた通り、泥だらけになりながら材料を詰め込んでいった。
一番底に布。
次に手のひらサイズの大き目の石。
その隙間に小石。
畑の乾いた細かい砂をさらさらと注ぐ。
これで第一層だ。
その上からさらに、大き目の石、小石、砂を順番に重ねていく。
最後に、上から注ぐ水で砂が巻き上がらないように、お母さんの刺繍部屋から掠めてきた麻布の端切れを一番上にふわりと載せ、最後にまた石だ。
七歳の小さな腕には、重い石を運び、砂をぎゅっぎゅっと押し固める作業はそれだけでかなりの重労働だ。
額からぽたぽたと汗が流れ落ちる。
息を切らしながらも、僕はなんとか作業を終えた。
(できた……! おじさん、これでいいんだよね?)
『上出来だ。炭が用意できなかったのは惜しいが、即席のろ過機としては十分な出来栄えだな。よし、汲んできた水を注いでみろ』
バケツに残っていた、あの泥と埃の混じった生ぬるい貯水池の水を、一番上の布めがけてゆっくりと注ぎ込む。
水はすうっと麻布に染み込んでいった。
壺の底に受け皿用の小さな平皿を置き、じっと待つ。
数十秒の後、ぽた、ぽた、とひび割れた底から水滴が落ち始めた。
「うわっ、汚い!?」
思わず声を上げそうになって、慌てて口を両手で塞いだ。
壺の底から落ちてきたのは、透明どころか、さっき注いだ泥水よりもさらに濃い、茶色く濁ったドロドロの液体だった。
(おじさん、前より汚くなってるよ!?)
『焦るなトッシュ。最初はそうなるのが普通なんだ。お前が集めてきた砂や石自体に、最初から細かい汚れがついていただろ?先に少し洗っておいたとはいえ、最初は、ろ過器そのものの汚れが一緒に洗い流されて出てくるんだよ』
脳内のおじさんは、慌てる様子もなく冷静に笑っていた。
『その濁った水をもう一度すくって、一番上から注ぎ直すんだ。何度も繰り返すうちに、ろ過器の中の砂や石が自分自身の水で洗われて綺麗になっていくからな』
(なるほど……。一回じゃダメなんだね)
僕は気を取り直し、平皿に溜まった茶色い水を慎重にすくい上げ、再び壺のてっぺんへと注いだ。
二回目。
やっぱりまだドロドロの泥水だ。
器の水をまた上に運ぶ。
三回目、四回目。
少しずつ、水の中の大きな砂粒のザラザラした感じが減ってきた。
五回目、六回目。
濁った茶色が、少しずつ薄い黄色へと変化していく。
(あ……! おじさん、少しずつ綺麗になってきた気がする!)
『そうだ。砂や石の汚れが落ちて、ちゃんとフィルターが機能し始めてる証拠だ。どんどん繰り返せ』
七回目、八回目、九回目……。
しゃがみ込んだ姿勢のまま、小さな器で水をすくっては上に注ぐという単純作業を繰り返す。
七歳の短い腕が、だるくなって重く感じる。
手のひらは砂と泥で真っ黒だ。
だけど、器に落ちる水の濁りは、一回ごとに確実に薄くなっていた。
黄色かった水が、だんだんと白っぽく濁っただけの状態になり、それすらも回数を重ねるごとに薄れていく。
そして、十二回目の水を注ぎ込み、底から滴り落ちる雫を受け止めた時だった。
「……すごい」
思わず、ぽつりと呟きが漏れた。
器の底に溜まった水は、かすかに濁りというか、ごく薄い黄色みが残ってはいる。
だけど、さっきまで見ていた貯水池の泥水とは比べものにならない。
器の底の素焼きの模様が、歪みなく、はっきりと透けて見えている。
(おじさん、見てよ! こんなに綺麗になった! ほとんど透明だよ!)
『どれどれ……うん、やっぱり炭がないから完璧な無色透明とはいかないが、まあ、それでも、泥だらけの生水に比べたら雲泥の差だ。どうだ? なかなか大したもんだろ』
少し不満げに分析しつつも、おじさんの声には確かな得意げな響きがあった。
僕にとっては、この水は奇跡そのものに見えた。
生水を凝視するたびに脳裏を焼き尽くしていた、あの不快な警告音も、今はすっかり静まり返っている。
感動に浸りながら、泥だらけの手で綺麗になった水を眺めていると――。
物置の扉の向こうから、ドタドタという騒がしい足音がこちらに向かって近づいてくるのが聞こえた。




