01-17.朗らかで大きな義兄
「プラートさん、すみません遅くなりました。もう始めてるんですね。おや、トッシュも病み上がりなのにもう働いているのかい?」
水路の先から、大きな鍬を肩に担いだソディル義兄さんが、白い歯を見せて歩いてきた。
近くに住むお母さんの友人宅の次男坊で、うちの農業の手伝いをしてくれていたのをきっかけに、気の強い長姉のバショーラと結婚した人だ。
とてもガッチリした大男なのに、おっとりとしていていつも優しく笑っている。
「おお、ソディル。向こうの区画の様子はどうだ?」
父さんが鍬を止め、汗を拭いながら尋ねる。
「ええ、あちらの土の湿り気はバッチリですよ。今年は綿花の芽吹きも良さそうです」
ソディルは丁寧に仕事の報告を済ませると、すぐに僕の前にしゃがみ込み、目線を合わせて顔を覗き込んできた。
「それよりトッシュ、もう熱はすっかり下がったのかい? みんな本当に心配したんだよ」
「うん、ソディル義兄さん。もう全然平気だよ。午前中もマクタブに行ってきたんだ」
「それは本当に良かった! ……ですがプラートさん、いくらトッシュが平気だからといって、あまり早くから無理をさせてはバショーラが黙っていませんよ。もしあいつに知られたら、私まで大目玉を食らってしまいます」
ソディルが困ったように眉を下げて笑うと、父さんはバツの悪そうな顔をしてコホンと咳払いをした。
「……別に無理などさせておらん。トッシュが自分から手伝うと言ったんだ。我が家の男手として、少しは体を動かした方がなまりが取れるだろう」
「ふふ、確かにそうですね。トッシュ、もし少しでもきついと思ったら、すぐに言うんだよ? 泥上げなら僕が代わりにやってあげるからね」
ソディルは僕の頭を大きな手で優しく撫でた。
おっとりしているけれど、毎日農作業をこなしているだけあって、その腕は父さんに負けないくらい逞しい。
そんなソディルの様子を見て、僕の頭の奥の『雲』から、おじさんのどこか微笑ましいイメージが伝わってきた。
――『絵に描いたような良い義兄さん』『確実に奥さんの尻に敷かれてるタイプ』。
(あはは、その通りだよ、おじさん。バショーラ姉さんは怒ると父さんもソディル義兄さんも頭が上がらないからね)
心の中でそう返事をしながら、僕はソディルに笑いかけた。
「ありがとう、義兄さん。でも本当に大丈夫。僕、早く一人前になって、この畑をみんなでいっぱいにしたいんだ。長男だからね」
「頼もしいねぇ。あ、そうだプラートさん。今日の夕飯のことなのですが……」
ソディルが少し丁寧に向き直り、照れくさそうに頭を掻いた。
「バショーラがね、今朝から『トッシュの病み上がりの祝いをしなきゃいけないから、今日は行くわよ!』と張り切っていまして。また今夜も、二人でお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」
「まあいいが、お前たちは三日に一度はうちで飯を食っている気がするな」
父さんが呆れたように息を吐く。
口ではそう言っているけれど、長女夫婦が頻繁に顔を出してくれるのが嬉しくないはずがないのだ。
なんだかんだ嫌な顔はしていない。
「まあ、そうおっしゃらずに。バショーラが市場で美味しそうな干し肉を手に入れたからと、それを持参すると言っていました。お義母さんのお手製スープに入れてもらおう、と」
「姉さん、トッシュのお祝いって言いつつ、自分が美味しいスープを食べたいだけなんじゃ……」
僕が小さく突っ込むと、ソディルはハハハと大声をあげて笑った。
「違いないよ、トッシュ! でも、あいつなりに本当に心配して、泣きそうな顔をして神様にお祈りしていたんだよ。だから、今夜は賑やかになりそうだね」
ソディルはそう言ってまた僕の頭を撫でると、「ではプラートさん、私は残りの区画の泥上げを終わらせてきます!」と一礼して、元気よく水路の先へと戻っていった。
ソディルの大きくて温かい背中を見送りながら、僕はまた鍬を握り直した。
(おじさん、今夜は賑やかな夕飯になりそうだよ)
頭の奥のおじさんも、どこか楽しみにしているような、穏やかな気配で小さく揺れていた。
乾燥した夕暮れの風が畑を吹き抜ける中、僕は家族が待つ夜の時間を心待ちにしながら、泥を力強くすくい上げるのだった。




