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ハードモードな中央ユーラシアに転生したので、生きることを目標とします 〜 普通中世ヨーロッパじゃないの!?劣悪な衛生や環境を乗り越える、異世界・非日常ファンタジー ~  作者: 山下オクトパス
第一章:転生と「水」への絶望

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01-14.村の知識人

中庭の厨房から漂う、ノンを温めた香ばしい匂い。

お腹がいっぱいになり、お母さんたちが素焼きの器を片付ける賑やかな音を背に受けながら、僕は上着の襟元を正して立ち上がった。

まだ五歳の双子の弟たち、ハッサンとフサンは中庭でブロンとかけっこをして遊んでいる。



彼らが初等学校(マクタブ)に通い始めるのは、もう少し先の話だ。


「じゃあ、行ってきます!」


僕は一人で中庭の重い木製の門扉を開け、乾燥したオイアクス村の小道へと一歩を踏み出した。

地平線から顔を覗かせた太陽が、土の道を白く照らし始めている。

数日前まで僕を苦しめていた激しい頭痛はもうどこにもない。



ただの水瓶の水を飲むことへの恐怖も、生きるために「一旦は諦めて受け入れる」と決めてからは、頭の奥のおじさんも静かに僕のタフな胃腸を信じて見守ってくれている。


(……時々水水ってうるさいけどね)


「トッシュ! もう歩いて大丈夫なのか!?」


「おはよう、トッシュ! 拝受の儀のとき、急に倒れたって聞いたからびっくりしたぞ!」


村の細い道を歩いていると、同じように布に包んだ筆記用具を手にした村の子供たちが、次々と声をかけてきた。

みんな、僕のことを心配してくれていたみたいだ。


「うん、みんなおはよう。心配かけてごめんね、もうすっかり元気だよ」


そう言って笑い合う。

この過酷な大地で暮らす人々は、みんな素朴で、信じられないほど情が厚い……らしい。

ニホンで孤独で友達がいなかったらしいおじさんが、僕の脳裏で『うるさい』とか『こういうのいいよな』と、しみじみとした気配を揺らしていた。



——なんでも、子供のころはよかったけども、大人になると、『リガイカンケイ』とか『ソントクカンジョウ』とかで、色々めんどくさいらしい。

やがて、村の中央近くにある日干しレンガ造りの聖堂の敷地が見えてきた。

その一角にある、絨毯が敷き詰められた広めの部屋が、僕たちの学び舎である初等学校(マクタブ)だ。



中に入ると、子供たちがめいめいに定位置の絨毯へ胡座をかいて座り、賑やかにお喋りをしている。

その部屋の奥、少し高くなった場所に、一人の年配の男性が立っていた。

トリーブ先生だ。



白い立派な髭を蓄え、仕立ての古い、けれど丁寧に手入れされた衣服を身にまとった五十代ほどの男性。

その理知的な瞳が僕の姿を捉えると、ふっと優しく細められた。


(トリーブ先生……。おじさんの世界の感覚だと、大都市の大きな神殿にいるような最高位の導師ってわけじゃない。だけど、この小さな村にとってはものすごく貴重な知識人なんだよね)


頭の上の『雲』から、おじさんの記憶をベースにした、いくつもの知識が滑り込んでくる。

先生は若い頃、遥か遠くの大都市にある高等学校(マドラサ)へ進んだのだという。

ただ、本来なら全てを修めるのに二十年近くかかるその学校を、先生はお金の問題もあって三、四年で辞めてしまったらしい。



その後はいろんな都市で商人の帳簿をつけたり手紙を代わりに書いたりする手伝いをして暮らしていたけど、この村で他に読み書きができる人がいなくなった際、村長から頼まれ、迎えられて教師や導師の役目を引き受けてくれたらしいのだ。


「おお、トッシュくん。体調はもうよいですか?」


トリーブ先生が、穏やかな、けれど部屋の隅々までよく通る声で僕に話しかけてきた。

僕は先生の前まで進み、頭を少し下げて挨拶をする。


「はい、トリーブ先生。あの時はご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした。でも、もう完全に大丈夫です!」 「それはよかった。大典を読んでいる最中に、あなたが突然ばたっと後ろへ倒れてしまったときは、生きた心地がしませんでしたよ。本当に無事で何よりです」


先生はホッとしたように胸をなでおろし、僕の肩をポンポンと叩いてくれた。

その手の温かさに安心しつつも、僕は数日間ずっと考えていた「一番聞きたかったこと」を切り出すことにした。


「あの、先生。……次の魔法の授業は、いつからですか? 僕、自分の中に水属性の魔力(ルフ)があるって分かったから、早く次の節を読み進めたくて!」


身を乗り出して尋ねる僕を見て、トリーブ先生は白い髭を困ったように撫で回し、明らかに身構えるような目をした。


「うーん……それは、その……もうちょっと先ですかねぇ……」


「ええっ! どうしてですか?」


「この間のことがありますからね。早く学びたいという熱意は嬉しいですが、あなたがまた倒れてしまうのではないかと、私は心配なのです。魔法の章は、魔力(ルフ)を強く刺激します。もうしばらく様子を見て、あなたが完全に普段通りになってからにしましょう」


体調を心配して出し惜しみをする先生の態度に、僕は内心で「ちぇっ」と唇を尖らせた。

せっかく魔法で綺麗な水を出せるかもしれないチャンスなのに、大人の慎重な壁に阻まれてしまった。


『焦るな焦るな』


頭の奥から、おじさんの僕を宥めるような優しい声が響く。

僕は小さくため息をつき、「わかりました……」と答えて、いつもの絨毯の席へと戻るのだった。


■専門用語説明

・マクタブ:宗教団体がやっている初等教育です。小学校くらいの、日本でいう寺小屋ですね。

ちょっとした寄付を宗教にすることで、宗教家、兼、先生から宗教に関することや生活に必要なことなどをいろいろと教えてもらう、というものです。


この土地&宗教がら、女の子は通っておらず男の子だけでした。女の子は代わりに、各地域、各村などに、知識人の女性が1,2人は居たようなので(居ないようなら近くの都市から呼んでくるか、もしくは、せめて文字が読める人、という人が担っていた)その方の家などに行き、女性だけでいろいろと教わっていたようです。(女性版の寺小屋ですね。)

ある程度の歳になれば男女一緒に行動はしなくなるものなので、そういう区分けがあったようです。


・マドラサ:今後出そうとは思っていますが、高等学校にあたるものです。これも宗教がやっているものですが、どちらかというと中学高校というより、大学みたいなもので、本当の知識人やエリート、官僚などの偉い人などが通っていたようなものになり、一般市民が通うようなものではありませんでした。

通うということだけで、ちょっとしたステータスだったというものですね。

どう登場させるかはまだ考えているところなので、おいおい。。



主人公の村(オイアクス村)には、聖堂が1つあるので、初等学校マクタブもそこで行われていました。マドラサはちょっとした都市とかにしかなかったので、村にはありません。


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