01-13.ハウズの喧騒
村の中央にある貯水池に到着すると、そこにはすでに先客が何人も集まっていた。
周囲を頑丈な石と日干しレンガ、硬く固められた泥の堤で囲まれた大きな四角い池には、近所の農家の男手や、僕たちと同じくらいの年齢の子供たち何人かが同じように革袋や土器の壺を抱えてジャバジャバと水を汲みにきていた。
なかには、貯水池から灌漑水路に流れる出口に近いあたりでは、服やお皿、茶碗などをそこで洗っている人もいる。
頭の中のおじさんから、ピキピキっという音が聞こえる気がする。
朝の光が薄く差し込み始めた水面は、鏡のように静まり返る暇もなく、幾重もの波紋を立てて大きくざわついていた。
「あ、あっちの端っこが空いてるぞ! ハッサン、早く行こう!」
フサンが空いている隙間を見つけ、ハッサンの腕を引っ張ってそちらへ走っていった。
「あ、こらフサン、走ると危ないって! トッシュにい、僕たち先に行ってるね!」
ハッサンも慌ててフサンの後を追いかけていく。
二人は少し離れた場所で、他の家の子どもたちと「おはよう」と軽く声を交わしながら、器用に水を汲み始めた。
弟たちが数歩離れて作業に集中し始めたのを見届け、僕は一人、貯水池の縁へとゆっくりしゃがみ込んだ。
目の前の水面は、先客たちが激しく容器を沈めたせいで、縁の泥が舞い上がってわずかに茶色く濁っている。
その濁った水面を見つめた瞬間だった。
僕の頭の中の『雲』から、我慢はしているんだろうけども、おじさんの嫌悪感と恐ろしい警告のイメージが、ピキピキと脳内に直接流れ込んできた。
(……やっぱり、おじさんから見ると、この貯水池は恐怖の塊でしかないんだね)
おじさんが心底顔を引きつらせて、『ニホン』での衛生基準をベースにこの貯水池の水を全力で拒絶している気配が、痛いほどリアルに伝わってくる。
これだけ人が一斉に集まって泥をかき混ぜながら汲んでいたり、皿洗いや洗濯をしている水を飲むなんて、おじさんにとっては毒水以外の何物でもないのだろう。
僕はチラリと横を盗み見た。
ハッサンとフサンは少し行った先で、水を汲みながら楽しそうに笑っている。
他の村人たちも自分の作業に夢中だ。
誰も僕のことなんて見ていない。
僕は意識を内側へと向け、頭の奥の相棒に向けて、心の中でそっと語りかけた。
「分かっているよ、おじさん。でもね、今はこれしかないんだ。これを飲まなきゃ、僕も家族も渇いて死んじゃうから」
僕のその考えが伝わると、おじさんは、ぐっと言葉を詰まらせたように静かになった。
そして、ひどく申し訳なさそうに、でも僕たちの置かれた過酷な現実を噛みしめるように、うっすらと気配を揺らした。
僕は意を決して、抱えていた壺を水の中に沈めた。
ゴボゴボゴボ、と音を立てて、少しぬるくて泥の匂いが混ざった水が、壺の中へと勢いよく吸い込まれていく。
ずっしりとした重みが幼い僕の腕にかかってきた。
「よし、こんなところかな」
あまり入れすぎても重くなるし、歩いているうちにこぼれてしまう。
7割くらいで水を汲むのを止め、僕はふんぬと足に力を入れて立ち上がった。
泥水だろうが何だろうが、今の僕たちにはこれが生きていくための命の水分なのだ。
「トッシュ兄ちゃん、こっちも汲み終わったよ!」
遠くからフサンが元気に手を振って大声をあげた。
ハッサンも水の入った重い革袋をしっかりと抱えて、僕の方へと歩いてくる。
「うん、じゃあ帰ろうか。みんなが待ってる」
僕は二人の元へと歩み寄り、一緒に我が家への家路についた。
帰り道、二人とまだ談笑しながらも僕の頭の奥では、おじさんが焦燥感に駆られた様子で、必死に次の知識の引き出しを開けようとしているのが分かった。
――『ろ過器』『砂』『炭』『小石』『火を使わない方法』。
頭の上の『雲』の中で、火を使わずに水を綺麗にするための実践的な知恵が、少しずつ形を成して整理されていく感覚がある。
(そうだね、おじさん。お茶の回数を増やすだけじゃ全然足りない。次は、あの泥水を根元から綺麗にするための方法を、僕たちの手で作り出そう)
しっかりと水の詰まった壺を抱きしめながら、僕は心の中で力強く頷いた。
まだ幼い弟たちの賑やかな足音を聞きながら、家族の未来を守るための次の作戦に向けて、僕は一歩一歩、我が家への道を歩んでいくのだった。
■専門用語や当時の水路・貯水池などの説明
・カナート:
地下水路。近くの山の地下水脈などから地下に水路を掘って、村や都市まで水を引いていたのがカナートでした。地域によってはカレーズとも言います。
現代の水道と異なり、土でできた横穴トンネルを掘り進められたものです。掘削や修理、換気のために、数十メートルおきに地表へ通じる縦穴が掘られていたりするので、そこから様々なゴミや雨水、動物のし骸など、水路に落ちてしまっていたので、管理が行き届かず、汚染された水がしばしば流れていました。
ハウズ:村や町の中央や広場にある貯水池。カナート=地下水路から流れてきた水を溜めこむ貯水池です。村の広場などにあり、オアシスの生命線です。これが唯一の飲料水・生活用水でした。ただ、日干しレンガ造り、または、土の池だったりすることもありますし、屋根もない池なので、砂ぼこりやゴミが沈殿したりもするし、現代人からすると、この水飲めるはずないでしょ、と思うような水だったかと思われます。
アリーク:灌漑水路です。近くに川があれば直接川から。無ければ貯水池のハウズから水路がいくつも分岐し、村や都市中に張り巡らされたこの灌漑水路で、町中はもちろん、村のすぐ外にある農地などにも水を分配していました。ただ、これもレンガ造りか、土なので、村の下流に流れ着くころにはドロドロです。また、このアリークの水でそのまま洗濯をしたり、職人が水をつかったり流したり、家畜に水を飲ませたりなどもしていたようなので、もう衛生状態は言わずもがなです。さすがに中世の人々もこのアリークの水は飲料水には使ってなかったようです。
主人公の出身のこの村は小さすぎず、大きすぎずな農村なので、ハウズが一つあるくらいですが、大きな都市はこのハウズが無数にあったようです。また、ハウズ近くの、アリークがすぐ分岐された上流に家や農地を構えていることは本当に強く、利権関係でのめんどうなことも色々あったようです。
私の中の、村のハウズのイメージはこんな感じです。(AIにて作成)




