おんぼろ馬車は行く
「うぇーん、おかあしゃ……」
「うるせぇ! 大声で泣いてっとぶっ殺すぞ!!」
子どもたちの泣き声が増してくると、そのつど御者台に座った人攫いががなり立てる。
泣き声は小さくなるが、止むことはなかった。みんな怖くて悲しくて仕方がないのだ。
馬車に投げ込まれた私は、前世の私ならば返り討ちにできたであろうひょろがりに抵抗できなかったことが悔しくてならなかった。あんなやつ、頭突きをかますか、股間を蹴り上げればいちころだったはずなのに。
それにしてもふがいない。今度は私ががんばる番だと、奮闘しようと思っていたのに、まんまと馬車に乗せられて、ゼリーのみんなを迎えに行けなくなっている。
──みんな、どうしているかな。
彼らに助けてなんて言えない。待機だと判断したのは私なのだから。
十人の子どものうち、泣いていないのは私を含めて三人いた。
二人は男子で、いずれも十歳前後に見えた。
彼らは育ちがよさそうだった。白いシャツにズボンといった簡素な服装をしているが、仕立てもいいし小洒落ている。なにより周りの子どもたちに比べて綺麗で目立つ。
もっとも、縄文・弥生式のボロを纏う私には、どんな服でも高品質かつ清潔に見えるのだけれど。
「……お前、ひどい顔だな。あいつらに殴られたか?」
どうやら男子二人もこちらを観察していたらしい。ようやくまともに会話ができる相手に会えてうれしくなった。
「ううん、母親」
「母親に!? 何をやらかしたらそんなに殴られる」
栗色の髪の少年が身を乗り出して近づいた。もう一方の黒髪の少年は黙って私を窺っている。
「何って……何もしてなくても殴られるよ。どうして殴られるのか私のほうこそ知りたい。たぶん、私を見るといらつくとか、嫌いっていう単純な理由だと思う」
痛ましい顔をされたので、自分の顔の状態が気になった。この世界に鏡があればいいが、平安時代に手鏡があったくらいだから、たぶんある。
「鏡とか──その、自分を映せるもの、持ってる?」
「鏡も懐中時計もあいつらに取られた」
鏡も時計もある世界だとわかり、あからさまに安堵していると、いぶかしく思ったのか、黒髪の少年の目が鋭くなった。
「そのみすぼらしい格好は? あいつらに、そんなごみに着替えさせられたのか?」
依然私に話しかけてくるのは栗色の髪の少年だけだった。彼は自分たちも私と同じ格好をさせられると思っているのかもしれない。彼らにとっては耐えがたい服装だろう。
前世の私なら冗談めかして「みんなこの服にさせられるよ」なんてびびらせただろうが、この過酷な異世界では口にする気になんてなれなかった。
「ううん。これは元から」
「元からそれ? まさか、お前……貧民窟の住人か?」
貧民窟──やはり私の感覚は正しかった。あの家のありさまや、見た景色は、世界から見捨てられている街だとしか思えなかった。
頷くと、二人は顔を見合わせる。そして、ようやく黒髪の少年が声を出した。
「貧民窟なら、先ほど馬車が止まった場所は、ヘルフェリヒ領か」
「でも、貧民窟はタイレ領にもあるよ」
「ウンケル領にもある」
「あとはどこだっけ。五箇所くらいあったと思うけど」
「他は距離が遠すぎるから考慮しなくていい」
少年二人の視線は「お前はどの領?」と私の方へ。首を横にぶんぶんと振って答えとした。
「わからないなんてことはないだろ」
黒髪の少年の声は、栗色の髪の少年よりも低かった。が、二人とも声変わりはまだまだだろう。醸し出す透明感はウィーン合唱少年団あたりにいそうだし、よく似合っていてかわいい。
にやけてしまったのか、「なぜ笑う」と指摘されてしまった。
「それがわからないの。街の名前もまったく知らない」
「お前っ!」
私に詰め寄ろうとした黒髪の少年を、栗色の髪の子が止めた。
「なあ、本当に知らないかも。貧民窟の住人はそこから出られないって聞いたことがある。出た途端に殺処分される厳しい地区もあるほどだって。この子は小さいからまだ奴隷になってないだけじゃないか」
奴隷──たしかにそうかもしれないと思った。
私が街で見たのは、地面にごろごろと転がっている人や、ゾンビのような人だけだ。近所にいる人は老人ばかりだったし、働けそうな人はいなかった。私の母親もほとんど外出していたから、奴隷として駆り出されていたのかもしれない。
思えば、トイレがわりの穴ぼこにはおびただしい数のウンコがあった。この食事で? って思うほど立派なウンコもあった。つまり、私が家に引きこもっている間に、かなりの人の出入りがあるのかもしれない。
みんな、炭鉱などで働かせられていて、日中いないだけなのだとしたら、ウンコの量の辻褄があう気がする。たぶん、力仕事の人には食事も別に与えられているだろう。納得だ。




