拾う神あれば捨てる神あり
がたごとと悪路を馬車が走っている。
サスペンションがいかに文明の利器だったかを思い知る。おしりが粉々にくだけてしまいかねないほど痛かった。
おんぼろ馬車の中はぎゅうぎゅう詰めで狭くて苦しい。
馬車の中には、子どもが私を含めて十人いた。みんな心細げに体育座りだ。内、ほとんどの子が声をあげて泣いていた。
私たちは攫われているのだ。
どうしてこんなことになってしまったのか──。
ゲームみたいにリセットできればいいのに。
やり直せるなら、ゼリーたちと街にたどり着いた時からやり直したい。
たしかに異世界のことを少しずつ理解していければいいと考えたし、大人と渡り合うくらいのことはできるつもりの勢いだった。
しかし、『甘かった』──この一言につきる。慎重すぎるほど慎重になるべきだった。
私はすっかり前提を忘れていた。
母親に疎まれた孤児同然な子どもは、社会的信用などないことに。
おまけに、自分の本当の名前だって知らないほどの無知なのだ。
ゼリーたちの案内でたどり着いた街は、お世辞にも都市とはいえない所だった。
西部劇で悪徳地主やガンマンの圧政に苦しめられているような、閑散とした古い街を連想させた。
街の名前がわからないので、とりあえずアリゾナと名付けておく。
ざっと見た所、アリゾナは三百人程度が住んでいそうな場所だった。
西部劇の舞台になんとなく似ていても、街にいる人の服装は、一五世紀あたりのルネサンス期っぽかった。
ディストピアではなく、そこそこ文明が発展していそうで安心した。
「ゼリーちゃんたち、見つからないように隠れていてくれるかな」
なんとなく胸騒ぎがしてたまらなかった。
ゼリーたちは、子どもの私には大切な友だちでも、大人たちがどう扱うのかわからないからだ。
前世の私がゼリーたちを見れば、たぶん『ぎゃーーー』と叫んでしまっている。大人は残念ながら、純粋な心のままではいられない生き物だ。
それは、オタマジャクシやカエルを無邪気に触っていた子どもの心を、大人になって忘れてしまうことに似ている。いつのまにか、気味の悪いものと認識し、愛でることができなくなってしまうのだ。
「私、街に危険がないか、調べてくるね」
言いながら、街の外にある大きな木を指差す。
「あそこがいいかも。私が迎えにくるまで待っててね」
ゼリーたちは一瞬体を円にすると、アメーバ状になり、言いつけどおりにいそいそと木に向かっていった。
みんなを見送ってから、今度は私ががんばる番だと、自分に言い聞かせた。
私を見る街の人の目は妙に冷たいものだった。母親が私を見る時の目とまったく同じでいやになる。
こんな目をゼリーたちに向けてほしくないと思った。
ひそひそと聞こえてきた声は、私の立場を思い出させるものだった。
私の格好は縄文・弥生式ファッション──しかも裸足だ。住民には、未開すぎる子どもにしか見えなかっただろう。
しかも、汚れていて臭いから、汚物扱いされていた。
顔から火が出そうなほど恥ずかしくなったが、このまま退散などできない。食らいついてでも、ここで足掛かりを手に入れなければ何もはじまらないからだ。
「とんでもなく臭ぇガキだ。ここはお前みたいな物乞いが入っていい場所じゃねえんだよ。失せろ!」
五十メートルほど街に入ったところで、大きな男に首根っこをつかまれ、つまみ出されそうになった。
「待って、待ってください。私、あの……」
怖くて震え上がった。男の顔には額から頬にかけて傷があり、堅気の人には見えない。
それでも声を絞り出す。
「あのっ、私、向こうで男に攫われそうになって、たぶんだけど、人身売買の組織の人なんです。だから」
ずんずんと街の外に向かっていた大きな男は足を止めた。
「人身売買組織ぃ?」
「はいっ。警察に……いえ、あの、保安官でも、自警団でも、判事でも、なんでも──あくどい人を取り締まる人はいませんか? つかまえてほしいんです。私たち、人身売買組織の人を倒したから、だから……っ」
「倒しただと? お前のようなガキが? はは、ははははは!」
黄色い歯を見せた男は、豪快に笑った。
「ン────自警団なあ。いいぜ、連れて行ってやる」
大男は私の首根っこをつかんだまま、のしのしと街の中に引き返す。
連れて行かれたのは、自警団のアジトらしいが、場末の娼館のような雰囲気だった。
「何を隠そう、このおれが自警団だ」
親指をびしっと自分に向ける大男に驚いた。
「えっ!?」
「そこに座って待ってろ」
逆らわせないという圧力に屈して、大人しく座って待っていたけれど、大男は私の話を少しも聞こうとしなかった。そればかりか、いかにも娼婦であろう女といちゃいちゃしはじめた。
「あのー」と話しかければ、「邪魔すんな!」と喝が飛ぶ。
何を見させられているのだろう……と呆れること三十分くらいだろうか。
扉から新手の男が現れて、私はそのひょろがりな男に引き摺り出された。
そして、馬車の中に放り投げられてしまった。
後ほど、彼らは全員、人身売買組織の輩だと知った。
アリゾナは、まさかの犯罪者たちが作った街だったのだ。




