ようこそファンタジーな世界へ
「あの……」
「なんだ?」と黒髪の少年が不機嫌そうに言う。
説明をしようと思ったけれど口を閉ざした。この育ちのよさそうな男の子たちにウンコのことを伝えるのは憚られる。言ったところで困惑されるだけだろう。
代わりの話題をひねりださなければ。
「私は母親に家の外に出ることを禁じられていたの。だから、周りの状態をまったく知らなくて……」
少年二人は話に割りこむことなく聞いている。
「今日、母親がいなかったから外へ出てみたんだけど、荒廃しきった街が広がっていて、お店も一つもない状態だったの。そんな街を歩いていた時に、男に攫われそうになって……。これは人身売買組織みたいなやつがあるなってぴんときたから、警察とか保安官……あー、自警団に訴えるべきだって思ったの。人がいる街を探したら、西部劇によく出てくるような、さびれた場末の街っぽいところにたどり着いて、アリゾナ──あ、これは私が街の名前を知らないから勝手に名付けたんだけど」
「待て。お前は貧民窟の人間じゃない」
鋭く言ったのは、黒い髪の少年だ。
「え、嘘偽りなく貧民だけど?」
「嘘だ。すらすらと話せていることが証拠だ。まったく訛りもないし、難解な単語も言い回しも知っている。俺の知らない単語もある。こんなこと、閉じ込められている人間にできる芸当だとは思えない。それとも母親に言葉を教わったのか? お前の母親は、教養のある政治犯か?」
難解な単語や言い回しとはどのことだろう。前世でも私は教養があるほうではなかった。
そういえば、なぜ私は話せているのかわからない。母親に言葉を教わったことなどなかった。前世の記憶があるからだとか、そういう理由では説明つかない気がする。
でも、ここは異世界、考えると負けなのかもしれない。転生した私自身のことや、不思議な生物のゼリーたちの原理を解明することなどできなさそうだ。
この世界は謎に満ちている。
「答えろ」
「よせデリック」
栗色の髪の少年が黒髪の少年を止める。黒髪の少年はデリックという名前らしい。
「ふざけるなよお前。こんなところで俺の名前を呼ぶやつがあるか」
「それは平気。とっくにスキル使ってるから」
「いつから使った」
「この子に話しかけた時から」
「お前、スキルのことを軽々しく言うな。やつらに知られたらどんな目に合うか。迂闊な行いは改めろ」
少年たちの会話で異世界への謎が深まった。スキルを使っているだとか、何をさしているのか見えてこない。
「ね、スキルって何?」
栗色の髪の少年が、デリックの顔から私に目を向けた。
「知らないの? まあ、君は貧民窟の人だから知らなくて当然か」
「うん。貧民窟だからまったく何も知らない。教えて」
デリックは、「おい」と栗色の髪の少年を止めにかかったが、失敗したらしい。
「時々、スキルを持って生まれてくる人間がいるんだ。始祖の血を引く者に出やすいから、君には関係ない話だけど。スキルじゃなくギフトって呼ぶ人もいる。種類は人それぞれで、詳しいことは誰にも言っちゃいけないことになってる。スキルを持つことも普通は公表しないんだ。だから、この話はここで終わり。俺のことは内緒にして」
「つまり、あなたは防音的なものを施せるってことだよね。すごく不思議なんだけど」
栗色の髪の少年は目を丸くする。
「なんでわかる?」
「いや、話を聞いてたら普通にわかるよ。それって、超能力的なもの? それとも魔法?」
俄然好奇心がむくむく湧いて、栗色の髪の少年に近づいた。
「いきなり詰め寄ってくるなよ。〝チョウノウリョク〟ってなんだかわからないけど、魔法はまた別の話。俺の魔力は低いけど、デリックはすさまじいぜ? 魔法師団長の息子だし」
魔法……魔力……魔法師団長……
デリックは、栗色の髪の少年の首元をひねり上げる。
「クラロ! ふざけんな。なんで俺のことをぺらぺらと話すんだ!」
「だって、すごい魔力だし。いざとなったら、デリックがやつらをやっつけるだろ。な?」
「お前のせいで、俺が何者か簡単にたどれるじゃねえか!」
「それは──」
「ねえ、待って待って待って。嘘でしょ、そんなことってある!?」
クラロとデリックは興奮している私に引いているようだ。
「思いっきりファンタジーの世界じゃんっ!!!」
わきわきと手を動かしながら叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「ちょっとだけそうかも? とか、異世界だし? なんて思ってたけど、魔法って冗談で言ってみたたけだったのに、いきなりのファンタジー展開でびっくりなんだけど! ここってさ、ファンタジーの世界なの!? 何それ何それ、本当にそんな世界ってあんの!? どういう仕組み? ねえ、知ってること全部教えて! くわしく聞きたい! まじですごいんだけど! だって、魔法だよ!? 童話みたいじゃん!!」
二人はぽかんとしていたが、先に反応したのは黒髪のデリックだ。
「…………いや、あんたの食いつきのほうがびっくりだよ。半分くらい何言ってるのかわかんねえ」




