あなたはゼリー、あなたもゼリー
「まず自己紹介しなくちゃね。……えっと」
名乗ろうとして、何も口から出なかった。
思えば母親から一度も名前を呼ばれたことがなかった。私は自分の名前を知らないのだ。
情けないけれど、あの母親だと、娘に名前をつけていないということだってありえる。
名無しを前提にはじめるしかなさそうだ。
──まともな親から生まれたかったな。ほんと、ガチャ運最低だ。
その場合、名乗る名前はひとつしか思い当たらない。
「私は佐木茉侖っていうの。この世界は苗字と名前、どちらが先? マロン・サキ、かな?」
ゼリーはぷるぷる体を揺らすだけだった。質問に答えてもらえないのが少しさみしい。
「でも……マロンでいっか。覚えやすいと思うし、どう?」
地面に指で『茉侖』となぞると、ゼリーは私の手から地に降りた。匂いをかぐように貼り付いている。
私の汚れを食べたはずなのに、きれいな透明度は保たれている。転がっていても、地面の砂やゴミは表面に付着しないようだった。不思議な生物だ。
「自分の誕生日はわからないんだけど、たぶん十歳。家族は……母親だけだけれど、父親だとかそういう自分のルーツは知らないの。母親に聞いても叩かれたし、ひとつも教えてもらえなかったんだ。前世では家族の仲は良かったんだけどね、この世界はほんと過酷すぎだよ。ネグレクト、遠い話だと思ってたんだけどなあ……。とにかく、私たち協力して生き延びようね」
ゼリーに語りかけながら、喉乾いたなぁとか、ぷるぷるしてちょっとおいしそう、なんて思ってしまう。
はじめて友だちができたというのに、お腹が空きすぎているせいで思考が食にいく。
そのうち味見したくなってしまいかねない。自分の欲望を抑えられない時がきたらどうしよう。
殺ゼリーする自分の可能性を考えると、どうしようもなく暗い気持ちになってくる。それほど飢餓感が強いのだ。
逃げて。でも、置いて行かないで。ぐるぐると頭の中で言葉がめぐる。
「ゼリーちゃん。あのさ、食べられそうなものってある、かな? 木の実とか、そういうやつ。割と切羽詰まってるんだよね。たぶん、いま生きてるのが不思議レベルだと思う」
ゼリーは左右にぷるっぷるっと体を振ると、三十センチほど長くびよーんと伸びた。そして鞠のようにぶるんぶるんと弾む。
その行動をどう解釈したらいいのかわからないから、静かに見守った。
腹ぺこ! 腹ぺこ! と揶揄われているわけではないと思いたい。
「えっと……楽しそうな踊りだねぇ」
ゼリーは球体になったかと思うと、円を描くように転がって、また長くびよーんと体を伸ばす。
その時、離れた場所からトントントンと地を蹴るような音がして、右を向く。
なんと、ゼリーと同じような動きをしながら、ぷるぷるとした透明な物体が近づいてくるではないか。
それはまさしく、ゼリー二号と言えた。
「え、二匹いるの!?」
結局、二匹どころじゃなかった。合計七つのゼリーが私の周りに集結した。
あまりに同じすぎて、私の親友認定したゼリーがどのゼリーかわからなくなってしまった。
「ふうん……けっこう多いね。……あの、ゼリーちゃん、たぶん仲間を紹介したいかんじかな? あの、まさか私に仲間を食べてっていうつもりで呼んだわけじゃないよね? 言っておくけど、殺ゼリーはやだよ?」
ゼリーたちは聞き耳を立てて私を見上げているようだ。
「えっと、最初からいたゼリーちゃんは、あのー、どの子かな?」
すると、勢いよくひとつのゼリーが飛び跳ねる。
このゼリーは親友なので、真っ先に名前をつけておきたい。
「はじめのゼリーちゃんは、──うーん、『コロン』にしようかな。ころんっとしてるし」
ころんとしているのは全員なのだが。
「コロンちゃん、なんとなく私の名前とお揃いになっちゃったけど、これがあなたの名前。覚えてね?」
コロンは了解とばかりに転がった。
「他の子たちはどうしようかな……。みんな、性別とかあるの? 男の子とか女の子とか」
聞くとゼリーたちは一斉に平べったくなった。
「えっと、これは『いいえ』ってことだよね。っていうか、コロンちゃんにしか説明してないんだけど!? いきなり意思統一できててびっくりだよ」
ゼリーたちはみんな思い思いに跳ねたりアメーバ状になったりして、場所を移動する。そのせいでコロンの位置がまたわからなくなった。彼らは基本、落ち着きのない生物らしかった。
「みんな、一列に並んでくれる?……最初に生まれた子から順で。つまり、最後尾は一番若い子」
地面に一本の線をすっと書くと、その上にゼリーたちは従った。ぎゅうぎゅうと水まんじゅうのようにくっついている。
「コロンちゃんはこっち」
手を差し出すと、一匹のゼリーが私の手の上によじよじ登る。
残りのみんなが大人しく整列しているので、右から名前をつけることにした。
「ごめんだけど、この世界のメジャーな名前は知らないから、私が知ってる名前をつけるね」
ひとつ咳払いをして、右のゼリーにふにっと触れる。けっこう弾力がある。グミみたいだ。
「君は太郎くんね」
ゼリーはぽよんと反応する。続いて、次々に触れてゆく。
「つぎの君は次郎くん」
「それから君は三郎くん」
「君は、四郎くん」
「で、君は五郎くん」
「最後の君は、六郎くん」
これらはすべて、前世で飼っていたメダカの名前である。今世でもよろしくだ。
「みんな、自分の名前は覚えられたかな?」
ゼリーたちは一斉に丸くなる。ちゃんと覚えてくれたみたいだ。
「私はマロン。今日から私たちは友だちだよ。仲良く生きていこうね」
名乗ったとたん、お腹がぐうと大きく鳴いた。
お腹と背中がくっつきそうで死にそうだ。




