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スライムの女王  作者: 黒戸しろ


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3/7

はじめての友だち

「何あれ」

 

 目の錯覚かと思って、目を擦ろうとした。

 しかし、自分の汚すぎる手に驚いた。

 すべての爪の中が黒い何かでぱんぱんだ。こんなおそろしい手で目を擦ろうものなら失明してしまうだろう。

 ──まさかこれ、ウンコじゃないよね?

 しばらく爪を凝視していたけれど、ゆっくりと視線を前に戻した。

 

 十メートルほど先、透明な塊がぽつんと転がっている。

 ゼリーのような、ころんとした塊だった。

 それは掃き溜めの街に場違いなほど清潔そうだ。

 気のせいでなければぷるぷると動いている。

 じわりじわりと私に近づいてきている……気がした。


 なぜ風もないのに動いているのだろうとか、そんな細かい疑問を追いやって、ここは異世界だし規格外と考えながら、塊に声をかけた。

「おいで」

 するとどうだろう、塊はアメーバのように平たくなると、ずずずっと私に向かってきた。結構速くてびっくりする。

 恐怖を覚えて、後ろにのけぞってしまい、おしりが石からずり落ちた。


 透明な平たい物体は、私の前で止まると、ぷるんと体を盛り上げて、元の半円体に戻った。大きさは五センチくらいだろうか。

「何これ、生き物? 私の言葉がわかるの?」

 ゼリーは答えることなく、ぷるぷるしている。

「……スライム、かな? あなたのこと、子どもの頃に作ったことある」

 今の私も子どもだけれど、当然ながら前世の子ども時代の話だ。

「たしか──そう、洗濯のりとホウ砂水を混ぜて作ったわ。絵の具で色をつけたりして。前世のあなたは動いてなかったけどね」

 話しかけても、ゼリーは変わらずぷるぷるしているだけだった。

「何か言って? 『おいで』って言ったら来たんだから、言葉わかるよね? ね?」

 そういえば、ゼリーには口がない。ということは、しゃべれないのかもしれない。

「あー、ごめん。だよね。うっかりだわ。……じゃあさ、『はい』は球体、『いいえ』はぺしゃんこってことにしようか。意味わかるかな?」

 ぷるん、と元気に体を震わせたゼリーは、一度平べったくなったあと、球体に変化して、また半円体になった。

 その健気に従うしぐさに、胸の奥が熱くなる。

「いいねいいね、いいね! 言葉やっぱり通じてる。……なんだか泣きそう」

 これまで私という存在は無視されてきたのだ。

 ようやく話が通じる仲間ができた。

「おいで」

 汚れた手を差し伸べると、ゼリーはうにうにと私の手のひらに収まった。

 そしてゼリーは平らになると、私の右手をどろりと包む。くすぐったくて「何?」と笑っていると、ゼリーはころんと球体になって左手に飛び移る。

 ゼリーが包んでいた右手に汚れは見当たらなかった。爪の黒い何かもすっきり消えている。

 変わらず手はひび割れているし、爪もボロボロだけれど、私の目には、この上なくきれいに見えた。

「待って、すごすぎだよ……。ありがとう」

 うれしくて涙をこぼしていると、いつのまにか左手もきれいになっていた。

「ゼリーちゃん、私の汚れ、食べてくれたの?」

 ぷるぷるの体はころんと丸くなる。『はい』の合図だ。

「もう最高! ゼリーちゃん、あなたは私の友だち。ううん、親友!!」

 ゼリーは私の左手の上でぷるぷるしている。心なしか、喜んでくれているようだった。

 餓死以前に、孤独で死にそうだと思っていたけれど、私は、今世ではじめて心強い友人を手に入れられた。

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