はじめての友だち
「何あれ」
目の錯覚かと思って、目を擦ろうとした。
しかし、自分の汚すぎる手に驚いた。
すべての爪の中が黒い何かでぱんぱんだ。こんなおそろしい手で目を擦ろうものなら失明してしまうだろう。
──まさかこれ、ウンコじゃないよね?
しばらく爪を凝視していたけれど、ゆっくりと視線を前に戻した。
十メートルほど先、透明な塊がぽつんと転がっている。
ゼリーのような、ころんとした塊だった。
それは掃き溜めの街に場違いなほど清潔そうだ。
気のせいでなければぷるぷると動いている。
じわりじわりと私に近づいてきている……気がした。
なぜ風もないのに動いているのだろうとか、そんな細かい疑問を追いやって、ここは異世界だし規格外と考えながら、塊に声をかけた。
「おいで」
するとどうだろう、塊はアメーバのように平たくなると、ずずずっと私に向かってきた。結構速くてびっくりする。
恐怖を覚えて、後ろにのけぞってしまい、おしりが石からずり落ちた。
透明な平たい物体は、私の前で止まると、ぷるんと体を盛り上げて、元の半円体に戻った。大きさは五センチくらいだろうか。
「何これ、生き物? 私の言葉がわかるの?」
ゼリーは答えることなく、ぷるぷるしている。
「……スライム、かな? あなたのこと、子どもの頃に作ったことある」
今の私も子どもだけれど、当然ながら前世の子ども時代の話だ。
「たしか──そう、洗濯のりとホウ砂水を混ぜて作ったわ。絵の具で色をつけたりして。前世のあなたは動いてなかったけどね」
話しかけても、ゼリーは変わらずぷるぷるしているだけだった。
「何か言って? 『おいで』って言ったら来たんだから、言葉わかるよね? ね?」
そういえば、ゼリーには口がない。ということは、しゃべれないのかもしれない。
「あー、ごめん。だよね。うっかりだわ。……じゃあさ、『はい』は球体、『いいえ』はぺしゃんこってことにしようか。意味わかるかな?」
ぷるん、と元気に体を震わせたゼリーは、一度平べったくなったあと、球体に変化して、また半円体になった。
その健気に従うしぐさに、胸の奥が熱くなる。
「いいねいいね、いいね! 言葉やっぱり通じてる。……なんだか泣きそう」
これまで私という存在は無視されてきたのだ。
ようやく話が通じる仲間ができた。
「おいで」
汚れた手を差し伸べると、ゼリーはうにうにと私の手のひらに収まった。
そしてゼリーは平らになると、私の右手をどろりと包む。くすぐったくて「何?」と笑っていると、ゼリーはころんと球体になって左手に飛び移る。
ゼリーが包んでいた右手に汚れは見当たらなかった。爪の黒い何かもすっきり消えている。
変わらず手はひび割れているし、爪もボロボロだけれど、私の目には、この上なくきれいに見えた。
「待って、すごすぎだよ……。ありがとう」
うれしくて涙をこぼしていると、いつのまにか左手もきれいになっていた。
「ゼリーちゃん、私の汚れ、食べてくれたの?」
ぷるぷるの体はころんと丸くなる。『はい』の合図だ。
「もう最高! ゼリーちゃん、あなたは私の友だち。ううん、親友!!」
ゼリーは私の左手の上でぷるぷるしている。心なしか、喜んでくれているようだった。
餓死以前に、孤独で死にそうだと思っていたけれど、私は、今世ではじめて心強い友人を手に入れられた。




