EX.267 「女王様の処刑場⑤」
男はーーー九条綾華は元々は純粋なヒーローであった。
己の力を過信せず、純粋に誰かを守るための戦いを行える人物であった。
だが、それは突如として大きく道を逸らすことになる。
それはもうすぐC級ヒーローになろうとしていた時であった。
男には恋人がいた。
このような自分には到底もったいないと思えるような可憐な人だった。
これから自分はこの人を守っていこうと、そう思っていたーーーはずだった。
「貴方ーーー最近笑えていないんじゃない?」
彼女とディナーをしていた頃だった。
最近、味がしないーーーそう思っていた頃でもあった。
原因はヒーロー活動での怪我ではなかった。
いや、遠因という意味では正しいだろう。
ヒーロー活動を続けていく中で、チームを組む時がある。
肉体に長けたヒーローもいれば、能力に長けたヒーローもいる。そして情報に長けたヒーローもいた。
男は、ふと耳にしてしまった。
そのヒーローがこぼした言葉を、たまたま耳にしてしまっていた。
この国で情報を盗もうとする人間がいることを。
もちろん国の情報を盗むーーースパイ活動はどの国でも御法度だ。ましてや星王のお膝元であるこの国ではなおさらである。
最初は危険ではありつつも、自分には適さないと感じ、情報戦に長けたヒーローが向かうべきだと考えていた。
だが、たまたま耳に入ってしまった情報を照らし合わせていくと嫌でも自身の脳裏に彼女が映ってしまった。
残された情報が彼女を指していると思えて仕方なかった。
だから自分も調べることにしたーーー彼女ではないと信じて。
「信じてーーーたのに・・・・・・」
「そうね。私も隙を見せ過ぎていたかもしれないわ」
彼女はーーー女は産業スパイであった。
彼女が狙っていたのは日本で製作する予定だったAI資本の医療ロボットの新技術であった。
「何故こんなことをした!?あと数年経てば公開される技術だったんだぞ!」
「その数年が待てなかったからよーーー。この国はAIが犯した罪についての法律が曖昧だったからこの技術を披露するのに鈍重だった。それじゃ足りないわ」
「それが君の正義か・・・・・・。だとしてもなおさら土台はしっかりとしておくべきだろう!」
「その数年でどれだけの人間が死ぬ?医者が足りないのよこの地球には!癒すことよりも殺すことのほうがよっぽど簡単だからっ・・・・・・!」
「だとしても他の国に売り渡してそれを本当に公開すると思っているのか!」
「売る相手は慎重に選ぶし、正当な誓約書も組ます予定よ。それにね・・・・・・この技術は貧乏な国よりも金持ちが喜ぶものなのよ。だからこそ余計に背中を押されると思うわ。自分の命だけを救えなんて表立って言えないもの」
これ以上続けても埒が明かないと私は判断した。
「ーーー君の作ってくれたラザニアは本当に美味しかった」
「ーーー・・・・・・」
「ここ数日君のことを考え過ぎて味を感じられなかったよ。・・・・・・それが今日で終わるのが残念だ」
決定的な証拠はすでに私のポケットの中に入れてある。
私は偶々答えを知っていた状態で問題に挑んだのだからここまで早く正解に辿り着けたのだろう。
だが、他のヒーローも馬鹿ではない。
もう1日か2日、もしかしたら数時間後には彼女の正体に辿り着くだろう。
ヒーローは万物の敵を狩り、保護すべき民を守る。それがモットーだ。
彼女がこれから行動を冒せば、直接的な害は見えずらいが、間接的な害は途轍もないだろう。
ーーー止めなくてはならない。
私は撃鉄を起こした。
「私は君を逃すことは出来ない。これから君を殺す」
「ーーー・・・・・・そうね。年貢の納め時って言うんだっけ?この国では」
先ほどまで激昂していた彼女は嫌に落ち着いていた。
「何か・・・・・・残しておくことは、あるか?」
「忘れないでちょうだい。私のことを。死ぬ直前までーーー」
私は撃った。空へと舞う硝煙がやけに鼻を燻った。
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ここからは後日談。
私は全てが終わった後に彼女について調べることにした。
そして知ることになった。
彼女は家族を事故で亡くしていることを。
事故当時はまだ生きており、治療さえ受ければまだなんとかなる怪我であったことを。
彼女の家族が治療を受けるはずが、富豪の娘が盲腸の手術で順番抜かししたを知った。
彼女の怒りは家族に対する恨みの念が込められていたのかもしれない。
私には途方もないものだろう。想像できない無念だろう。
「君が・・・・・・忘れないでと言ったのはーーー君のことを忘れないで、じゃなくて君の恨みを忘れないでと言う意味だったのか?」
私は彼女と撮った写真を静かに燃やした。
これからどうするべきなのか、私にはなんとも言えなかった。
両面性のある正義を見てしまった今、私は純粋に今までの正義を貫き通せるか不安になってしまったのだ。
「それでも、前に進まなければ・・・・・・」
前に進まなければ人間は終わる。
歩く足が壊れぬ限り、進み続けるのは今を生きる人類の権利であり義務である。
彼女を殺し、この意思を背負った今、私の目の前には途方もない道が出来てしまっていた。
「思った通りに進んでいこう」
間違っているかもしれない、それでもーーー誰かの助けになると信じてーーー。
その後、九条綾華は賞金首ヒーローになる。
それは純粋に人類の癌を自らの手で消せる手段を持っているからだった。
いつか彼女の家族を殺したあの環境が無くなるように、それで二度と誰かが泣かないように歩み続ける。
彼の心根を信じた者達が集まり、いつしか人類の咎である『十戒』と名付け活動を続けていく。
上手に羽ばたいたと思っていた翼はいつしか太陽に焼かれ堕ちていく、それが現実だと気づくのに時を無駄にかけてしまっていた。
「ならーーーこれまでの彼らを私の仲間たちを、忘れないでくれるかな?」
男は今際の際でようやく気づけた。
あの時彼女が残したかったのは恨みではなく、自分が生きた事実だった。
「ああ、ちゃんと殺した後でも忘れないでいてやるよ」
少年は、それに静かに応えた。
本来交わらなかったハズの二人がーーー『女王様の処刑場』という場で出会ったのは純粋に奇跡であろう。
だからこそその奇跡にあやかり、男は一歩さらに踏み込んだ。
やけに脳は澄んでいた。
もしかしたら彼女があの瞬間落ち着いたのも、似たような心情だったのかもしれない。
ただ、ただだーーー死神の鎌を振り下ろされるまで待ってるなんてつまらないと思った。
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アキヒトは体内の空気を無理やり吐かされた。
一瞬の衝撃。
その唐突な出来事に混乱するのは当たり前だ。
だが、混乱するだけでは相手のペースに戻されるのを身をもって学んでいる。
アキヒトは、男の手を見た。
男が持っていたのは先が鋭利なピックで出来ている。巨大な機械槌。名をパイルバンカーと呼ぶ。
それを小型改良し、男が片手で持てるようにしたのが今の物体だろう。
しかし問題はパイルバンカーではなく、押し出された先。
その先はまだ爆発のエネルギーが残っている。
どうするべきか、と考える前に身体が先に動いた。
「能力『スパイダー』。【スパイダーネット】」
手首から弾き出した人間大の蜘蛛の巣を広げると、アキヒトはその糸に足を引っ掛ける。
こうすれば無理やりではあるが逃げることに成功する。
「・・・・・・?」
アキヒトが疑問に思ったことは相手が能力を使用しなかったこと。
ーーーこの場合エネルギーに挟まれる俺を狙うのが最良であるはず、もしかして能力発動のデメリットがあった?
だが、それ以上にアキヒトの脳を動かしたのは、視界の一瞬の揺らぎ。
「この業界に入って私は殺しが転職だとは思わなかった」
マズい!あの中にはきっと爆弾がーーー
3分間の透明マントと爆弾のコンボ技。紛争地域でよく聞く話だ。
アキヒトは急いでソレを掴んで外へ投げようとするーーーが、掴んだ瞬間液体が吹き出した。
匂いは極小。だが、アキヒトはソレが何かを察した。
「ニトログリセリンーーー!?」
「ーーー試行回数さえあれば、私は殺せる」
男は懐から出したマッチを黒板で擦り火を付ける。
「先輩はどうだーーー?常に一度で済んでいたか?」
「ア。!」
アキヒトの全身を掴んだ腕を伝って爆発する。アキヒトの腕が巨大な着火線。爆発した後では切り落としてももう遅い。
炸裂する衝撃が、破裂する恐怖が、全身を襲う煤けた熱がアキヒトを襲う。
並の人間であれば死ぬであろうーーー並のであれば。
男はアキヒトに向けて銃を構える。
『小生意気な転送術式』で取り出した銃火器はデザートイーグル。当たれば風穴どころかその部位が丸々飛び散る。
男のテトラテレポートで取り出してきたものは、先日アキヒトが踏破したレイヴィア・パトリシアが踏破した武器。
マジックアイテムの大きさの都合上、取り出せる大きさには上限があるが、取り出せる量は無限大だ。
「先輩ならーーーきっと・・・・・・!殺してやるとも」
たとえ私が死するとも、その思いはきっと消えず。必ず彼の喉元へと届かせる。
引き金を引くーーーその瞬間、彼の顎は弾き飛ばされた。
「!?」
男は一瞬頭を揺らいだ。
だが、足元に転がったトロフィーを見て過程を予想した。
この部屋の手前にあったトロフィーを『アパート』で取り出したなーーー!蹴るモーションと悶える姿が似通って気付かなかった。
男の誤算ーーーそれは一度目の爆発であらゆるものが飛び散り、どこに何があるのかを察知することが出来なくなっていること。
「今!ーーーなにが飛び出てもおかしくないということか!?」
男は察した瞬間、懐から残っているすべての火薬と爆発物を地面に投げ捨てる。
未だ全身火だるまのアキヒトならば有力なセンサーにもなる。
問題は爆発した瞬間、自分も巻き込まれることであるがーーー。
このまま校舎を飛び出ても、この高さであれば受け身をとって無傷でいられる。今ならばーーー
ーーーアキヒトが飛び出した。
「!?」
男は躊躇すると読んでいた。
例え再生能力者だとしても痛みというものを受け取る機能があるハズだから。
だがーーー炸裂する両足も無かったことのように走り出す彼は、何も脳にドーパミンが走り続けているようには思えなかった。
まるでーーー隙を見せた獲物に飛びつく狩人の目。そのようなものだった。
「づかーーーまエタ!」
声帯が潰れたのだろうか。端的に聞こえた声が耳から脳に届くまでに喉元を掴まれた。
その勢いのまま外へ飛ばされた身体は、1秒が何分にも感じられるほど圧縮されており、全身が死期を悟っていた。
99%が訪れる死を受け入れようとした矢先、残りの1%が活路を見出さんと脳をフル回転する。
「能力ーーー巻き戻せ!」
能力『タイム』ーーー彼は時間を6秒間巻き戻すことができる。
6秒前、それはきっと自身が火薬を落としている時。自身が最も隙を見せた時。
繰り返せば、この6秒間を繰り返していけば必ず活路を見出せる。
男は、今までの人生の中で染み付いてきた能力に頼った。
「【ルールブレイカー】」
だがそれを、アキヒトは拒否する。
それは、あらゆる事象の違和感を否定する世界の社会現象に対するアンチテーゼ。
レインボーの常にオートで発動する【ルールブレイカー】と違い、アキヒトはあくまでもマニュアルで発動できる能力。
制限は多い。だが、こと対能力者戦において間違いなく強力な一手。
時間はもう巻き戻らない。やってしまった事象は見逃すことは出来ない。ただ、受け入れる覚悟が必要になる。
「『ソード』っ!!」
アキヒトは能力で取り出した手ごとーーー貫いた。
男から静かに血が漏れる。
焦点がブレ始め次に大きく身体が震えた。
『貴方ーーー最近笑えていないんじゃない?』
ーーーこれはかつての記憶。今は亡き彼女が男に語った言葉。
この頃は彼女について裏切られたという気持ちが多かったが、今でもほとんど笑えてはいなかった。
心を休ませることができなかったのだろうか?
それとも、何か未練が残っていたのだろうか。
『・・・・・・私は結局、C級ヒーローに上がれなかった』
彼は語る。
『ヒーローを志した時は、当時の仲間にあんなに言ってたのにな・・・・・・。結局私は自分にとって都合の良い方に進みたいらしい』
何者かになりたかった。
それは人生という道を選ぶ中で最初に走り出した時の燃料。
『この道でもね。『死神』という絶対がいたんだ。通常のヒーローの中で言うS級ヒーローのようなものが。ーーー私は気になってしまった。童心に戻ってしまったと言うのが正しいのかな?』
男は握った手のひらを開ける。
そこには、金の折り紙でできたメダルがあった。
気がついた時には無くなっていた淡い思い出。
きっと私は死神に打ち勝った人間というトロフィーが欲しかった凡人だったのだろう。
『今、子供に戻れるなら言うよ。『一緒に一番になろう』って。ーーーだってそうじゃないか。一番になれなかった時の喪失感は甚だ大きい』
『自分にはなれなかったからだろ、みたいな顔をするのはよせ。私も正直分かってる。結局のところ自分がすべて間違っていることには』
『間違った人生の私でもここまで行けた。こんな私を信じてくれた人がいた。今回はこれで我慢することにするよ』
『だって納得するしかないだろう。私は幼いころから死神という言葉恐れてきたのに、世界の中で最も恐ろしい姿をしていると思い込んでいたのにーーー』
「ーーー死神が命を刈り取る瞬間があんなに美しいなんて思わなかったよ」
ーーー男は震える手で、アキヒトの頬を触れる。
自分を真剣に見られているということに、なぜだろうか不思議と誇りに思えた。
「な、んて・・・・・・綺麗、なんだろーーーう」
男は息を引き取った。
落下していく中でアキヒトは体勢を整えて【天空飛行】で宙に留まる。
剣を引き抜いて男を静かに降ろす。
何故だろうか。満足したような顔をしていた。
「ーーー終わったよ」
ーーーきっと、忘れることはないだろう。
彼らの生き様を、その一瞬の輝きを。
背負った命に責任を持って、俺は前へと進む。
ーーー未来へと。
@@@@@
十戒戦最終試合。
アキヒト 対 九条綾華
勝者 アキヒト
次回:近日




