EX.258「勝ちを分けたもの」
彼女の固有結界『観天望気・碧空』は、本来であれば彼女が用いる世界ではない。
本来の固有結果は自身の人生を振り返り、そしてまとめることによってようやく種を手に入れられるほどの難易度。
その上で自身の心で世界を塗り替える究極の魔術。
天才と称される魔術師であっても手に入れられるのは奇跡と呼べるほどの代物だ。
だが魔術師でもない彼女が使えるのには理由がある。
それはーーー彼女が天の巫女という特殊な役職を担っていることだ。
天の巫女とは決められた一族によって継承されてきた『天を操る』力を用いた代表なものである。
そして事情によりその全てが短命であったために、意志を残す必要があった。
人身御供の継承。
必要だとは分かっているものの、その全てが納得出来るものでもない。
意志の継承。
だからこそ彼女たちは力を手に入れる必要があった。
天の力の継承。
彼女たちがアプローチをかけたのは当時設立したての星王レオン・ハザァードであった。
彼は彼女たちの力を利用することで魔力の循環サイクルを形成した。
魔力の継承。
そして彼女たちは祈り続けた。
終わらせたいと願った。
共存を願った。
祈りの継承。
いつかそのサイクルを終わらせて、その人生に無数の枝葉が分かれるようにーーー今代から次代へと、次代からその先へと繋がれていった。
この固有結界は百代まで続いた彼女たちの人生そのもの。
世界を恨み、されど運命を恨めなかった者たちの世界。
そう、これはーーー誓いによく似ていた。
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肉厚の斧が振り下ろされる。
浩然はそれをかろうじて躱す。
その斧からはほんの少し掠っただけでも致命的だと思わせる圧を感じる。
ブチブチブチブチッ!!
そしてセイからは少し離れたところからも筋肉が物理的に聞こえる音が聞こえる。
・・・・・・固有結界を開いても尚このダメージが!
ムーンフェアリーと同じ称号である最上級神器と冠されるだけでもあるリスク。
それはこの『神斧リッタ』の特性にもあった。
神斧リッタの特性は【蓄積&解放】、そしてそれは適正を持たない者には驚異的な力を誇る。
現在の使い道としては莫大な魔力を放つ抑え役として扱われているが、相性の良くない者にとっては自身の魔力を食い潰すバケモノと化す。
そのため彼女は魔力で斧を包み込み振るうという方法をとっているが、問題はその方法をとっても肉体に大ダメージを食らう。
そのため彼女は時間を掛けられなかった。
そして浩然も同様に、この固有結界が必中であれ必殺であれ、この結界に包まれていることが問題であった。
浩然が最も気にしているのはアキヒトの復活。
【壊拳】によって物理的に壊された心は、時間経過によって元に戻る。
時間は簡単に消費はできない。
だが、リッタの持つ膨大な熱エネルギーが彼の歩みを鈍くしていた。
もしも掠ってしまえば、その傷口から全身を伝って蒸発していくのではないかという気持ちにさせる。
オマケにここは固有結界の中に加え、隠れられるところが一切ない。
・・・・・・どうすれば。
セイは深く踏み込もうとはしない。
【壊拳】のタイムリミットを知らない彼女にも、時間の問題がつきまとう。
それは固有結界を広げ続けるにあたっての魔力消費量ではなく、自身の肉体の方。
すでに彼女は浩然の手によって著しく死に近い身体になった。
ここで意識を保ち、固有結界を広げられたのはひとえに一族の手によって痛みの耐性が常人よりはあったこと。
だがそれを加味しても無視できないダメージ。
折れた肋骨が中身をぐちゃぐちゃに壊し、リッタを振るった両腕も筋繊維が音を響かせて潰した。
かろうじて両腕は動かせるものの、肉体の損傷は内部破壊に至ってはすでにピークとも言えるだろう。
「ーーー仕方ありません」
彼女はーーー手から発する魔力を止めた。
「ッ!」
瞬時、動き出したのは浩然。
これ以上時間を稼がれてはいけない、その焦りが彼を突き動かした。
「【壊拳】ーーーッ!」
今度こそはーーーと彼は腕を引く。
瞬きする頃には既に身体が穿かれたと思わせる速度。
回避は不可能ーーー回避はだが。
「ーーー【火雷の槍】」
「ッ!?」
浩然はひとコンマ数秒、目を左右に開く。
ーーー何もない。
だが浩然も迷いがあった。
何もないのでは無く、この状況において決して見えない位置に設置されたのではないか、と。
その答えは真後ろ。
その答えに行き着いた時、背後から嫌な感覚を覚える。
違和感に近いもの、そしてそれは自身の命を狙っているのではないか、というさらに嫌なイメージを混ぜあえて。
・・・・・・考えろッ!考えるのだ!
貴女はあの時こう言っていた。
『ええ、私の能力は通常では出せない天気が二つありますーーー『晴れ』と『快晴』です。その二つはあまりにもコストが大きすぎるため、私の先祖達が一つにまとめることによって運用されて来たと』
そう語っていた。
この固有結界はあくまでも神斧リッタを呼び出す世界であり、そのリソースを重んじていること。
言っていない。
貴女は決して他の能力を使えないとは言っていない。
だとすると能力は使える。
自身の固有結界を広げたら、自身の能力すらも使えない欠陥を用いているわけがない。
能力は使える方が無難である。
だとすると本当に己の命が危ぶられているのはーーー自分。
ーーー・・・・・・ならばどうする!?私の残った腕は既に【壊拳】の真っ最中だ。あれでは拳が柔らかすぎて槍を壊せない。
ならばーーー
「【無頼脚】ッ!」
幻影が見えるほどの速さで脚を回す。
ーーーだが、その脚は虚空を蹴った。
「迷い・・・・・・ましたね」
その声は、掠れて聞こえた。
同時に軸の脚が斬られ、倒れ込む。
目の奥が真っ赤に光出す。脳の危険信号のアラームだ。
「貴方は考えてしまいましたね。私にはまだ奥の手を残していると」
「貴女は確かにーーーそう言った、はず、です」
「ええ、私はこの結界でも能力は使えます。あらゆる武器もここでも出せる。ですが技の名前を言っただけですよ」
浩然は黙って聞いている。
ボコボコと肉体が切れた脚から沸騰していっていることも感じる。
「私は刷り込みました。能力開示のリスクを取ったとしても、技名を明かさないと能力を発動できないのか、と」
「ブラフでしたか、だとしたらいちいちケチらずに固有結界を開いておけば」
そう呟いてリッタを握った彼女を見る。
「そこまでダメージを負う必要はなかったのでは?」
彼女は息絶え絶え、リッタのチャージ速度が固有結界によって抑え込まれていなければ、物言わぬミイラになっていたに違いない。
全身の穴から血が流れる。
砕いた肋骨が肺を傷つけたのか、喋れば喋るほど口から血が舞う。
それでも話すことを彼女はやめない。
「固有結界を広げても実力差は五分五分ーーーだとしたらあとはどれだけ脳のリソースを消費できたか、です。私はこの方法を取りました。そして貴方はこの盤面でも多少の余裕があった」
「死兵であれば勝っていた、と」
今更だがあの瞬間、私は考えすぎてしまっていた。世界の全てを見渡したと思い込んでしまっていた。
目の前の地雷を避けたと思ったが、本命の地雷を踏み抜いてしまった。
「間違いなく私が負けていました。それほどの戦力差があったからです」
微睡み始めた身体で彼は思った。
彼女が基本的に先手を打とうとしていた。
それを超えて私が行動しようとした時もだ。
だが彼女は一度リッタを手放し受けの姿勢をとった。
それを私は好機だと思ってしまった。
これをミスすれば死ぬという覚悟が私を持っていなかった。
「次がッ・・・・・・あれ、ばーーー参考にしま・・・・・・」
浩然は一度繋いだ彼に、残していく仲間に謝罪の祈りを込めた。
そして彼の肉体はパシャっと弾ける。
「ーーー次があるように神がいれば願っておきます」
リッタを今度こそ手放し、膝をついた彼女はそう言った。
彼女の世界は崩れる。
そうして広がった世界は少し崩れてはいるものの、見慣れた世界だった。
「セイ・・・・・・さん」
晴れた世界にゆっくりと立っていた彼に少し笑みを浮かべて、彼女はようやく意識を手放した。
十戒第7回戦
雨宮泚 対 浩然
場所 明石海峡大橋
勝者 雨宮泚
次回:近日




