EX.115 「8年前の欠片」
「ひぐっ······もう、やめてよ······。お姉ちゃんを虐めないで······」
あの時の私は、『死』と言うものの壮絶さや残酷さなんて知らなかったのだろう。
だけどピチャピチャと血を流して、体温が徐々に冷たくなっていく姉の姿を見て、恐怖する事だけは本能的に分かっていた。
母が言っていた通りだった。
『お魚を虐めていると、いつかいじめ返されるわよ』
その時の私はまだ反抗期が続いていて、拙い口調で「そんなものないもん!」と言い返していたのにそれが現実になっていた。
余島紅葉——————姉の中でも一番年上で、もちろん力の一番強かった存在があっという間に、気づけばサメのような人間に頭を掴まれて持ち上げられていた。
「黙れ!ニンゲンのガキが。大事なモンだったら懐の隅にでも入れとけ!!」
そう言って姉をぶん回し、私に投げつけた。
「かはっ······」
姉の体重、魚人の腕力に私の体は耐えきれずに転がっていく。
ひどいことされる······。
しかしその酷いことは当時の私が考えられる、親からの叱責でも、姉からのデコピンでも、兄からの抱きつきでもない。
その時、中途半端に父から日本語を教わったことを後悔するほど、言葉の意味を理解していた、最も単調な言葉が振りかかった。
「死ね、ガキが」
「あ、ああ······」
ポロポロと涙が止まらなかった。
恐怖しかなかった。
神様なんていない。
神様がいたらこんな事見過ごすハズがない。助けてくれるハズだ。
なのに、今出来ることは——————
「help······」
ちょっとした助け舟を求める事しか出来なかった。
魚人は死神のようなカマを目に見えぬ所から取り出し。
振り下ろした——————!!
生があれば死がある。
地球は青い、だが神はいない。
だったら——————
「女のコに襲いかかるような変態ならともかく、傷つけるような性格は悪いぜ。あんた」
悪をやっつける正義の味方だっているハズだ。
思わず目をつむり、恐怖から目を逸らそうとした私にカマは振り下ろされず。金響く金属の音が鳴った。
何があったのかと思い、チラッとまぶたを開くと、そこには——————
黒に緑が混ざった礼装を身に着けた、私の同じくらいの少年が立ち塞がっていた。
@@@@@
少年の名はアキヒト。
現在とは違い三色のトレードマークはなく、それを結ぶ為の髪留めはなかった。
一応と言う事で身に着けた礼装も、こんな所で!?と内心叫んでいるかもしれない。
何故なら彼がこの自由の国【アメリカ】に来た理由は、ただの『観光』だったからだ。
免許も貰ったことで能力を乱雑にも使っていいとはいえ、パスポートを持っていない彼は不法入国をしている身なので叱咤はされるだろう。
具体的には、親父にミンチにされるほかない、と言うことだ。
予め親には夏休み友達と宿題合宿をすると言っており、電話はユウスケに取り持ってもらう為一日はなんとかなるが、さっさと帰ったほうがいい。
実際はやりあって逃げてきた身だが、体力はそこそこだ。
「······はい、すいません。で終わるわきゃないよな——————」
深夜アニメで覚えたキザっぽい、どこか中二チックな言葉を吐いてはみるが。俺だってバカじゃない。素人でもない。ヤツの目がそう語っている。
『リーフ』モデルは······そうだな『ジャックと豆の木』で。
(了解)
右足に繋がった波長は、ヤツではなく違う人物に向けた。
横たわり、血を流している女性。
見るから戦闘か陵辱のどちらかだが、後ろの蹲っている同い年っぽい子を見ると。戦闘だったが一方的だった。の方があっているだろう。
「んああ!?」
ヤツも変化には気づいたのだろう。
横たわる彼女の足元から豆の木が生え、それが彼女を一気に食べたのだから。
ネタバレを言うと、特殊改良された【豆の木】は治癒能力が高く。俺はその豆を踏みつぶし、『リーフ』でエネルギーを送る事で急速成長させたのだ。
「a······」
すると少女がうめき声のような声をあげる。
食べられた、とでも思ったのだろうか。
「大丈夫だよ。絶対に助けるから」
この子を落ち着かせるように笑顔で言うと、俺はヤツを見る。
今まで何もしなかったわけじゃない。
俺の生やした豆の木を己の武器で切り裂こうとしていたからだ。
だけど敢えての『リーフ』を使ったエネルギー消費で作った豆の木は簡単には切れず、カマの先端がちょっと刺さった程度だった。
ゴォン!!
「てめぇ······舐めてんじゃねぇよ。下等種族が!!」
大振り——————だけど死角がなかった。
「っ——————!!」
ワンステップ後ろに下がり、背後の少女を抱きかかえ力強く跳んだ。
「————————————!!」
「逃さねぇよガキが」
緊急回避は出来ない。能力を使えば腕の中にいる少女を傷つけるかもしれない。
まるで俺がキャッチボールの球のように迎えようとする魚人に俺は、最大限できる事をした。
「ぐぅ······あ!!」
空中で半回転をしてヤツのカマの攻撃を背中で受け止める事だ。
「【震乱残】!!」
ユウスケなら背中を傷つける事は絶対にしないのだが関係ない。
ボタボタと流れる血がアクロバティックな動きで散っていく。
「ほら続きだ!!ニンゲンの料理タイムのな——————!!」
「【接続開始】!!」
俺は最小限の詠唱を唱える。電子的な音が頭の中を巡り巡って一本の剣が手元に現れる。
カキン!と迫りくる凶器を受け止めるが。体勢もコンディションも先程とは段違いに違う。
魚人の腕を振りぬかれ地面に突き落とされる。
完全防御大勢で少女を傷つけないように、そして——————!
「なに——————!?」
ここならあいつに攻撃を加える事が出来る——————!!
瞬間的に40を超える剣が魚人の肌から10センチも満たない間に生成される。
「くらえ······!!」
「マヌケが!!」
瞬きをせぬ前に景色が変わる。
「オレの能力【アポート】はオレだけじゃないく、対象と位置を入れ替える事が出来る!!」
左手は——————握りしめいない。
故に俺自身に剣が襲いかかる事はなかった。
だが——————その場にいたのは俺だけだった。
腕の中にいたはずの少女はいなかった。
「『ジェット』!!」
(おう!!)
ジェットが俺の声に応じたが同時、俺の姿形が変わった。背中にロケットの噴射口が生まれ、目を保護する為のゴーグルが備え付けられている。
「限界を超えて飛べ!!」
リミッターを超えた、人体に悪影響を及ぼす程の炎が噴射され、体がムチのようにしなって飛んでいく。
「届け——————!!」
このまま少女を連れようとしても、限度を超えたスピードを持っている俺じゃあ逆に殺してしまう。
あの魚人が少女の心臓を突き刺すまで3秒も満たないだろう。
だったらどうする——————!?躊躇はするな。
俺だけが傷つくだけの手段ならたくさんあるだろう!!
死神のカマが不協和音のようにツンざき、少女の肉体を貫くその直前——————間に違う肉が入ってきた。
ドズっ——————ではなく、グチャッと肉が潰れた音がした。
「ゲホッ······」
腹に籠もる違和感が胸へと込み上がり咳と共に吐き出すと、それは血だった。
俺からこぼれだした血だった。
「君は······強いな」
「ああ!?」
俺は目の前で震える少女の頬を撫でた。
目は大きく、形は整っているとは言えないがかわいい顔だった。
······何気に俺はこの子の顔を見れていなかったな。
「——————君は強い。君が俺の体を握ってくれたから動きやすかったよ······。もう大丈夫。終わらせるから」
俺は自分の腹から大きく飛び出すカマを掴み——————折った。
それを引き抜くと、多少血は溢れたが傷を治し始めた。『呪い』と思っていたこの力に初めて感謝したかもしれない。
「——————なあ、お前の名前ってなんだ?」
「ああ!?」
魚人は折れたカマを意味もなく投げ捨てると、一言だけ「ライダー」と答えてくれた。
「ありがとう——————俺は」
俺も紳士的に考えて答えることが正しいと思い口を開くが、その瞬間、顔面を殴り飛ばされた。
「!?」
その時のライダーの表情はまるで幽霊を見たような顔だった。無理もない。殴られた俺が残像のように消えて、俺が目の前に立っているのだから。
「よかった」
俺は少女には聞こえないように、そっと続きを口に出した。
よかった——————これで非常になれる。
「『フレイム』」
「きさっ——————!!」
「【フレイムバースト】!!」
ライダーに突き出した鍵爪から、龍の形をした炎が飛び出してヤツを燃やす。
「ちいっ——————『アポート』!!」
仰け反った体勢から、俺の背後に瞬間移動する。恐らくこの場にある『空気』と交換したのだろう。
削り取るように俺の肩から襲おうとするが、俺は【フレイムバースト】を撃ったモーションからピクリとも動かなかった。
俺が本気を出したら——————
「もう負けてるのにさ」
ライダーが腕を振り抜くと、手の先から俺の背中の肉が肩から、皮も筋肉も内蔵も骨の半分すらもきれいに削り取っていく。
「どうなってやがんだコイツは!!」
火山の噴火のように怒声をあげるライダー。彼の手には一滴の血も付いておらず、それどころか先程削り取ったハズの俺の体も消えていた。
「コイツはただの幻影だよ。ライダー」
俺は重力を無視し、木の側面に立って言った。
「コイツは俺の【剣戟】だ」
ただの『殺意』だよ。と答えると。ライダーは訳もわからないと言わんばかりに、今答えた俺の体を削り取る。
しかし霧のように俺の体は溶けていく。
「お前が見ているのは【幻影】」
「究極的に圧縮された俺の殺意」
「お前はただ、弄ばれているだけだよ。俺に」
「待てばいいのさ、そうしたらすぐに死が訪れる」
背後に生まれた俺、フワフワと宙に浮く俺、寝転がってあくびをする俺に、背面を失くした俺。
実体なのか、無実体なのか、存在しているのか、存在していないのか全く分からない状態。
「ああ、その子を盾にしようと意味ないよ」
「そもそも捕まえられない」
「俺の妖精は優秀でね。多分一瞬で消されるよ」
「まあ見たら分かるか!」
「うぜってぇ!!——————同盟者達よ!!コイツを全員殺せ!!」
何かを呼びつけるライダー。しかしその同盟者は誰一人反応しない。
「ああ!同盟者って——————コイツかな?」
バカらしく反応する俺の手には首しか残っていないフグのような魚人だった。
「—————————テメェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
「「「「「あれ?」」」」」
ライダーがブチギレた時だった。
彼の手元に先程まで遊んでいた俺が一斉に集められ、グチャッと潰される。
だが——————
「くそっ······いねぇ······」
空気を叩いたように、俺の存在が消えていく。
ライダーが荒々しく息を吸ったり吐いたりしていると、巨大な彼の肩に一人のアキヒトが座って言った。
「残念ハズレ。惜しかったねぇ。あとちょっとで当たったんじゃない?」
「?」
「ほら、目を凝らして——————」
「——————!!」
「よう、お目覚めはどうだい?」
今度こそ、正真正銘本物のアキヒトが目の前に立っていた。
「これはさ······。【我流 裏式 一型 殺意の幻影】って言うんだけどさ。実戦で使ったのは初めてなんだよね。——————でも、結構上手く行ったんじゃない?最後は当たりそうでヒヤヒヤしたけど」
のほほんと、さっきの顔が嘘のようにヘラヘラと笑っている。
「——————でも、次は大丈夫。俺の持っている技の中でかなり殺せる技だから」
動けない。あの技には生命力を奪うことも出来るのかとライダーは思ったがそれは違う。【殺意の幻影】で消費させる事が出来るのは『精神力』。本来ならば無限に剣を生成する幻想を見せてその中の一太刀だけをぶつける事も出来るのだが、今回はより実戦的ではない方法を彼は選んだ。
ヤツの同族を殺した幻想見せ、死んでもヘラヘラと笑う俺を何度も生み出す。ワニのハンマーゲームと同じようだった。
モグラたたきでも同じだ。ぴょこぴょこと何度も飛び出されたならばいつかは琴線に触れる。おまけにライダーはきれやすい精神力を奪うにはうってつけの相手だった。
俺はゆっくりと剣を構える。
フッ······、とアキヒトは光の速度を一瞬だけ超えた。
刹那
ライダーの両肩両足、そして心臓を彼の剣は貫いた。
「【五輪の極み】!!」
今度こそ幻想ではなく、ライダーはじわじわと薄れゆく意識の中で、一瞬だけ見えた修羅の姿に遺伝子に恐怖を残して死んだ。
@@@@@
見えなくなった時、彼はあの恐い敵を倒していた。
ピシピシと彼の持っていた剣にヒビが入って、音もたてずに壊れていった。
狐のようなお兄ちゃんに守られていた私は彼の戦いを見ることが出来ていた。
すると彼はぶつぶつと何かを唱えて、その時生まれた光の結晶を空に投げる。
すると空に雲が出来て雨が降った。
雨にずぶ濡れになったが、不思議と寒さはなかった。
まるで魔法のようにすべてを癒やす雨。
誰なのだろうと私は気になった。
「Who are you?」
「え!?ふーあーゆー!?」
私は意を決して聞くと、彼は目をまん丸にして驚いた。戦っている時とは全然違う顔だった。
もしかして、彼は——————?
「アナタハダレデスカ?」
父から教えてもらっていた日本語を話すと、彼は少々驚いたものの安心した顔を見せた。
「えっとね······。俺の名前はミヤタアキヒト!よろしくな!!」
そう言って笑う彼は太陽のようだった。
@@@@@
私はあの時、アキヒトくんを王子様だと思っていた。
だから私なりに王子様の身の丈に合うように努力していた。
一時的に魔女の森に向かい、本格的に魔術を学んだり、母や姉から盗んだ化粧で色気づいて見たり(化粧アレルギーがあったからかぶれた)と、彼ともう一度出会う時の為に頑張った。
心が折れそうになった時はいつも彼から貰ったカードを見て気持ちを落ち着かせたりした。
そうだった。私は——————
アキヒトくんに追いつこうと頑張ってきたんだ!!
@@@@@
「——————倒そう!!」
私の口から不意に出ていた。
「ディザスターってヤツをぎったんぎったんのめっちょめちょにしてぐっちゃぐっちゃにしょう!!」
「おいカレン!お前の口からほとんど擬音語しか出てこなかったぞ!!」
スッキリしたあーーーーー!!
「スッキリしたあーーーーー!!」
「なにが!?」
突然叫びだした私にアキヒトくんやリュウギョウも私に質問を設けたユーちゃんも驚いていた。
私は両手を上げた体勢から、すびょん!とアキヒトくんに飛び抱く。くんかくんか、う〜んいい匂い!
「······え〜と。まあカレンさんもそう言ってくからさ、リュウギョウも考えてくれないか?」
ハルトが苦笑いで言うと、リュウギョウは何度もうねる。
「分かった!——————だが、一つだけ条件を聞いてくれ!!」
「条件?」
山本が代表して聞くとリュウギョウは口を開く。
そこから出てきた単語は、私達の根源となる物だった。




