EX.109 「これは標を失った魚人達の物語」
「——————やっと手に入れたな······リルの故郷の海路地図」
「にゅ〜〜!リル!!故郷に帰れるぞ!!」
あの日からさらに半年程が経ち。
元奴隷であったリルは乱雑に荒れていた髪をおろし、魚人達が手に入れたワンピースを着ていた。
「あはは、変わるもんだな!」
そうルゥが笑って言うと、リルは情けなさそうに。
「あたしこういうのは······」
「何だ〜?せっかく買ってやったのに、散髪もしたしな〜〜。この方が母ちゃん喜ぶぞ」
「あうう······。そ、掃除しなきゃ」
「にゅ〜〜!おめー、その困ったら働くクセやめろ。ここは植民地じゃねぇぞ!!」
ルゥは雑巾を持ち、船内を拭き始めたリルに慌てて言った。
すると、船柱で樽に座っていたこの船の船医であるアルファントがルゥに、好きにさせてやれ、と言った。
「ゆっくりでいい······トラウマなんてのはそう簡単に消えるもんじゃない!」
「そうか」
「——————よくわかる様だなぁアルファントのアニィ······元奴隷には元奴隷の気持ちが」
ライダーが言ったその言葉に、ほんの少しだがアルファントが反応した様子を見て、ライダーはまくしたてる。
「本当は殺してやりてぇんだろ!?今すぐ!!こいつはアンタを飼ってた奴と同類の人間だぞ!!」
「おう、やめねぇかライダー······!」
興奮し始めたライダーをロジャーは治めようとするが、ライダーは聞く耳を持たずに、リルに近づき。
「本心をさらしてみろ。母ちゃんから何て教えられた?魚人を見下してるんだろう。お前の親も。!シャハハハ!」
リルは本当に困った時の顔である笑顔で変わらず雑巾で拭いている様子を見て、ライダーは睨みをきかせるのは諦めたが、さして変わらず両手をあげて言った。
「人間の社会ってのはそうなのさ!人間という種族が世界一素晴らしく偉いんだと思い込んでる。子はまたそれを見て育ちつけあがる······!誰かがぶっ潰してやらねぇとこの流れは止まらねぇ。この4年の航海で······さんざん見てきたハズだろうお前ら!!人間達がおれ達を蔑む生意気かあの目を!!お頭がいなきゃおれァ何してたか分からねぇ!!」
「蔑むのは一部の人間······!!他は違って見えたがのぅ」
そんなライダー相手に、ずっと黙っていたリュウギョウは前に出て口を出した。
「わしにはみな······。いつも······脅えておる様に見える。海賊じゃからか······?何をそんなに脅える······」
リュウギョウは先程からずっと船内を拭いていたリルの横に座り、聞いた。
リルは表情変わらずに答えた。
「······だって、何も知らないから」
その言葉を聞いて真っ先に思い出したのはオトヒメ王妃の、『私達は······まだ彼らの事を何もしらない!!』と言う言葉だった。
「知らんと······怖ェ······!?知れば何か変わるのか······」
リュウギョウは合点付かずにブツブツと呟く。
魚人の事を知らない人間と。
人間の事を知らない魚人。
ここの間には、多分。知ろうとする意思の有無が挟まっているのではと思う。ただの『知らない』ではなく『知ろうとしない』なのだろう。
リュウギョウはリルとルゥが遊ぶ姿を見て、その疑問が今一度薄れたかもしれないと、無意識中で感じた。
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あれから秋になり、冬には雪が降った。
その間、魚人達は立ち寄った島で食料を買い占めたり、時にはクラーケンサイズのイカを仕留めたり、雪が降った時には雪だるまを作ったりした。
そこにはリルと魚人達が分け隔てなく、食事中も調達中も笑い合っている明るさがあった。
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数週間後、彼らはようやくリルの故郷である【マヤルーバ島】に着いた。
「リル!船から降りろ。お前の故郷だ······!!」
唯一リルに付き添う為に、船から降りたロジャーは巨大なサボテンが連なる島を見つめ、
「お前の村はどこだ。入口まで俺がついて行こう」
そんな中、船に残った他の魚人は溢れんばかりに涙を流している。
「うおお!行くなよリル〜〜。一緒に旅しようぜ〜〜」
「いい子だよぉおめ〜人間なのに〜〜」
「泣くなお前ら」
空手着を着た魚人が慰める中、リルは彼らに手を降って。
「あたし村のみんなに言うよ!!魚人にはいい人達がたくさんいるって!!」
そう言うリルに魚人達は両手を振って、別れを悲しませずように盛大に送った。
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草木が少ない荒地を抜け、リルとロジャーは村へと進んで行った。
『大人になる頃にゃ、あのガキも他と同じになる』
『ライダー貴様!!』
『ライダーてめー!!』
『リュウギョウのアニキ······あんたこの4年でずいぶん変わったな。考えてもみろ、村で一人魚人はいい奴だと主張し続ける意味があるか!?まるでオトヒメの主張の様に声は虚しく吹き抜けるだけだ!!』
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山を越えたその先、遂にリルの村に着いた。
リルは恐らく母であろう女性に抱きつき、再会した喜びにむせ泣いていた。
ロジャーはその様子に笑みを浮かべながらも、村の人たちが訝しげな目で見てくることに、速やかにここから出る事を考えた。
そして、
「—————————————————————!!」
リルはロジャーに言った。
「——————!!」
ロジャーはリルに短く言った。
「頑張れよ!!」
その声だけは、誰でも聞けるような、そんな優しい応援だった。
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そんな暖かい気持ちはすぐさま弾け飛んだ。
「私は『世界政府』ヤンワルド少将である!!」
背中に五条星が描かれたエンブレムの服を身に着けた人間達が、ロジャーに銃を向ける中、その中心にいるヤンワルドと名乗る人間が出てきた。
「君たちがこの島へやって来る事は——————ある島の者から通報を受けている!!今、君が行った村の大人達もここで少々騒ぎが起きる事を承知してくれている。貴族の所有物である娘を見逃すという条件でな」
それは何時の通報だったのか、それは分からない。
ただ、リルの故郷であるこの島に着くのを知っているのは、ロジャーの部下達である魚人達とそれから——————
『もし!どうか頼まれてくれませんか······』
あの老婆が犯人だったのならばどうだろう?
いやしかし、ここに住んでいる者が通報した可能性だって大いにある。
「罪名は二つある。よくわかっている筈だ。『襲撃』と···『逃亡』······」
その瞬間、ロジャーは考えるのをやめた。
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銃声は少し離れた船の上でも聞こえた。
「何じゃ今の銃声は······!!」
「お頭の向かった陸からだぞ!?」
「おい海を見ろ!!」
言われた通りに周りを見ると、そこには『世界政府』が構築した海軍の船が、リュウギョウ達を囲んでいた。
その瞬間——————!
軍艦からの砲撃で、ロジャーの船は半壊。崩れるのを待つばかりだった。
「全員船を捨て海底へ避難しろォ!!タイのお頭が危ない!!」
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何発撃たれたかは分からない。
だがロジャーは膝を付いたにせよ、倒れる事はなかった。
「何なんだ、倒れねぇ!!」
「気をつけろ!アメリカの主要都市をたった一人で襲撃した男だ!!」
男が旧式の銃に弾を込めるその時、ロジャーは隙を見計らって殴り飛ばした。
「何なんだこの生命力!!」
そう思うのも無理はない。
10を遥かに越える銃弾を浴びせられ、ロジャー自身もどうやって意識が保っているか不思議な位だった。
「タイのお頭ァ〜〜!!」
「少将殿!日の下の解放軍です!!」
「アレか、噂の······」
ロジャーを助けに行った中にリュウギョウが、壊された船の代わりを奪うために動き出したのはライダーだった。
その中、リルは村のどんちゃん騒ぎにより、この悲劇に気付くコトハなかった。
『日の下の解放軍』は、待ち伏せによる奇襲攻撃を受け、船長ロジャーは瀕死の重症——————しかし一味は海軍の船を奪いら沖への脱出に成功した。
だが——————、
「お頭っ!!何バカな事言ってんだ!!」
「血を流しすぎてる!!すぐに輸血せにゃあんたの命が!!」
「お頭の血は珍しい型だ。······ウチの船員にゃ同じ血液のやつがいねぇんだ!!」
「——————だが······この軍船にストックされてた血なら······人間の······血だろう······!!」
「そうだ。人間と俺たちは同じ血液が流れてる!!人間の血は使えるんだ、命かわ助かる!!——————だからとにかく輸血を······」
「入れるな!!そんな血で生き長らえたくはねぇ!!」
ロジャーは輸血を拒んでいたのだ。
「汚らわしい血だ!!······それはおれ達魚人族を蔑み続けた血だ!!恩など受けない!!情けなど受けない!!」
「·····················お頭············?」
「おれは人間に屈しない!!」
ロジャーは今まで見たことがないと確信できる程、怒りを形相に表していた。
「——————お前らには······言いたくなかった······おれは最後の旅で······」
『今回の旅は長かったのう』
『おぬし、今回の旅で一体何を見た······!!』
『人間です』
「旅立って程なく······捕まっちまったんだ!!アメリカに数年······!!」
「え!?」
「おれは!!奴隷だった!!」
その告白に誰もが言葉を失った。
ロジャーはボロボロと涙を流しながら言った。
「そこで見たのは······!!人間の狂気······。命からがら逃げ出したが······目の当たりにした奴隷達を放ってはおけなかった」
「······よく聞け」
「おれは思うままに生き······!······結果オトヒメ王妃を······ひどく邪魔しちまったが······あの人は······正しい。誰もが平和がいいに決まってる!!——————だが、本当に島を変えられるのは······リルのような何も知らねぇ『次の世代』だ······!!」
その時、一瞬痛みが和らんだのか、それとも半年共に過ごしたリルの変わらない笑顔を思い出したのか、ロジャーの険しい顔は弱まった。
だがそれはそれ以上に涙を流した時だった。
「——————だか頼む!!お前らは島に何も伝えるな!!おれ達に起きた『悲劇』を!!人間達への『怒り』を!!」
ロジャーは懇願した。
「この世にゃァ心の優しい人間達はいっぱいいるんだ!!そんな事はわかってる!!なのに、死んで消えていく者達が!!恨みだけこの世に残すなんて滑稽だろう!!······頭じゃあわかっていても······!!おれはもう心の鬼が邪魔をする。体が······その血を拒絶する!!」
「おれはもう······!!人間を······!!愛せねぇ······!!」
「お頭そんな事言わんで生きてくれ······!!頼む!!生きられる命なんじゃ!!」
彼らはロジャーが今離そうとしていた命の糸をその手ごと引き上げる気持ちで叫んだ。
「お頭っ!!何を言おうと、解放して貰った全ての奴隷達にとって······!!あんたは一生の大恩人なんだ!!偉業を成した『魚人島の英雄』なんだよ!!」
彼らのその言葉にロジャーは「嬉しいねェ······」と呟いた。
『他に挑んで来る奴がいねぇんなら、おれがこの魚人街を仕切る!!』
そして、
『おれはロジャー!!子分はおれが守ってやる!!』
「「お頭あああああああああああ!!!!」」
『日の下の解放軍』船長。ワルヒード·ロジャーは、こうして命の幕を閉じた。




