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小さな泥棒 その5

 話はヨハンネ達に戻る。ヨハンネは例の男の子で父親と話をつけていた。その話し声を壁越しにあの問題のハルトが聞き耳を立てて、中の様子を窺っていた。ミネルヴァはいつも通り、直立不動で主が部屋から出で来るのをジッと待っていた。


 ミネルヴァがハルトが気に触るのか彼を冷血な目で睨んだ。目を細める。


(―――――――機会さえあれば、排除は可能……。しかし、ご主人様が悲しむかもしれない。何か良い方法が見つかればよいのだけど。今は我慢……)


 そんな事を考えていると、ハルトが冷や汗を垂らして、急にそわそわとしだした。


「おいおい。おいら、やばくなってないか?説得出来てないじゃんかよ……なんだよ。その重々しい会話は……」


 ミネルヴァはハルトが焦る会話が気になり、確認する為、目を瞑り、そのままの常態で中で話される内容を把握にかかる。彼女は嗅覚、聴覚、視覚全てにおいて卓越しているので、遠くの会話も近くで話しているかのような声量で聞き取れることが出来る。しかし、欠点として、目を瞑って集中しなければならないので戦闘中は使えない。


 ミネルヴァは相槌を打ち、ニヤリと口端を上げる。


「……どうやらハルトの運命は決まったようですね」


 嬉しそうな声音でそう言った。


「そ、そんな……」


 部屋の中での会話が徐々に近づいて来た。ハルトは危機感を感じ逃亡しようとしたがミネルヴァに首袖を掴まれ阻止される。


 扉がゆっくりと不気味な音をたてながら開かれた。


「ならん!! 盗賊など信用できん。そのような者はわしは許さん!」

「ですから父上、その子供は僕が責任を持って―――」

「ダメだ! この前のディア剣闘技場のことを忘れたとは言わさんぞ。サルサット闘技場もキナ臭いというのに、下級層の子供など信頼できるはずがないッ!」


 ヨハンネの胸を人差し指で何度か突く。


 数日前、ディア剣闘技場で反乱が起きた。これはプルクテス国初めての内乱で奴隷たちの中には、後に続こうという動きまであった。それがグレイゴスには不安要素となっていたのだ。


「いいか、わしは、下級層が恐ろしくでならん。なにを――――」


 話が途切れ、グレイゴスがある一点を凝視する。その目線をヨハンネが追うとその先にはハルトが居た。ヨハンネは焦った。


(―――――――しまった! 服装が奴隷っぽい!!)


「ほぉ。お前がミネルヴァの弟子になりたいと言ったのは……」


 睨みつけるようにする。それにハルトは思わず、下を向いてしまった。口籠ってはい。そうです、と言う。


 グレイゴスは最近、機嫌が悪かった。帝国のおかげで奴隷達が反抗的になり、各地で暴動が発生。グレイゴスの商隊キャラバンもその者達に襲われ大損害。ゆっくりと、床をきしませながら、恐い顔をしハルトに近く。


 右手をハルトの頭の上に持ってきた。ミネルヴァは自分の感覚で考えるど、ハルトはグレイゴスに頭を握り潰されると思っていた。ヨハンネの方は右手で頭を握り、持ち上げると、そのまま外に放り出すのではないかと、判断していた。


 だが、予想外の展開になる。


 ハルトの頭に手をポンと置くと、さっきまでの東洋で言う鬼の形相から一変、どこにでもいる、孫を可愛がるお爺さんのように、ニコッとした。


「おーなんと可愛い子だ。まるで女の子ではないか。ガハハハハ!! 昔のお前を思い出すな」


 満面の笑みでヨハンネとハルトを交互に見比べる。


「は、はぁ……まぁ良かった。一時はどうなるかと思った……」


 ヨハンネはそう胸を撫で下ろすと、ミネルヴァの姿が目に入る。なんだろうか、凄く残念そうな感じに見える。グレイゴスはよしよしと撫でると、左手を懐に入れた。


(――――――何!? 油断させておいての斬殺か!)


 ヨハンネは再び焦った。ミネルヴァは何故か期待しているような顔で見入るようにしている。


 ミネルヴァのことだ。あの眼差しから判断して、流石です!グレイゴス様、と思っているのだろう。ハルトも同じく、黙っていたが冷や汗が大量に出ていた。


(――――――やばい。あれは多分逃がさないように、固定したんだ)


 商人は盗賊などの襲撃に備えて、懐に短剣を入れている事がある。グレイゴスも最近、護身用に短剣を忍ばせていた。


 左手を懐に入れ、ゴソゴソと何かを探していた。出てきたのは短剣ではなく黒い布袋だった。


「おじさんが君にこれをあげよう。新しい服を買うといい」


 黒い袋から金貨を取り出し、ハルトに渡した。


「えっ? あ、ありがとうございます。……えと、旦那様?」


 挙動不審になりながらもハルトはその金貨を受け取った。


「ヨハンネ!」

「あ、はい!」


 いきなり言われたので足を揃えて、姿勢を正した。


「この子を認めよう。お、それとわしは二、三日家を出るから、留守を頼むぞ」


 そう言ってグレイゴスは歩き始めると、ヨハンネも後を追って横に並び雑談をする。ミネルヴァはハルトを監視している為、ついては来なかった。


 ヨハンネがグレイゴスに尋ねる。


「で、今回はどちらに向かわれるのですか?」

「ん? ヨダ男爵の所だ」

「へー最近、貴族との商談が多いですね。父上?」

「それだけ、人気になったという事だ。わしは倉庫で在庫整理してから、ここを発つ。ヨハンネはあの子供と一緒に服を買いに行ってやりなさい」

「はい。わかったよ」


 足を止めて、父親の背中を見やる。


(――――――――父上の背中ってあんなに小さかったかな?それとも、僕が大きくなった証拠なのだろうか……)


 誰かに背中を突かれた。


「なぁ兄ちゃん。どうする?これ」


 ハルトが手のひらをヨハンネの前に出した。そこには金貨三枚もあった。プルクではなく金貨とはヨハンネでも驚いた。あんなに上機嫌なグレイゴスは最近、稀である。それだけ商談が上手く行っているということだろう。利益が出れば、人間、必然的に上機嫌になるものなのだから。


(―――――――そういえば、これならかなり買えるな……)


「とりあえず、服を買いに行こう」

「本当か! やった。マジこの服そろそろやばいと思ってたんだ。臭ってみる?」


 それにヨハンネは遠慮する。


「ご主人様。本当にこの子供を飼うつもりですか?」


 力強く男の子を指を差す。というより、強く突いている。


「おいらはペットか!」


 とハルトがミネルヴァにツッコミを入れた。


「仲良くね。あれ?そう言えば、君の名前をまだ聞いてなかったっけ?」


 ハルトは待ってましたと言わんばかりに胸を張り、自分に親指を立てて、話そうとした。


「おいらの名前は――」

「ハルトです」


 横槍でミネルヴァが答えた。


「なんで、お前が言うんだよ!」

「私が言うと何か問題でもありますか?」


 感情のない目で見下す。それには殺気が含まれていた。ミネルヴァのことをお前呼ばわりしたからだろう、と反省するハルトは弱気になる。


「いや。ないけどさぁ。自分の名前くらい……言わせてくれよ」

「ハルトはご主人様と話してはいけません。汚い言葉使いが移ったら困ります」

「なやと! この剛力女」


(―――――――犬猿の仲になりそう……この先が思いやられる……まっ主導権はミネルヴァにありそうだけど)


「まっとりあえず、ハルト! よろしくね」


 ヨハンネが手を差し出し握手を求めた。


「兄ちゃん! よろしく」


 笑みを浮かべながらハルトも応えようと手を差し出したがそれを。ミネルヴァが叩き落とす。パチンと痛そうな音がした。


「痛てッ! 何するんだクソ」

「ハルト? 手を洗ってませんね。汚い手でご主人様に触らないで下さい」

「だからって叩かなくてもいいだろうが!」


 今度は、頬をビンタする。顔も洗っていない!とミネルヴァはそう言った。


(――――――――もしかして嫉妬しているのかな……?)

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