犬猿の仲
男の子の名はハルト。プルクテスで有名なスラム街の出身で親も知らない。一人でその過酷な世界にここまで生きていた。一日いちにちを食い繋ぐためには殺し以外はなんでもした。それしか彼には選択がなかったからだ。
そして、いつも通り、大きな屋敷に忍び込み、実っていた葡萄を盗み出そうとした。だが、有能な番犬がいた。
ヨハンネの好意で、ミネルヴァの師弟として命を救ってもらう。助けたハルトを彼女は冷たく当たり、邪魔者の様に扱う。主の頼みだから仕方ない、と思っているようだ。
「でさ、でさこの前にさぁトレチカって奴が盗賊に襲われて、勇敢に闘ったんだけど、集団でリンチされたんだ。そして身包みを剥がれて、残されたのはパンツ一丁だったらしいよ。受けるよね! アハハハ」
手を叩いて大笑いした。
トレチカとは男爵の息子で中肉中背。いつも片手には干し肉とかを持っていて、食べ歩く食いしん坊だ。典型的な貴族といった所だろう。
「それは……可哀想に。……同情するよ。何か贈り物でもするべきかな……?」
その話を真面目に聞くヨハンネに、優し過ぎる、とそうハルトはそう思い苦笑いする。
「いいじゃね別に、弱いのが悪いんだよ」
ハルトは弱い奴は強い奴に負ける。という弱肉強食の世界で生き抜いてきた。優しさや同情を見せた瞬間、命はないと思ったほうがいい。そのため同情なんて意味がなく対価がない事をよく知っていた。
「……そう言う言い方はよくないよ」
ヨハンネは深刻な顔をして、視線を送る。それにはハルトは苦笑いする。そんなときにそこ、邪魔です、と後ろからやって来たミネルヴァがハルトを肘で横に押し退けた。
「な、なんだよ?!」
ミネルヴァはハルトを完全無視しながら自分の主の前に立ち、礼儀正しく一礼する。
「ご主人様。ただいま帰りました」
ハルトには目も止めず、ヨハンネだけを見ている。ヨハンネが手をあげて彼女を労う。
「ご苦労様。買って来てくれた?」
「はい。頼まれた通りに」
と言うと、脇に挟んでいたロール状になった紙をヨハンネに渡した。
「そうそう。これこれ。ありがとう!」
ヨハンネは無邪気に喜び、早速、ロール状の紙を机の上に広げる。彼にとって待ちに待った品物の様だ。とても、嬉しそうにしている。
ハルトは気になり覗き込む。
「あんちゃんこれはなんなんだ?」
「ん? これはね、幻のソリアっていう花について書き記されたものなんだよ」
「は、花? そこら辺に咲いている花の事か?」
「ハルト。これはただの花じゃあないよ。これは太古の時代から咲き続ける安らぎと平和の象徴の花なんだ」
描かれた所を指差す。
「……これは?」
眉を顰めて、ミネルヴァがつぶやいた。
「これが王の花だよ」
「へ~」
ハルトはあまり興味がなさそうだったが、ミネルヴァが言った。
「ご主人様にとても似合いそうな花ですね」
「そうかな? 僕にはその器は無いと思うけどなぁ」
そんなことはありませんと、ミネルヴァがそう言った。ヨハンネは彼女にお礼を述べた。そのあと、もう一度、描かれた白い花に目を落とす。
「……まぁ……もう何処にも咲いてないだけどね。これは飾るだけにしておこうかな」
ミネルヴァが興味深そうにその絵を覗き込む。そこには色彩豊かに描かれており、花の形やそれが咲いていた場所まで、描かれていたのであった。ミネルヴァは目を細めた。
「ご主人様。これはもしかして、プルクテス国ではないですか?」
「ん~確かに場所的にはプルクテスかもしれないね」
古い地図の為、文字がかすれて読めなかったが、場所的にはプルクテスだったため、ヨハンネは不安そうにそう答えた。
「ではここは?」
「方向では……そう、アカルス鉱山の様だね多分……」
「ならば、行けそうです」
ミネルヴァは身体を起こし胸を張る。彼女の言葉の意味がわからず、ヨハンネが訊ねる。
「えっと……どういうこと?」
「ご主人様の為に、私たちで探しに行って来ます」
それに素早く反応したのがハルトだった。
「ちょ、待て。私たちって何で複数形?」
「決まっています。ハルトも行くんです」
「いや。おいらは遠慮する。アカルス鉱山は問題が多すぎて廃坑になっているはずだ」
アカルス鉱山はプルクテス国の金山として、採掘が行なわれていたが過去に落盤事故が多く、結果、採掘は中止され、そのまま放棄された所だった。このプルクテスでは珍しくはない。放棄された鉱山は現在、魔物の住処となっている事が多い。
「僕も、お勧めできないよ。ましてや、あるかもしれない幻のソリアの花を探しに行くなんて」
「ご主人様。必ず見つけます!」
珍しく強気に言う。
「いやいいよ……」
「私はご主人様に喜んでもらいたいんです」
小さく一礼する。
「マジで言ってんのかよ?! おいらはごめんだね」
「うるさいです。ハルトの意見は必要ない」
ハルトの襟を掴み、引きずりながら扉の方に向かう。
「いやだー! あんな所、行きたくないぃぃ!!」
暴れて逃げようとするが、ミネルヴァからは逃げられない。
「ちょと、待ってよ。せめて僕も一緒に」
ヨハンネは自分の荷物を急いで準備しょうとしたが、その言葉にミネルヴァは振り返り、圧力を掛けるように言った。
「大人しくしてください。ご主人様。い、い、で、す、か?」
「あ、はい。大人しくしています……」
(―――――――なんか……殺気を感じた……)
そして、彼女らはその場を後にしたのであった。




