陥落した東部 その2
ミネルヴァがサルサットの闘技場を去った後も、まだ剣闘士らの噂話は続いていた。なぜなら彼らが一番興味を抱く類いだったからだ。それは帝国による奴隷制度の廃止、市民平等、奴隷の保護など、いま奴隷である彼らには夢のような話しである。それらを夢見て、彼らは自分の未来について考え、剣を連ねた仲間と語り合った。
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―――――――プルクテスの王都スラブスの街の一角にある酒場に一人のフードを被ったいかにも怪しい女が来店してきた。ここは酒場や宿場、市場が開かれていて、人々がいききする場所であるため情報収集をするには持ってつけだ。その来店してきた女は顔を白塗りの仮面で隠し、顔を相手に見えなくしていた。
酒場へ飲みに来ていた男達をキョロキョロと警戒するように見渡すと今度は店主がいるカウンターまで歩み寄った。彼女の姿に店主が呆れ顏になる。
「嬢ちゃん、ここは仮装舞踏会とかと間違えてないか?」
コップを布で拭きながら冗談を述べた。それに反応した謎の女は口元を押さえてクスりと笑う。
「面白い冗談ねそれ? それよりこれを頼みたいわ」
小さく折りたたまれた紙切れをカウンターの上に乱暴に投げる。店主はその紙が何かと怪訝した顔で紙を受け取る。他人には見られないようにして開くと驚いた顔で目の前に立つ女を見入る。
「あ、あんた、それで仮面をしているのか?!」
「そう。もしも、他言したら……お分かりよねぇ?」
仮面の奥から覗かせる眼をキラリと光らせる。店主は即座にその目が人殺しの瞳だと勘付いた。相手の考えを述べる前に迫る。
「――――で、私に教えてくれるのかしら?」
酒場の店主は昔、ジャバ王の王宮で近衛兵団として守備に就いていたことがあった。それもかなり階級は上の方であり、王宮の守りを厳重にするため部屋の隅々まで把握していた。
「わ、わかった。俺も命は惜しい。まだ長生きしてんだ。知っていること全部教えるよ」
そう言うと他人の目を気にしながらも謎の女の耳に口を持って行き、ひそひそと話し始めた。それに相槌を打つ謎の女はまた怪しい笑みをこぼす。
「へ~なるほど。ありがとうね。貴方は忠実な近衛兵だわ。主様もこれで喜ばれる。ウフフ……」
そう言うと懐から金貨を五枚をカウンターに置く。報酬のつもりだろう。店主はそれを見下ろすと、すぐには手に取らず、再び、仮面の女へ視線を送った。女はすでに立ち去ろうとしたので慌てて、呼び止めて質問する。
「決行日はいつだ!?」
「さぁ~どうでしょうね。主様の気分次第かしら?」
謎の女は手をひらひらとさせて、酒場から出て行った。裏通から細い壁と壁の間を歩くとつけていた仮面を脱ぎ捨てた。
「ウフフフ……ジャバ王の手先がいるかと思ったけど。詰めが甘いわね」
謎に満ちた女はそのまま薄暗い闇市場から街で人通りが多い場所に入る。ここはどうやら普通の市場で賑やかだ。急に賑やかになり、いろいろな食べ物、装飾品、衣服などが売ってあった。謎の女は目を動かせて、楽しんでいる。興味をひいたのは、とある衣服店のようだ。吸い込まれるように歩み寄る。綺麗な服に見惚れたのか、ずっと見つめていた。フリルの付いた最近流行りのドレスに目を潤わせる。
しかし手にはしない。ただ見つめるだけ。
街中で市民服を着る少年と剣闘士の身なりをした二人の姿が人混みの中から現れる。それはヨハンネとミネルヴァだった。ヨハンネが後ろを歩く彼女に振り返り質問する。
「ねぇ何か良い服ある?」
「私はこれで、構いませんが」
自分の服を見て、不満は無いような顔をする。しかし、ヨハンネは男でそれも純粋だ。露出した足やボロボロになった服から見えそうな胸に目の行き場に困ってしまう。
「ダメだよ。露出度の高い服はいろいろと不便なんだ」
「それはどうしてですか?」
世間知らずと言えば良いのだろうか。
(―――――――真顔で質問されると困るな……)
ヨハンネは気が付いていた。恐らく、彼女もわかっているだろうが。彼女が街人とすれ違う度に街人が二度見して、綺麗な足から、舐め回すように見ている。ヨハンネには耐えられなかった。
「あーもぉとりあえず、動きやすそうな服を買うよ」
ヨハンネが足早に歩き始める。そして、ある場所にある衣服店にヨハンネが立った。隣にいた人に愛嬌よく話しかける。
「やぁお姉さんも服を買いに?」
「いいえ。私はただ見ているだけよ」
優しい微笑みを見せた。その女性は主婦のような感じで、とても清楚な姿をして髪型は後ろを束ねてポニーテールにしていた。
「……そうなんですか?」
ヨハンネは隣の女性が見つめている服の方を見た。絹でできた上等品だ。縫い目は細かく金であしらった糸が袖口に縫い込まれていた。
(――――――買わないのかな?)
貴婦人の身なりではあるが、貧しいのかもしれない。そう思ったヨハンネは彼女が見つめる服へ視線を向ける。
「あっ店主さん?そこの服とついでに、あれも下さい」
ヨハンネが指差した方向には女性が見つめていた服だった。女性はヨハンネが買ったのを残念そうな顔をした。三万二千プルクを払い終わるとそのまま女性に渡す。
「これは貴女に差し上げます」
「え? これを私に?」
目を見開いて、驚いた顔をしていた。
「良いんです。ついでにですから」
強引に差しだられた服を少年の好意を無駄にしてはいけないと思った彼女は困り顔で手に取り礼をする。
「じゃあ、ありがたく貰っておくわ」
そんな会話をしているとミネルヴァが顔を険しくした。何かを感じたのかいきなりヨハンネの手を掴むと無理矢理連れ出す。
「え、あっ、ミネルヴァ!? 何するんだよ」
「ご主人様、彼女は危険です!」
そう言いながらも走り続ける。それも、かなりの速さだ。ヨハンネの足は空回りしそうなくらい。
「ど、どうして?!」
「あれは人殺しの目をしていました。それも、かなり殺しています」
「そんな、あんな綺麗な人が?」
「間違いありません」
ミネルヴァの言う言葉は信用して良い。何故なら、剣闘士として3年も戦い続けたのだから……。人殺しの罪人を何度も、自分の手で、斬り刻んだのだ。ミネルヴァ自身も殺人者と化していた。恐らく同じ臭いがしたのだろう……。ヨハンネは何故か虚しい気持ちになってしまった。気になってしまい振り返ると、すでに貴婦人の姿はどこにもなかった。




