牛頭人身の魔物との死闘 その3
黒髪少女は一旦、距離を取るため、後方へ下がる。すると背中に冷たいものがコツンと当たった。前へ警戒しながら目だけ後方を確認する。そこには石壁があった。いつの間にか彼女は追い詰められていたのだ。
苦い顔をした。
「……」
万策が尽き、いよいよ、自分にも終わりの日が来てしまったのか、とまで一瞬、思ってしまった。
どうする、そう考えていた矢先、ミノタウロスが間合いを詰めていて、強烈な拳が降ってくる。それを咄嗟の判断で、身体を屈めて、紙一重のところで躱すことができた。その場で前へ飛び込み、ミノタウロスの後方へ移動する。
耳朶に呻き声がした。
ミノタウロスの方を見ると右手を痛そうにしている。炸裂させた己の攻撃が石壁で跳ね返ったのだろう。その様子を見ていると、黒髪少女が目を細めた。
「これなら……いけるのか……」
確信はない。ただ、もう選んでいる余裕はない。黒髪少女は自滅を狙った戦いにかけることに決めた。うん、自分に納得したように頷く。それでもすぐには動かず、相手の様子を窺うことにした。慎重に越したことはない。
何かの破片が地面にポロポロと落ちていくのが見えた。石壁が拳型にへこみ、そこから四方に亀裂が入っている。それほど、凄まじい攻撃だった。あんなものがもし、顔面に当たったら、そう思うと、身体に震えが来る。
痛みから回復したミノタウロスは忘れていたかのように激怒する。まるで、よくもやってくれたな―――――――っ!!!! と言っているように鼻息を荒し、目を真っ赤に充血させて、体中に力を込め、睨みつけてくる。
咆哮。唾を飛ばしながら大気を揺らす。黒髪少女の頬に汚い唾液が付着した。臭い唾に黒味少女は眉をピクリと動かす。不快感を露わにした彼女は腕で拭い取る。
地面を蹴って勢いをつけるミノタウロスが頭にある二つの角の先を黒髪少女に向けた。新しい攻撃パターンがきた。どうやら突撃してくるつもりだろう。
「ブォオオオオオオオオガァアアァアア―――――――ッ!!!!」
雄叫びを上げながら一直線に猛進してくるミノタウロスに黒髪少女はそれを横に飛び込んで避けた。勢いをつけて、上手く受け身を取って、立ち上がる。それからすぐに身体の向きを通り過ぎていくミノタウロスへと向けた。
へこんだ部分の石壁が視界に入った黒髪少女の次の行動は早かった。
ミノタウロスが方向転換をして、もう一度、突撃しようと、黒髪少女を追う。彼女は石壁に向かって走る。
ずっと見守ってきた観客らも目を疑った。どこに走っているのか、と。
黒髪少女は石壁にへばりつくように身体を密着させる。まるで、袋小路にあった弱者のように。傍から見れば、逃げたように見える。ミノタウロスもそう思ったのだろう。
速力をさらにあげて、地面を蹴り上げていく。一歩、一歩が重たく、撒きあがる砂埃がその力強さを観客に知らしめる。
あと二三歩でミノタウロスの角先が黒髪少女の顔に触れるか、という瞬間に、彼女はミノタウロスの速さに上回る速さで躱す。
「ギィォッ?!」
ミノタウロスの目の前に彼女の姿が消えた代わりに、視界の先に映ったのは、真っ白な石壁だった。
ここまで、来たらミノタウロスは急には止まれない。せいぜい速度を落とすくらいしかできない。そこを狙っていた黒髪少女は豪快に石壁へ突っ込もうとしているミノタウロスの手助けとして、すれ違い様に、後頭部へ回し蹴りをくらわせる。ミノタウロスの身体は速度の勢いと彼女の蹴りによって、石壁に激突する。闘技場全体がその衝撃と共に揺れた。観客席からは驚きと悲鳴の声があがる。
最後は堅牢な石壁がぶつかった場所が崩れ落ち、ミノタウロスの止めを刺さした。
驚愕して、何が起きたのかまったくついてこれていなかった観客らが、黒髪少女の生きている姿を目に入れた瞬間、拍手喝采が起きる。
何万人と収容できる観客席からの歓声は、王都二ブラスの街中に聞こえるくらいの大歓声だった。
「「「魔王! 魔王!! 魔王ッ!!!」」」
誰が最初に言ったのかわからないが、何万人もの観衆が、彼女の称号を拳を振り上げなら何度も叫ぶ。黒髪少女の耳からその“魔王”という称号は、闘技が終わり、地下牢で睡眠を取ろうとした時でさえ、頭の中で、やまびこのように、叫声がいつまでも続いていた。




