牛頭人身の魔物との死闘
天気の居良い一日。空は快晴。プルクテスの地方は天気が荒れることはあまりない。闘技を行なうにはもってこいの日だ。
プルクテス人なら闘技場に行かない理由がない! という言葉を言うだろう。今丁度、お昼どき、屋台や飲食店の客引きが盛んになる時間帯にも関わらず、闘技場の観客席が入り口からゾロゾロと現れる群集によって、占拠され、満席になる。誰もが手にした飲み物を口に流し、昼飯を食べ、汗を拭きながら同僚と世間話をし、昼から始まる闘技の開始時間が来るのを心を躍らせながら待っていた。
そして、遂に、東側の扉が開く。
ここから出てくるのは、みんなのお馴染み、といっていいほど、見慣れた少女だった。一回限りで、地面に伏す者、肉塊になってしまう者がいる弱肉強食の中を生き残るのは極わずか。そんな世界で生き残っていく者達は間違いなく、ツワモノで、それぞれに魅力がある。当然のように顔が覚えられ、名が広まるのだが、その少女だけ、呼称する名を持っていない。
だから、人々は会話の中で“極東の魔王”と言い表す。それだけでも、プルクテス人には通じてしまい、少女の顔を浮かべることができる。
門から軽い足取りで出てきた黒髪茶眼の少女。土埃でくすんでしまった肌は太陽の光を反射させる。少女なのにも関わらず、相貌は凛々しく、見る者を魅了した。小柄な身体を活かした俊敏な動きは、瞬きするのも躊躇ってしまう。鍛え上げられた手足。六つのブロックになった腹筋は変態貴族が絶賛支持する。
そんな“魔王”と呼ばれる黒髪少女が闘技場に座る観客の注目を浴びた。
今回は大切な部分が見えるか見えないかの際どい衣装を身につけていた。鋼鉄板を胸に、腕甲や脛当ても、しっかりと装備している。これは、普段の彼女からはしたら重装備。軍隊では、その姿は軽装備扱いになる。
黒髪少女が闘技場の中心あたりに歩み寄ったあたりで、ようやく、沈黙を保っていた西門が開き始める。暗闇の奥からは、聞きなれない獣の唸り声が聞えてきた。
黒髪少女が目を細める。彼女が見据える先の暗闇からは、赤々と光る魔物の瞳が上下に揺れ動き、近づくにつれ、蹄の音がしてきた。
太陽の明かりによって、その姿が露になった瞬間、観客席から悲鳴のような声があがる。
「なんだ! あいつは?!」
牛の頭に黒茶色のような肌を持った人の身体。プルクテス周辺には出現しないレアな魔獣だった。そして、目を疑ったのが、武器を持っていたのだ。片方にしかない剣刃、背に滑らかに反る刀身、刀剣を装備している。魔獣が武器を持つ。それだけでも、普通のバケモノとは違うことがすぐにわかる。
鼻息を鳴らしながら、その魔獣は真ん中辺りに立っている黒髪少女にゆっくりと歩み寄ってきた。
(――――――こいつ……知識があるのか?)
そう感想を心の中で述べた黒髪少女は、帯びていた長剣を相手を見据えたまま、ゆっくりと抜く。
安全地帯で両者が対峙するのを見守っていた闘技司会の男が、ようやく説明を始めた。司会が言うには、どうやら、この牛頭人身の魔獣は“ミノタウロス”というらしい。
棲息地はプルクテスの首都ニブラスから西の奥、さらに奥に行った山岳地帯。足場が悪く、誰も踏み入れないまさに秘境の地。知らないのも無理はない。
そんな初めて聞く名前に黒髪少女を含めて、観客らが眉を寄せた。一体、どんな気性で、どんな動きをするのか、まったくわからないため、ざわつく。
相変わらず、鼻息を荒し、黒髪少女を睨みつけてくるミノタウロスが我慢ができなくなったのか突然、吼えた。
「ブォオオオオオオオオッ!!!」
勢いよく踏み込み、右手に持つ刀剣を黒髪少女の真一文字に振り下ろした。長剣を横にしてなれた動きで受け止めた黒髪少女だった。眩い火花を散らした刀剣は、軌道を変え、彼女の露になっていた太ももの皮を浅く切り裂く。
「つぅ!?」
予想していなかった。最初の一撃からミノタウロスは全力で来ていたのである。追撃される可能性があったので、黒髪少女は急いで、後方へ飛んで下がった。
黒髪少女が切られた太ももを見た後、驚きの目を向ける。
「ブグルルル」
相手を小ばかにしたような声を出す。ミノタウロスが醜悪な笑みを浮かべた。




