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ビビりな俺は、死神ワークスで“生き様を断つ”仕事してます。  作者: 松下 拓
第1章 名前を失くした街

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第1話 死神採用されました(強制)

「君、今日から死神ね」


そう言われた瞬間、俺――吉川エイジは全力で逃げ出した。


いや、だって無理だろ。


普通に考えて無理だ。


目の前にいるのは、どこのモデルだよと言いたくなるくらい整った顔立ちの銀髪の男。


黒いコートを羽織り、真顔で死神を名乗っている。


しかも初対面だ。


どう考えても不審者である。


「待て」


「待ちません!」


俺は住宅街を全力疾走した。


体育の成績は三だが、逃げ足には少し自信がある。


だが――。


「うわっ!?」


気付けば目の前に銀髪の男が立っていた。


瞬間移動かよ。


思わず尻もちをつく。


男はため息をついた。


「やはり説明から必要か」


「必要です! というか、誰ですか!?」


「死神だ」


「帰れ!」


即答だった。


だが男は表情ひとつ変えない。


「君には死神ワークスへの入社が決定している」


「してません」


「している」


「してません!」


「している」


会話にならない。


怖い。


めちゃくちゃ怖い。


俺が後ずさると、男は一枚の紙を差し出した。


そこには大きくこう書かれていた。


『死神ワークス 採用通知』


いや待て。


待て待て待て。


なんでだ。


俺は履歴書を書いた覚えもないし、面接を受けた覚えもない。


そもそも死神の会社って何だ。


ブラック企業どころの話じゃない。


すると男は静かに言った。


「君には人の生き様を断つ才能がある」


「そんな才能いらないんですけど!?」


その瞬間だった。


世界が止まった。


風が止み、人が止まり、音が消えた。


まるで時間そのものが凍りついたように。


そして。


道路の真ん中に立っていた一人の少年だけが動いていた。


俺以外で。


少年はゆっくりとこちらを向く。


その瞳は真っ黒だった。


人間とは思えないほど。


不気味なほど。


そして少年は笑った。


「見つけた」


背筋が凍った。


銀髪の男――クロウは静かに前へ出る。


「初仕事だ、エイジ」


「は?」


「死にたくなければ働け」


俺の平凡な日常は。


その日、強制終了した。「死にたくなければ働け」


そんな無茶苦茶な言葉を最後に。


俺はクロウに連行された。


いや、正確には半分拉致だった。


「帰りたい」


「却下だ」


「人権は」


「死神に採用された時点で諦めろ」


「採用されてない!」


十分後。


俺は見慣れた商店街に立っていた。


そしてクロウが足を止めたのは、一軒の焼き鳥屋だった。


赤提灯の灯りが揺れている。


『岩瀬』


昔からある店だ。


小さい頃から何度も通っている。


「ここ?」


「ここだ」


クロウは暖簾をくぐった。


店内から炭火の香りが漂う。


腹が鳴った。


昼から何も食べていない。


「いらっしゃ――」


カウンターの向こうから顔を出した店主が、俺を見るなり笑った。


「おっ、坊ちゃんじゃねぇか」


「岩瀬のおっちゃん」


「久しぶりだなぁ。最近見なかったから心配したぞ」


なぜか少し安心した。


いつもの日常。


いつもの店。


さっきまでの出来事が全部夢だったんじゃないかと思える。


だが。


「クロウさんも一緒か」


店主の一言で現実に引き戻された。


俺は固まる。


「……知り合いなの?」


「ん?」


店主は不思議そうな顔をした。


「何言ってんだ坊ちゃん」


そして当たり前のように言う。


「クロウさんは常連だぞ?」


俺は頭を抱えた。


死神が常連の焼き鳥屋って何だよ。


世界観どうなってるんだ。


その時だった。


「にゃー」


どこからか猫の鳴き声が聞こえた。


振り向く。


店の隅。


一匹の黒猫が座っていた。


金色の瞳。


艶のある黒い毛並み。


そして妙に偉そうな顔。


「猫?」


「アマネだ」


クロウが言った。


黒猫は俺をじっと見つめた。


そして。


「ふーん」


……喋った。


俺は固まった。


三秒くらい固まった。


「猫が喋ったぁぁぁぁぁぁ!?」


店中に響く絶叫。


だが誰も驚かない。


岩瀬のおっちゃんは焼き鳥を焼いている。


クロウはお茶を飲んでいる。


黒猫だけが呆れたようにため息をついた。


「大袈裟ねぇ」


「猫が喋ってるんだぞ!?」


「私は猫じゃないわよ」


「いや猫だろ!?」


「失礼ね」


黒猫は胸を張った。


「私は本田天音」


そして不敵に笑う。


「クロウの監視役であり、アンタの教育係よ」


嫌な予感しかしなかった。


「断る」


「断れないわ」


「なんで」


「もう入社済みだから」


「してない!」


するとアマネはテーブルの上へ飛び乗った。


そして俺の目の前に一枚の書類を差し出す。


そこには確かに書かれていた。


『死神ワークス雇用契約書』


しかも。


署名欄には。


――吉川エイジ。


俺の名前が書かれていた。


「え?」


血の気が引いた。


覚えがない。


書いた覚えなんてない。


だが確かに俺の字だった。


その瞬間。


クロウが静かに言う。


「さて」


アマネが笑う。


「説明の時間よ」


俺はまだ知らなかった。


この契約書が。


俺の人生を根本から変えることになるなんて。「死神ワークスとは何か、だったな」


クロウは湯呑みを置いた。


その声だけで店内の空気が少し変わる。


俺は思わず背筋を伸ばした。


「まず勘違いするな」


クロウは言う。


「我々は人を殺さない」


「死神なのに?」


「死神だからだ」


意味が分からない。


アマネが呆れたように説明を引き継いだ。


「人間にはね、生き様ってものがあるの」


「生き様?」


「夢だったり、執着だったり、後悔だったり」


アマネは続ける。


「誰かを恨み続ける人生」


「過去に囚われた人生」


「諦められない人生」


「終われない人生」


「そういうのが積もり積もると、人は壊れる」


クロウが静かに頷く。


「そして時に、それは怪物になる」


その瞬間。


店の照明が揺れた。


俺は息を飲む。


壁に黒い影が映った。


人の形をしている。


だが人ではない。


顔が無い。


目が無い。


ただ黒い何か。


それが壁を這っていた。


「うわっ!?」


思わず椅子から転げ落ちる。


だが岩瀬のおっちゃんは平然と焼き鳥を焼いている。


まるで見えていないみたいに。


「一般人には見えない」


クロウが言った。


「未練や執着が歪んだ存在」


「俺たちはそれを――残響と呼ぶ」


影が呻く。


聞き取れない声。


だが悲鳴のようにも聞こえた。


苦しんでいるようにも見えた。


「殺すの?」


俺は震えながら聞いた。


クロウは首を振る。


「違う」


静かな声だった。


「断つんだ」


次の瞬間。


クロウの手に白銀の鎌が現れる。


音もなく。


光もなく。


ただ自然に。


そして。


壁の影へ向かって振り下ろした。


斬った。


はずだった。


だが傷一つ付いていない。


代わりに。


黒い影の中から一本の鎖が現れた。


錆び付いた鎖。


どこまでも続く鎖。


クロウはそれを見つめる。


「後悔か」


そして。


鎖だけを断った。


パキン――


乾いた音。


その瞬間。


影は崩れた。


消えた。


まるで最初から存在しなかったみたいに。


店内に静寂が戻る。


俺は言葉を失った。


「今……何をした?」


クロウは鎌を消した。


そして当たり前のように答える。


「生き様を断った」


「……は?」


「人は後悔に縛られる」


「怒りに縛られる」


「未練に縛られる」


「我々が断つのは命じゃない」


クロウは真っ直ぐ俺を見る。


銀色の瞳。


どこか寂しげな瞳。


「その者を縛る鎖だ」


店内に沈黙が落ちる。


アマネが笑った。


「だから死神ワークス」


「人を終わらせる仕事じゃない」


「終われない人を終わらせる仕事」


俺は何も言えなかった。


言葉が出なかった。


だが。


胸の奥で何かが引っ掛かった。


もし。


本当にそんな仕事があるなら。


もし。


誰かの苦しみを終わらせられるなら。


それは――。


死神なんかじゃなくて。


少しだけ。


人を救う仕事なんじゃないだろうか。


その時だった。


店の扉が勢いよく開いた。


一人の女性が飛び込んでくる。


「助けてください!」


その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「兄が……兄が消えたんです!」


クロウが立ち上がる。


アマネがニヤリと笑う。


そして俺を見る。


「おめでとう」


嫌な予感しかしなかった。


「初仕事よ、新人」

 



 




 


 


天音のひとこと


第1話を読んでいただき、ありがとうございます!!


いきなり「今日から死神ね。」なんて言われたら……


そりゃ、エイジくんも全力で逃げますよね!?(笑)


でも、逃げても逃げても――死神の仕事は追いかけてくるかも……?


次回も、エイジくんとクロウ、そして天音ちゃんの活躍をお楽しみに!!


よかったら、ぜひ次のお話も読んでいってくださいね。

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