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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第五章 積み重ねたもの
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遠くから届くもの

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

ヘクターとの訓練から二日後、俺はラグナードの訓練場で一本の木剣を構えていた。


向かいにいるのはゼノではない。二十メートルほど離れた場所に、革鎧を着た男が立っている。その手には弓があり、足元には先端を布で丸めた練習用の矢が何本も置かれていた。


名前はレムス。二十五歳のDランク冒険者で、普段から護衛や魔物討伐で弓を使っているらしい。


「本当に避けるだけでいいのか?」


「うん」


「撃ち返してこない相手に矢を撃つの、あんまり楽しくないんだけどな」


「当てればいい」


「そういう問題じゃねえよ」


レムスは苦笑しながら矢をつがえた。


俺がこんな訓練を始めた理由は単純だった。


ヘクターとの模擬戦で、守る対象を中心に《戦域把握》を使う方法を試した。そのとき、槍の長さだけでも戦い方が大きく変わった。


なら、もっと遠くから攻撃されたらどうなるのか。


今の《戦域把握 Lv3》は、見えている敵だけを捉える技能ではない。音や地形、最後に確認した位置まで利用できる。


でも、遠距離攻撃に対してどこまで使えるのかは、ほとんど試したことがなかった。


「最初は一発ずつな」


レムスが弓を引く。


俺は木剣を下げ、相手の身体を見る。


弓。


腕。


肩。


視線。


矢が放たれた。


速い。


身体を右へずらす。


矢が左肩の横を抜けた。


「もう一回」


二本目。


今度はレムスの指が離れる瞬間を見る。


避ける。


三本目も避けた。


思ったより見える。


「近接ばっかりやってる割には悪くないな」


「もっと速くしていい」


「言ったな」


レムスが笑った。


嫌な予感がした。



五分後。


額に矢が当たった。


もちろん布で包まれているから怪我はしない。


でも痛い。


「速い」


「速くしろって言ったのはお前だ」


レムスは悪くない。


俺は額を押さえながら、何が変わったのか考えた。


一発ずつなら避けられた。


問題は、次の矢だ。


一本目を避けた直後に二本目が来ると、レムスを見るのが遅れる。さらに避ける方向まで読まれると、三本目は最初から移動先へ飛んできた。


「弓って、相手が動くところを狙うの?」


「動いてる相手ならな」


レムスが矢を拾う。


「今いる場所だけ撃ってたら、遠いほど当たらん。距離があるってことは、矢が届くまで時間があるってことだからな」


なるほど。


遠距離だから一方的に有利というわけではない。


遠いほど攻撃が届くまで時間がある。


だから未来の位置を狙う。


「もう一回」


「休まなくていいのか?」


「大丈夫」


「なら今度は、俺だけ見ない方がいいぞ」


どういう意味だろう。


構える。


レムスが弓を引いた。


一本目。


右へ避ける。


二本目。


さらに右。


避けた。


三本目。


前へ。


俺は反射的に左へ動いた。


矢が胸に当たった。


「……なんで?」


「自分の足元見ろ」


見る。


地面に細い線が引かれていた。


さっき俺が避け続けたことで、訓練場の端に近づいていた。


「避けるだけならどこへ動いてもいい。でも実戦じゃ、崖があるかもしれないし、後ろに味方がいるかもしれない」


ヘクターとの訓練が頭に浮かぶ。


守るもの。


地形。


敵だけ見てはいけない。


「弓でも同じ?」


「むしろ弓の方がやりやすい。相手が行きたくない場所を使えるからな」


レムスは矢を一本持ち上げた。


「矢ってのは、当てるだけが仕事じゃない」


その言葉に、俺は少し反応した。


似ている。


《誘導歩》に。



次は《戦域把握 Lv3》を使った。


レムスの位置。


俺の位置。


訓練場の端。


障害物。


移動できる範囲。


一本目が来る。


避ける。


ただし、横へ大きく逃げない。


二本目。


今度は一歩前へ。


三本目。


右斜め前。


さっきより動きが小さい。


その分、矢との距離は近くなる。


怖い。


それでも、避けたあとの位置を考える。


四本目。


身体を捻る。


矢が服を擦った。


五本目。


避ける方向がない。


違う。


なくされた。


レムスが撃った四本の矢で、俺が動きやすい場所を少しずつ限定していた。


五本目は、残った場所へ来る。


だったら。


俺は逆へ動いた。


矢が来る方向。


完全には避けない。


木剣を上げる。


布で包まれた矢を横から叩く。


乾いた音がして、矢が地面へ落ちた。


「へえ」


レムスの声。


俺も少し驚いた。


できた。


「今のはいいな」


「もう一回」


「待て待て。今のを毎回やろうとするなよ」


木剣を構え直そうとして止まる。


「なんで?」


「矢を剣で落とすのは、避けるより難しいからだ。格好いいからって全部斬ろうとすると、そのうち顔に刺さるぞ」


それもそうだ。


「必要なときだけ?」


「そういうこと」


また同じ答えだった。


最近、そればかり聞いている気がする。



少し休んでから、条件を変えた。


今度は俺の後ろに木箱を置く。


ヘクターとの訓練と同じ護衛対象だ。


「俺に当たっても続行。箱に当たったら負け」


「分かった」


レムスが二十五メートルほど離れる。


さっきより遠い。


俺は木箱の前に立った。


矢が来る。


避けるだけでは駄目だ。


俺が避ければ、後ろの箱に当たる可能性がある。


一本目。


木箱から外れている。


動かない。


矢が横を通過する。


二本目。


俺を狙っている。


これも動かない。


胸に当たる直前で半歩だけずらす。


三本目。


木箱へ向かっている。


木剣で払う。


成功。


四本目。


右。


箱には当たらない。


無視する。


五本目。


俺の左。


これも無視。


六本目。


箱。


払う。


少しずつ分かってきた。


全部に反応する必要はない。


守る対象に届く攻撃だけ止めればいい。


レムスが次の矢をつがえる。


今までより引きが小さい。


来る。


矢が低い。


箱ではない。


俺の足元。


避ける。


その瞬間、次の矢が放たれた。


速い。


木箱。


間に合わない。


右手へ魔力を集める。


《風操作 Lv1》。


矢へ。


風が当たる。


でも弱い。


矢の軌道はほとんど変わらない。


木箱に当たった。


「負け」


俺は息を吐いた。


やっぱり、今の風では矢を逸らせない。


「今、魔法使った?」


「風」


「何しようとした?」


「矢を曲げようとした」


レムスが少し考える。


「今の強さじゃ無理だろうな」


分かってる。


「でも」


レムスが一本の矢を持ち、俺へ見せる。


「曲げる必要あるか?」


「どういうこと?」


「矢そのものを動かそうとするから力が要るんだろ」


レムスは矢をつがえず、弓を構える真似をした。


「俺が撃つ前なら?」


見る。


指。


弦。


矢。


「撃つ前に邪魔する?」


「そういうこと」


風で飛んでいる矢を曲げるには、今の俺では力が足りない。


でも、弓を射る瞬間。


目。


指。


弦。


矢羽。


そこへ少しだけ影響を与えるなら。


「もう一回」


「試すか」



レムスが弓を構えた。


俺は矢ではなく、レムスを見る。


距離は二十五メートル。


今の《風操作 Lv1》では、狙って届かせるには遠すぎる。


「無理」


「だろうな」


終わった。


レムスが笑った。


「距離が足りないなら近づけばいい」


「護衛なのに?」


「それができる状況ならな」


木箱を見る。


守るために、その場から動かない方がいいときもある。


逆に、敵へ近づいた方が守れるときもある。


昨日までは、退けない場所で戦うことばかり考えていた。


でも守る対象を中心に考えるなら、自分が動いてはいけないとは限らない。


「もう一回。今度は動いていい?」


「箱を守れるなら好きにしろ」


レムスが二十五メートル先へ戻る。


俺は木箱の前から走り出した。


当然、矢が来る。


一本目を避ける。


二本目。


右へ。


三本目は進行方向。


減速して避ける。


距離が縮まる。


二十メートル。


十五メートル。


レムスが次をつがえる。


俺はさらに入る。


十メートル。


まだ遠い。


矢。


避ける。


七メートル。


レムスが引く。


今。


《風操作 Lv1》。


顔へ直接当てるのではなく、弓の前へ小さな風を送る。


レムスの前髪が揺れた。


同時に矢が放たれる。


軌道が変わったようには見えない。


でも、狙いがわずかに外れた。


矢は俺の横を抜ける。


俺はそのまま踏み込んだ。


木剣がレムスへ届く距離。


首元で止める。


「……一本?」


聞く。


レムスが俺の後ろを指した。


振り返る。


木箱。


無事。


「一本だな」


初めて勝った。


ただし、レムスは本気で近接戦をしていない。


それでも嬉しい。


「今の風、効いた?」


「少しな。ただ次は読めるぞ」


「うん」


それでいい。


一度通った方法が、永遠に通用するわけではない。


それはもう知っている。



訓練が終わったあと、俺は地面に並んだ矢を拾うのを手伝った。


「弓、覚えたくなった?」


レムスに聞かれる。


「ちょっと」


「ちょっとかよ」


「覚えたいものが多いから」


盾も。


槍も。


弓も。


魔法も。


全部面白い。


でも全部を今すぐ始めたら、どれも中途半端になる。


「弓は今度」


「その方がいい。弓もちゃんとやるなら時間食うぞ」


レムスが笑う。


俺は最後の一本を拾って渡した。


今日分かったのは、弓の使い方だけじゃない。


遠くから攻撃されると、戦場の見え方が変わる。


剣の届く範囲だけが戦場ではない。


槍なら数メートル。


弓なら数十メートル。


魔法なら、もっと遠いものもあるかもしれない。


そして距離が伸びれば、攻撃が届くまでの時間も、移動できる場所も、守らなければならない範囲も変わる。


俺は訓練場を見渡した。


近くを見るだけでは足りない。


いつかもっと大きな戦いをするなら、もっと遠くまで見なければならない。


今の《戦域把握 Lv3》で、どこまでできるのか。


まだ試していないことが、たくさんあった。


お読みいただきありがとうございました!

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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