守る側
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それでは、どうぞお楽しみください。
護衛依頼の翌朝、俺はラグナードの訓練場で地面に円を描いていた。
直径は五メートルほど。その中央には、受付で借りた空の木箱を置いてある。
「それで何するんだ?」
ゼノが聞く。
「昨日の練習」
「猪を連れてくるのか?」
「違う」
俺は木箱を指した。
「これを守る。俺は円から出ない」
昨日の戦いでは、スモールボアを倒すことより荷車を守ることを優先した。結果として依頼は成功したが、三頭目が荷車へ向かったとき、俺は真正面から止めるしかなくなった。
ガイウスが来なければ、二度目の突進を止められたか分からない。
「守る側の戦いを練習したい」
ゼノが少し考える。
「俺がやったら練習にならんぞ」
「弱くして」
「どこまで弱くすればいいか考えるのが面倒だ」
ひどい。
「なら、ちょうどいいのがいる」
ゼノが訓練場の入口へ目を向けた。
俺も見る。
長い木槍を肩に担いだ男が、こちらへ歩いてきていた。
◇
「朝から呼び出して、子供の相手か?」
男は二十代後半くらいだった。
灰色がかった茶色の短髪。長身だが身体は細すぎず、軽い革鎧の上からでも鍛えているのが分かる。持っている木槍は、俺の身長よりずっと長かった。
「ヘクターだ。Bランク」
ゼノが紹介する。
「前に何度か一緒に仕事した」
「数回だけな」
ヘクターは俺を見る。
「こいつがレオン?」
「うん」
「九歳の?」
「うん」
最近、名前より先に年齢が広がっている気がする。
「何をすればいい?」
俺が木箱を指した。
「これを守る練習がしたい。ヘクターが木槍で箱に触ったら俺の負け」
「俺を倒す必要は?」
「ない」
「円から出たら?」
「負け」
ヘクターは円を見ると、すぐにルールを理解したらしい。
「面白いな」
木槍を肩から下ろす。
「武器の差が大きいぞ」
「やってみたい」
「いいだろ」
ゼノが俺たちから離れた。
「ちなみにこいつ、《槍術 Lv6》だ」
高い。
ラウルの《剣術 Lv4》を初めて聞いたときとは、もう受ける印象が違う。
《剣術 Lv5》になった今なら分かる。
Lv6は遠い。
「それだけじゃないぞ」
ヘクターが笑う。
「《間合把握 Lv5》もある」
知らない技能だ。
「何するの?」
「やれば分かる」
ヘクターが木槍を構えた。
◇
最初の勝負は、十秒もかからなかった。
ヘクターが正面から来る。
俺は木剣を構え、《戦域把握 Lv3》で位置を捉える。長槍の間合いに入った瞬間、穂先がこちらへ伸びてきた。
速い。
左へ避ける。
ヘクターが追う。
俺はさらに左へ動き、槍の正面から外れる。
ここから《誘導歩》で――。
「終わり」
後ろで音がした。
振り返る。
木槍の先が、木箱に触れていた。
「……あ」
ヘクターは俺を追っていなかった。
俺が左へ動いたことで空いた場所から、そのまま中央の木箱へ槍を伸ばしただけだ。
「敵しか見てなかったな」
ゼノが言う。
昨日ガイウスに言われたばかりだった。
「もう一回」
木箱の前へ戻る。
◇
二回目。
今度は木箱を見る。
正確には、木箱とヘクターを同時に見る。
《戦域把握 Lv3》。
俺。
ヘクター。
木箱。
三つの位置を置く。
ヘクターが右へ動いた。
俺も右へ動く。
木箱との間を塞ぐ。
ヘクターが左へ切り返す。
追う。
また右。
追う。
左。
追う。
速い。
でも離れない。
ヘクターが突然止まった。
木槍が伸びる。
俺の身体ではなく、その横。
木箱。
剣を出す。
間に合わない。
槍先が木箱に触れた。
「終わり」
二回目。
「今のは?」
俺が聞く。
「お前が俺の身体を見て動いてるからだ」
ヘクターが槍を引く。
「槍で重要なのは、俺がどこにいるかだけじゃない。穂先がどこまで届くかだ」
木槍を横へ伸ばす。
遠い。
俺の剣では絶対に届かない距離から、槍は木箱へ届いている。
「《間合把握》?」
「そうだ」
ヘクターは槍を戻した。
「俺の槍がどこまで届くか、お前の剣がどこまで届くか。踏み込めばどれだけ変わるか。相手が一歩下がればどうなるか。それを測る」
《槍術 Lv6》だけじゃない。
長い武器を使えるだけではなく、その長さを最大限に利用するための技能も鍛えている。
「もう一回」
「いいぞ」
◇
三回目も負けた。
四回目は少し長く持った。
五回目では、ヘクターが槍を伸ばす前に剣で叩こうとして、逆に手首を打たれた。
六回目。
俺は考え方を変えた。
ヘクターを止めようとするから、動かされる。
見るべきなのは、ヘクターそのものではない。
木箱。
そこへ繋がる線。
《戦域把握 Lv3》で位置を組み直す。
俺を中心にしない。
木箱を中心に置く。
ヘクターが左へ動く。
木箱までの距離。
槍の長さ。
俺の位置。
今ならまだ届かない。
追わない。
ヘクターがさらに半歩入る。
ここ。
俺は左へ動いた。
木箱とヘクターの間へ入る。
槍が来る。
剣で外へ弾く。
重くはない。
すぐに槍が引かれる。
次は右。
俺も右。
でも、追いすぎない。
木箱との間を空けない。
ヘクターの目が少し細くなった。
「変えたな」
答える余裕はない。
槍が来る。
俺を狙っている。
避ける。
でも大きく動かない。
頬の横を木槍が抜ける。
怖い。
それでも木箱の前に残る。
次の突き。
今度は箱。
剣を当てる。
槍先を外へ。
《誘導歩》。
普段なら相手自身を動かすために使う。
今は違う。
ヘクターが木箱へ最短で槍を出せる位置を狭くする。俺の立ち位置と剣先を使い、外側から攻める方が通りやすく見えるようにする。
ヘクターが右へ動いた。
俺も少しだけ右へ。
槍が伸びる。
木箱から外側。
狙わせた。
剣を合わせる。
槍先が逸れる。
初めて、ヘクターの攻撃を自分の望んだ方向へ外せた。
「お」
ゼノの声が聞こえた。
まだ終わっていない。
ヘクターが槍を引く。
速い。
次が来る。
今度は俺の左肩。
避ける。
その直後、槍が途中で止まった。
何?
穂先が下がる。
足元。
俺が反応したときには、木槍が足首を軽く払っていた。
体勢が崩れる。
ヘクターが踏み込む。
木箱へ槍が伸びる。
「終わり」
負けた。
でも、さっきまでとは違う。
「今の途中までは?」
「悪くない」
ヘクターが頷いた。
「俺を動かそうとするんじゃなく、守る物から遠い場所へ攻撃を出させたな」
「《誘導歩》」
「技か?」
「うん」
「便利だな」
そう言いながら、普通に破られたけど。
「もう一回」
「まだやるのか?」
「今のをもう一回やりたい」
ヘクターが笑った。
「ゼノ。こいつ本当に九歳か?」
「俺もたまに分からなくなる」
九歳だ。
◇
次の勝負では、ヘクターも同じようには動かなかった。
《誘導歩》で外側を選ばせようとしても、わざと俺の剣がある側へ入ってくる。槍の長さを使い、俺が攻撃できない距離から木箱への道を作ろうとする。
《間合把握 Lv5》。
厄介だ。
俺の剣が届く場所を知っている。
だから、その外側ぎりぎりに立つ。
俺が一歩入れば一歩下がり、俺が戻れば半歩入る。
木箱から離れられない俺だけが、少しずつ不利になる。
槍が来る。
木箱へ。
弾く。
次は俺。
避ける。
また木箱。
間に入る。
苦しい。
でも昨日とは違う。
退けないなら、退かないための戦い方をする。
ヘクターが右へ回った。
俺も合わせる。
木箱への直線ができる。
まずい。
槍が伸びる。
その瞬間、足元の砂が目に入った。
使える。
俺は剣を構えたまま、ほんの一瞬だけ魔力を切り替えた。
《風操作 Lv1》。
弱い風。
砂が少しだけ横へ流れる。
ヘクターの視線が一瞬動いた。
その間に半歩入る。
剣を槍へ当てる。
木箱へ向かっていた穂先が外れる。
成功。
すぐに意識を剣へ戻す。
ヘクターが槍を引く。
来る。
俺は構える。
次の瞬間、槍の石突き側が腹に触れていた。
「終わり」
「そっちも使うの?」
「槍だからな」
ずるい。
いや、ずるくない。
俺が知らなかっただけだ。
◇
何度戦っても、結局一度も守り切れなかった。
それでも最初の十秒よりは長くなった。
最後の方では、ヘクターも一度で木箱へ槍を通せなくなっていた。
休憩中、俺はヘクターの槍を見る。
「《槍術 Lv6》だけじゃ、今みたいにはできない?」
「できる奴もいるだろうが、俺は《間合把握》がかなり大きいな」
「どうやって覚えたの?」
「槍を使ってりゃ勝手に、とはいかなかった」
ヘクターは水を飲んでから、自分の槍を地面へ置いた。
「昔、俺より槍が上手い奴に何度も負けた。そいつより先に攻撃できるはずなのに、いつも俺の方が先に崩される。それで間合いだけを徹底的に練習した」
「どれくらい?」
「何年もだ」
何年。
やっぱりそうだ。
強い人は、一つだけ強いわけじゃない。
剣が上手い。
槍が上手い。
魔法が強い。
それだけではなく、その武器や能力を生かすための別の技能を持っている。
俺なら《剣術》だけではない。
《回避》。
《観察》。
《戦域把握》。
《誘導歩》。
そこへ今は《風操作》も増えた。
でも、増やせばいいわけではない。
繋げなければ意味がない。
「今日はどうだった?」
ゼノが聞く。
俺は中央の木箱を見る。
最初は、ヘクターをどう止めるか考えていた。
途中から違った。
「守るものを中心にすると、同じ《戦域把握》でも見方が変わった」
「どう変わった?」
「敵がどこにいるかより、敵と木箱の間に何があるかを見るようになった」
俺。
剣。
槍。
距離。
進める場所。
攻撃が通る線。
全部、木箱を中心に変わった。
ゼノが頷く。
「覚えとけ」
「うん」
「自分一人で戦うときと、誰かを守るときじゃ、正解が違う」
昨日も似たことを学んだ。
でも今日は、自分の身体で分かった。
俺は木箱へ近づき、持ち上げる。
軽い。
本物の護衛対象なら、こんなふうに簡単には動かせない。
いつかまた、誰かを守りながら戦うことがある。
そのときに、自分が戦いやすい場所へ逃げられるとは限らない。
だから覚える。
勝つための戦いだけじゃない。
退けない場所で、それでも勝つための戦い方を。
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