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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第四章 凡才と天才
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76/250

追いついてない

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

訓練場の中央まで進むと、エリオットも腰の剣を外し、壁際に並べられていた木剣の中から一本を選んだ。


軽く二度振り、握りを確かめる。それだけの動きなのに、以前よりも剣先がぶれなかった。


「怪我してたって聞いたけど、もう平気なの?」


「ほとんど治った」


「ほとんど?」


「治療師には無理するなって言われてる」


「じゃあ無理しない方がいいんじゃない?」


「するつもりはない」


エリオットが少し笑った。


「レオンの言う『無理しない』は信用していいのかな」


最近、似たようなことをいろいろな人に言われる。


俺は答えずに木剣を構えた。


エリオットも向かい合う。


距離は五歩ほど。


以前戦ったときと同じくらいだった。


それでも、見えるものが違う。


前は剣ばかりを見ていた。肩が動く、足が出る、剣先が変わる。その一つ一つを追いかけ、反応しようとしていた。


今は足元も見る。


重心も見る。


剣先だけではなく、腰の向きと肩の高さを見る。


さらに周囲の地面や、自分の後ろにある壁まで頭の中へ入れる。


《戦域把握 Lv3》。


相手は一人だ。


森や村で使ったときほど多くの情報は必要ない。それでも、相手と自分の位置を地形の中へ置くことで、距離が以前よりはっきり感じられる。


「始める?」


「うん」


エリオットが一歩出た。


その瞬間、俺も動く。


正面から受けない。


右斜め後ろへ半歩ずれながら剣を上げ、相手の初撃を外へ流そうとする。


だが。


「遅い」


木剣が俺の剣へ触れる直前、エリオットの軌道が変わった。


上から来ると思った剣が途中で落ち、俺の手首へ向かう。


俺は腕を引いた。


間に合う。


そう思った。


乾いた音が鳴る。


木剣の先が手首を軽く叩いた。


「一本」


エリオットが言った。


俺は手首を見る。


痛みはほとんどない。


ただ、完全に取られた。


「もう一回」


構え直す。


エリオットも戻る。


二度目は、俺から行った。


正面へ一歩。


剣を振るふりをして、踏み込みを途中で止める。


《誘導歩》。


相手に後ろへ下がる選択を見せながら、実際には右側を少しだけ空ける。そこへ動けば次の一歩で追えるように、自分の重心も残しておく。


以前なら、そのまま引っかかってくれたかもしれない。


エリオットは動かなかった。


剣先だけが俺の木剣へ触れる。


軽い接触。


次の瞬間、その接点を使って俺の剣が外へ押し流された。


「っ」


空いた中央へ一歩入られる。


俺は身体を捻り、ぎりぎりで胴への一撃を避けた。


そのまま距離を取る。


追ってこない。


エリオットは元の場所へ近い位置で止まっていた。


「今の、前はやってなかったよね」


「うん」


「相手を動かそうとしてる?」


少し迷ったが、隠す意味もない。


「そう」


「面白いね」


楽しそうだった。


それが少し腹立たしい。


でも、同時に分かる。


効いていないわけではない。


俺が何をしようとしたのか考えさせた。


以前の俺には、そこまでさえできなかった。


「続ける?」


「うん」


三度目。


今度はエリオットから来る。


最初の一歩が速い。


俺は剣を受けようとせず、左へ回る。


その瞬間、エリオットの踏み込みも変わった。


追ってくる。


俺が一歩動けば、同じだけ距離を詰める。


右へ逃げれば右へ。


左なら左へ。


剣先の距離がほとんど変わらない。


「……前より速い」


「レオンもね」


会話しながら剣が来る。


俺は正面で受け、衝撃を横へ逃がす。


完全には流せない。


腕へ重さが残る。


次の剣がすぐに来る。


二撃目。


三撃目。


ただ速いだけではない。


一撃ごとに角度が違う。


俺が剣を戻しやすい場所を避けるように、次の攻撃が来る。


最初の対戦で感じたものと同じだった。


でも精度が上がっている。


俺が森でグレイファングと戦っている間にも、エリオットは止まっていなかった。


四撃目を受けた瞬間、右足を引く。


正面では耐えられない。


なら位置をずらす。


木剣を弾かれた勢いをそのまま使い、身体を半回転させて横へ抜ける。


そこで初めて、エリオットの剣が空を切った。


一瞬だけ背中側へ回れる。


俺は踏み込んだ。


木剣を振る。


エリオットは振り返りながら剣を上げた。


受けられる。


そこまでは予想していた。


だから、当てることは目的にしていない。


剣同士が触れる直前に力を抜き、足をもう半歩だけ外へ送る。


相手の視線が剣へ向いた瞬間に位置を変える。


《誘導歩》。


エリオットの剣が俺の木剣を弾く。


だが、そのときには俺の身体は少し横へずれていた。


空いた側へ剣を返す。


届く。


――と思った。


エリオットの足が消えたように見えた。


実際には消えていない。


ほんの小さく、速く下がっただけだ。


俺の木剣は服の前を掠める。


その直後、エリオットの剣先が喉元で止まった。


「二本目」


俺は動きを止めた。


「今の避け方、前はしてなかった」


「うん」


エリオットは木剣を下ろす。


「練習したから」


当たり前の答えだった。


それなのに、胸の奥へ残った。


「どれくらい?」


「毎日」


「何回?」


「回数?」


少し考える。


「数えてないな」


俺は眉を寄せた。


エリオットは俺の顔を見て笑う。


「でも、前よりかなりやってるよ。先生が最近厳しくなったから」


「マルク?」


「そう。前にレオンとやったあとから、足が甘いってずっと言われてる」


俺は黙った。


あの勝負のあと。


俺だけが負けたことを考え、鍛え方を変えたわけではない。


エリオットも同じだった。


勝った側なのに。


「一本取られたからね」


エリオットが続ける。


「先生には、四対一で満足するなって言われた」


「……そう」


「それに、次に会ったとき同じだったらつまらないでしょ?」


本当に楽しそうに言う。


俺は木剣を握り直した。


分かっていた。


分かっていたはずなのに。


才能がある人間も鍛える。


俺が千回振っている間、相手が何もしないわけではない。


俺が一つ覚えた間に、相手も一つ覚える。


あるいは二つ。


それでも、やるしかない。



「まだやる?」


「やる」


今度は一本を取るまで続けることにした。


正式な五本勝負ではない。


怪我明けでもあり、互いの変化を見るための軽い打ち合いだ。


それでも負けたくはなかった。


構える。


呼吸を整える。


エリオットを見る。


剣術だけなら、たぶん今も向こうが上だ。


技能の表示だけでも分かる。


以前確認した《剣術 Lv6》。


俺は《剣術 Lv5》。


しかも俺のLv5は、《超越》してようやく届いた場所だ。


同じ一段差でも、中身まで近いとは限らない。


なら、剣だけで戦わない。


足を使う。


距離を使う。


相手の視線を見る。


《観察 Lv3》。


周囲を把握する。


《戦域把握 Lv3》。


そして動きを誘う。


《誘導歩》。


全部を一度に使う。


「行くよ」


エリオットが踏み込む。


俺は下がらない。


最初の剣を横へずらす。


完全に受け流せず、木剣が大きく押される。


でも、それでいい。


押された方向へ自分から動く。


身体を逆らわせず、そのまま斜めへ抜ける。


エリオットが追う。


来ると思った。


後ろへ逃げるように見せれば、距離を維持するために前へ出る。


そこへ自分の足を合わせる。


一歩目。


二歩目。


エリオットは俺を追っている。


でも、俺は真っ直ぐ逃げていない。


少しずつ右へ回っている。


訓練場の端。


壁。


そこへ近づく。


あと三歩。


エリオットも気づいた。


動きが止まりかける。


そこで俺から踏み込む。


止まると思った瞬間を狙う。


木剣を右上から振る。


エリオットが受ける。


俺はその接触を使って左へ回り込む。


剣を返す。


また受けられる。


でも構わない。


一歩ずつ位置を変える。


自分が正面へ立ち続けない。


エリオットが壁を背負う位置へ近づいていく。


前なら考えなかった。


一対一なら相手だけを見ればいいと思っていた。


違う。


一対一でも、場所はある。


足場もある。


壁もある。


「なるほど」


エリオットが呟いた。


次の瞬間、動きが変わった。


俺が壁際へ追い込む前に、強引に前へ出てくる。


速い。


木剣が横から来る。


受ける。


衝撃。


そのまま押し込まれる。


力では互角に近いはずなのに、姿勢を作られたせいでこちらが不利になる。


俺は足を引く。


エリオットは追う。


壁へ追い込もうとしていたはずが、逆に俺が押され始める。


「くっ」


次の一撃を受けた瞬間、左腕に少しだけ違和感が走った。


痛みではない。


でも、無視しない。


俺はすぐに距離を取る。


エリオットも追わなかった。


「腕?」


「少しだけ」


「やめる?」


一瞬だけ迷う。


まだやれる。


本当に。


痛くない。


それでも、治療師に言われたことを思い出す。


痛みが出る前に止める。


回復も含めて鍛錬。


「今日はやめる」


口に出す。


少し悔しい。


でも、それでいい。


エリオットは頷き、木剣を下ろした。


「前より強くなったね」


俺は答えなかった。


勝っていない。


一本も取れていない。


「でも、まだ僕の方が強いと思う」


「うん」


それは認める。


今の時点では。


「悔しくない?」


「悔しい」


即答した。


エリオットが笑う。


「よかった」


「何が?」


「レオン、負けてもあんまり顔に出さないから」


俺は木剣を見る。


悔しい。


前よりできることは増えた。


森で戦った。


村を守った。


レベルも上がった。


《戦域把握》も伸びた。


《誘導歩》も覚えた。


それでも、同じ年頃の少年にまだ届いていない。


しかも、差が縮んだかどうかすら分からない。


俺が進んだ分、エリオットも進んでいる。


「今度」


俺が言う。


「何?」


「ちゃんと五本やりたい」


エリオットが少し目を細める。


「あのときと同じ?」


「うん」


前回は五本。


四対一。


今度はどうなるのか。


知りたい。


「いいよ」


エリオットはすぐに答えた。


「いつ?」


「腕が完全に治ってから」


自分でそう言えた。


少し前の俺なら、明日と答えていたかもしれない。


エリオットもそれには何も言わず、頷いた。


「じゃあ待ってる」



その日の夕方、俺は訓練場の端に座っていた。


剣の鍛錬は終わり。


左腕にも痛みは出ていない。


だから、別のことをする。


掌を上へ向ける。


魔力を流す。


右手と左手へ同時に。


そこから両足にも薄く広げようとする。


すぐに崩れた。


やり直す。


今度は右足だけ。


維持できる。


左足を加える。


両手の魔力が散った。


「……難しい」


何度言ったか分からない。


それでも続ける。


今日のエリオットを思い返しながら。


剣術では向こうが上だった。


足運びも前より良くなっていた。


俺が《誘導歩》を使っても、一度見れば警戒された。


壁際へ追い込もうとした動きも、途中で対応された。


たぶん天才なのだと思う。


見て、考えて、直すのが速い。


俺が十回失敗してようやく気づくことを、エリオットは二回か三回で掴むのかもしれない。


なら。


俺は十回やる。


それで足りないなら百回。


百回で足りないなら千回。


ただし、同じ失敗を千回繰り返すつもりはない。


一回ごとに直す。


剣で負けるなら、剣を鍛える。


足で負けるなら、足も鍛える。


見えなかったなら、見る。


聞けなかったなら、聞く。


魔力を同時に扱えないなら、扱えるようになるまで続ける。


俺には一つの道しかないわけではない。


そう考えたとき、訓練場の入口から声が聞こえた。


「やっぱりまだいたか」


ゼノだった。


「もう剣は振ってない」


「そこは見れば分かる」


ゼノは俺の近くまで来て、地面へ置いた剣と、俺の両手を見る。


「何してる」


「両手と両足に魔力を流そうとしてる」


「できるのか?」


「できない」


「じゃあ、なんでやってる」


「できないから」


ゼノがしばらく黙った。


「……そうだったな」


俺はもう一度魔力を流す。


右手。


左手。


右足。


三か所までは維持できた。


左足へ流そうとしたところで全部が散る。


「エリオットとやった」


「見てた」


顔を上げる。


「いたの?」


「途中からな」


「どうだった?」


「負けてた」


「それは分かってる」


もう少し何かないのか。


ゼノは隣へ座った。


「前より差が見えたんじゃないか?」


少し考える。


「前より?」


「最初に負けたときは、何が違うかも全部は分からなかっただろ」


そうだった。


速い。


上手い。


届かない。


最初はそれくらいしか分からなかった。


今は少し違う。


剣の戻しが速い。


接触したときの力の逃がし方が上手い。


踏み込みの幅を変えている。


俺の位置取りにも途中で対応した。


「分かる」


「なら前より近い」


「でも勝てない」


「近いことと、追いついたことは別だ」


ゼノは淡々と言う。


「お前が進んでる間、あいつも進んでる。才能がある奴が努力しないなんて都合のいい話はない」


「うん」


知ってる。


今日、改めて見た。


エリオットも止まらない。


「じゃあ、どうする?」


ゼノが聞く。


俺はすぐに答えなかった。


剣だけなら、エリオットの方が上。


俺が剣を一つ覚える間に、向こうも覚える。


それなら、剣を諦めるのか。


違う。


剣は続ける。


絶対に。


でも。


「増やす」


「何を?」


「できること」


自分の両手を見る。


「剣もやる。身体も鍛える。魔力もやる。《戦域把握》も、《誘導歩》も使う。追跡も覚えたい」


「随分欲張りだな」


「一個じゃ勝てないから」


口にして、少し違うと思った。


「……一個で勝つ必要がないから」


ゼノがこちらを見る。


俺は続ける。


「エリオットより剣が下手でも、戦うときに剣しか使えないわけじゃない」


森では地形を使った。


村では仲間を使った。


音も使った。


敵の進む場所を変えた。


俺は魔法も使える。


弱い。


水を少し出すくらいしかできない。


それでも、使い方はあるかもしれない。


「全部使えるようになればいい」


自分で言ってから、胸の中へ少しだけ形が落ちた。


ゼノはしばらく何も言わなかった。


やがて立ち上がる。


「腕が治ったら、もう一度あいつとやるんだろ」


「うん」


「次も負けるかもしれんぞ」


「知ってる」


「その次も」


「うん」


それでも構わない。


負ければ、足りないものが分かる。


努力したから勝てるとは限らない。


今日も負けた。


でも、努力しなければ次も絶対に負ける。


それだけは分かる。


「次は一本より多く取る」


「小さい目標だな」


「前は一本だったから」


ゼノが少し笑う。


「悪くない」


俺は立ち上がった。


最後にもう一度だけ試す。


右手へ魔力。


左手へ魔力。


右足。


左足。


四か所。


一瞬だけ。


ほんの一瞬だけ、全部が同時に繋がった。


すぐに崩れた。


でも、確かにできた。


「……今の」


もう一度やる。


今度は三か所目で失敗した。


それでもいい。


一度できた。


なら、次は二度。


その次はもっと長く。


エリオットには、まだ追いついていない。


俺が進めば、あいつも進む。


だから、追いつける保証なんてない。


それでも俺は剣を握る。


走る。


考える。


魔力を動かす。


失敗して、直して、また繰り返す。


一つで足りないなら、全部を積み上げる。


次に五本戦うとき。


俺は今日の俺とは違う。


そしてきっと、エリオットも今日のままではない。


だったら、そのときもう一度確かめればいい。


どこまで近づけたのかを。

お読みいただきありがとうございました!

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感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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