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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第九章 ひとりでは届かない
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耳と髭と予定表

ご覧いただきありがとうございます!

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それでは、どうぞお楽しみください。

朝鐘の一つ前、東の外周走路には俺とミナの足音が並んでいた。


正確には、並んでいるのは歩く速さだけだ。


俺は右足へ体重を移す時間を数えながら進み、ミナはその半歩後ろで耳をこちらへ向けている。


走路の外側では、レイナが歩幅と顔色を見ていた。


「右、左、右――今の右だけ、音が短い」


ミナが言った。


「強く踏んでる?」


「逆。早く離してる」


自分でも分かっていた。痛みはなくても、右足へ乗り続ける前に左へ逃がしている。


「もう一周。同じ速さで」


俺が向きを変えると、レイナが手を上げた。


「一周じゃなくて半周。今日増やしていいって言われたのは、歩く時間であって距離じゃないでしょう」


「同じことじゃないの?」


ミナが首を傾げる。


「速さを変えたら距離は変わるわ」


「じゃあ、速く歩けば損?」


「治療の予定を競争にしないで」


ミナは納得していない顔をしたが、俺と一緒に半周で止まった。


約束していた足音の確認は終わった。追走はまだできない。


それでもミナは、左右の音の長さを俺の紙へ書き、最後に大きく丸をつけた。


「走れるようになったら、この紙の続きを使う」


「なくすなよ」


「食べないよ」


「ミナが食べるとは言ってない」


「でも、お腹は空いた」


話が朝食へ移ったところで、正門の方角から鐘が鳴った。昨日の角笛とは違う。


短い鐘が二回、そのあと間を置いて一回。到着を知らせる学府側の合図だった。


校舎前へ着いたとき、広場には見慣れない荷車が六台並んでいた。


先頭の二台は細長く、木箱が(ひも)で何重にも固定されている。


後ろの荷車は車輪が太く、金属の部品や折り畳んだ台を積んでいた。


旗は一つではない。


淡い緑地に銀の枝を描いた旗。その隣に、褐色地へ三つの歯車を組んだ旗。


さらに青、白、黄の小旗が続いている。


「国の旗はどれだ?」


エリオットが聞く。


「全部、連合に属する地域か都市の旗です」


ノエラは手元の資料と順番を照らし合わせた。


「リュネア諸邦連合は、一つの王家ではなく、複数の都市や領地が評議会へ参加しています。先頭の銀枝がエルフ領セレネ、三つの歯車がドワーフ自治領カダ――」


「今は旗当ての時間ではない」


セルド先生の声で、ノエラは資料を閉じた。


「見えた順番だけ記録します」


「それならいい」


荷車から最初に降りたのは、淡い緑色の髪を後ろで束ねた少女だった。


髪の間から長い耳が伸びている。


少女は地面へ足をつける前に、杖の先で土を軽く叩いた。


小さな風が円を描き、砂埃だけを外側へ押し出す。


「荷下ろしの前に使っていい魔法なの?」


ルシアスが小声で言う。


「風量は荷札を動かさない範囲です。車輪止めにも触れていません」


隣のアステラは、もう魔法の形を見ていた。少女はその声に気づいたらしい。


こちらを向き、杖を下げた。


「ティセラ・エインです。リュネア諸邦連合、セレネ学房。個人魔法戦へ登録します」


「アステラ・リュネ。カレディア総合学園。同じ部門を希望しています」


「先ほどの風を見ていましたね」


「はい。地面に沿う部分と、上へ逃がす部分を分けていました。二つの術式ですか?」


「一つです。境界の魔力密度を変えています」


「一つの操作で二つの流れを?」


「流れは二つではありません。連続した一つの面です」


アステラは一歩近づいた。


「面を維持したまま、荷車側だけ出力を下げたのですか」


「下げていません。角度を変えました」


「どの程度?」


「十二度ほどです」


「基準面は地面ですか、それとも杖の軸ですか」


俺たちの間から、入れる場所が消えた。ルシアスが一度口を開き、閉じる。


エリオットも何か聞こうとしたが、十二度の続きを待つうちに諦めた。


「魔法の挨拶って長いね」


ミナが言った。


「たぶん、もう挨拶は終わってる」


カシアが答えた。その横で、太い車輪の荷車が少し沈んだ。


赤銅色(しゃくどういろ)の髪と短い(ひげ)を持つ少年が、荷台から金属枠を一人で下ろしたところだった。


俺たちと同じくらいの年に見えるが、背は低く、肩幅はローディより広い。


「ボルン・カダス」


金属枠を地面へ置いてから名乗る。


「リュネア、カダ自治工房学舎。盾と槍だ」


それだけ言うと、彼はローディの背負った盾を見た。


「軽い盾だ」


ローディが盾の留め具へ手を置く。


「見ただけで分かるんですか?」


「縁材の厚さと、歩いたときの揺れで」


「これは訓練用で、十二キルあります」


「軽い」


同じ言葉だった。ローディは少し迷ってから盾を外した。


「持ってみますか?」


「いいのか」


「はい。ただ、腕を通す向きは――」


説明が終わる前に、ボルンは盾を受け取った。


片手で持ち上げ、縁を横へ向け、正面、斜め、頭上へと角度を変える。


盾はほとんど揺れなかった。エリオットが目を見開く。


「それ、軽いの?」


「俺には」


ボルンは盾を下ろし、両手でローディへ返した。


「だが、軽い方が移動は速い。後ろを変える盾なら、この重さも悪くない」


ローディは受け取った盾を背負い直した。


「俺は、後ろにいる人を残すために使います」


「なら、重さより止める場所だ」


「はい。あなたの盾は何キルですか?」


「二十八」


エリオットがもう一度目を見開いた。


「倍以上じゃないか」


「俺には軽い盾だ」


ボルンは真顔のまま答えた。


その後ろでは、小声で名乗ったエルフの少女エルネが細長い弓箱を運び、人間の少年フィオが箱ごとの番号を確認していた。


別のドワーフ、オルドは荷車の下へ潜り、(きし)んだ車軸を見ている。


エルフだから全員が魔法の杖を持っているわけではない。


ドワーフだから全員が重い盾を持っているわけでもない。


オルドが腰へ下げているのは小さな槌と測定具で、運んでいる荷物は誰より軽かった。


一方で、人間のフィオが抱えた魔道具箱は、二人がかりで下ろすよう注意札がついている。


昨日のヴァルグレンとは、荷物も、旗も、到着後に確かめる順番も違う。


けれど、同じ連合の中でも全員が同じではなかった。


荷下ろしが終わるころ、ティセラとアステラはまだ広場の端で話していた。


地面には杖で描いた扇形と、二本の線が増えている。


「朝の練習で再現できます」


アステラが言った。


「明日は魔法場の使用申請が入っています」


ティセラは腰の(かばん)から細長い紙を出した。


「明後日は選手団の装具検査。その次の朝なら、鐘の二つ前から半刻」


「私は朝鐘の一つ前まで治療補助です。後半の四分の一刻なら空きます」


「短いですね」


「二つの方法を一度ずつ確認するには足ります」


「失敗した場合は?」


「原因だけ記録して終えます。続きは次の空き時間に」


ティセラは少しだけ目を細めた。


「無理に成功まで続けないのですね」


「成功するまで続ければ、比較する条件が変わります」


「それなら話が早いです」


二人は互いの予定表へ時間を書いた。俺は自分の紙を開く。


ミナとの足音確認。治療担当の確認。クラスの希望。


そこへ外国選手との練習時間が増え始めている。


全部を一枚へ詰めれば、また俺が全員の予定を持つことになる。


「アステラ、その時間だけ俺の表にも書いていいか?」


「見学するのですか」


「いや。俺の火属性訓練と魔法場が重ならないか確認したい。内容はそっちの表に残してくれ」


「分かりました。共有するのは使用場所と時間だけにします」


ノエラが横から紙を差し出した。


「クラス共有用を作ります。個人の目的や変更理由は、本人の紙へ残す形で」


一枚の予定表に、全員の練習を細かく書き込むのではない。


同じ場所を使う時間と、助けが必要な時間だけを重ねる。ティセラがその紙を見た。


「リュネアでは、工房ごとに別の予定表を持ちます。共有表は搬入口と試験場だけです」


「学園でも使えそうです」


ノエラは見えた形式だけを書き留めた。


「ただし、こちらで同じ分け方が必要かは確認してから決めます」


「正しいと思います。連合内でも、セレネとカダでは休憩鐘の間隔から違いますから」


遠くでボルンが、ローディの盾の縁を指しながら何か話している。


ティセラの長い耳がその声へ一度向いたが、会話へ口を挟むことはなかった。


耳の形が同じでも、学ぶものは違う。


髭があっても、持つ道具も役割も同じではない。


国の説明だけでは、一人分の予定までは決まらない。


俺は共有用の紙へ、時間と場所だけを書いた。明後日、朝鐘前。第三魔法場。


使用者、アステラ、ティセラ。見学者は空欄。


その空欄を俺の名前で埋めないまま、次に必要な自分の予定へ戻った。

お読みいただきありがとうございました!

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感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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