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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第九章 ひとりでは届かない
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ヴァルグレンの挨拶

ご覧いただきありがとうございます!

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それでは、どうぞお楽しみください。

翌日の昼前、正門の方角から低い角笛が3回聞こえた。


授業を終えたばかりの教室で、何人かが窓へ寄る。


俺も立ち上がりかけたが、右足へ急に体重を移さないよう机へ手をついた。


校舎前の広場へ、黒と深紅の旗が入ってくる。


旗の中央に描かれているのは、向かい合う2本の斧。


その下を、同じ色の外套を着た生徒たちが歩いていた。


「ヴァルグレン武王国の選手団だ」


セルド先生が廊下へ出る生徒を扉の前で止めた。


「見学は許可する。ただし、到着直後の荷下ろしを囲むな。挨拶は担当教員の指示に従え」


「木剣を持っていってもいいですか?」


エリオットが聞いた。


「なぜ必要になる」


「武王国の挨拶が、剣を合わせる形かもしれないので」


「確認していない文化を、想像で実行するな」


エリオットは(かばん)へ伸ばしかけた手を戻した。


俺たちは廊下を抜け、広場の端へ向かった。


荷馬車が3台止まり、学府の職員が馬具と封印札を確認している。


ヴァルグレンの生徒たちは、すぐに訓練場へ向かうわけではなかった。


荷物の数を読み上げ、武器箱の封印を引率者と学府職員の両方で照合している。


「もっと、着いたら走るのかと思ってた」


カシアが小声で言う。


「国境を越えて武器を運んできたんだ。先に記録だろ」


俺が答えると、ノエラはすでに荷札の書式を見ていた。


「番号の前に氏族名があります。所有者ではなく、管理責任を示しているのでしょうか」


「今は読める範囲だけにしておけ」


セルド先生に言われ、ノエラは(うなず)いた。


意味の推測は帳面へ書かず、見えた文字だけを残す。


最後の武器箱が運び下ろされると、選手団の前にいた大柄な男がこちらへ顔を向けた。


肩へ届く大きな斧を背負っているが、刃には厚い革覆いが掛けられている。


「カレディアの皆さん。待たせたな」


声は大きいが、武器箱の列を崩さない位置で止まった。


「護衛のハドラン・デインだ。滞在中の安全確認と、武器管理の責任を預かる。競うのは生徒同士だが、事故まで競うつもりはない。決めた線の中で、存分にやってくれ」


その後ろから、4人が前へ出た。最初は、黒に近い青髪の少年だった。


俺たちより少し背が高く、灰色の目が広場と建物の出入口を順に見ている。


「イサーク・ヴァレン。14歳。個人総合戦へ登録する」


言葉は短い。けれどこちらを見下ろす様子も、力を見せようとする動きもなかった。


その隣では、灰褐色(はいかっしょく)の耳を持つ少女が、荷馬車の上に残った袋を気にしていた。


腰の後ろから同じ色の尾が揺れている。


「ミナ・ガルム、13歳。私も総合戦。あと、あの袋は食料だから先に食堂へ運んで」


「自己紹介の途中だぞ」


ハドランが言う。


「途中でもお腹は減るよ」


ミナは答えてから、俺たちへ向き直った。


「走る人がいたら教えて。知らない道を一人で走ると、また引率に止められるから」


「また?」


カシアが反応する。


「国境の宿で1回。今朝、北門の前で1回」


「止められて当然だろ」


後ろから、猫の耳を持つ少年が口を挟んだ。


「フェイ・ルーガ。13歳。逃げる相手を追うのが得意。追われる方はもっと得意。よろしく」


言い終えると、フェイは片手を上げた。


最後の少年は両手を身体の横へ(そろ)え、俺たちへ深く頭を下げた。


「トリス・カーン。14歳です。格闘を学んでいます。良い試合と、良い学びを」


4人とも、同じ武王国の代表だった。


それでも立ち方も、話す長さも、こちらを見る場所も違う。


人間と獣人が多く、近接武技が盛んな国。


昨日まで紙の上にあった説明が、4人の顔へ分かれて目の前へ並んだ。


セルド先生が、こちらからも名前を伝えるよう促した。


アステラから順に所属と希望部門を述べていく。


俺が個人総合戦を希望していると伝えると、イサークの視線が一度だけ右足へ下がった。


杖は持っていない。平地なら普通に歩ける。


ただ、左右の歩幅はまだ完全には同じでなかった。


「今は走れないのか」


イサークが聞く。


「まだ許可が出てない。選考日までに許可が出なければ、総合戦の選考は受けない」


「そうか」


それだけ言って、彼は右足から目を離した。


できないと決めつける言葉も、すぐ治ると励ます言葉もない。


今の条件を聞き、今の答えとして置いたようだった。


全員の紹介が終わると、ハドランが右手を胸の前へ上げた。


ヴァルグレンの4人も同じ動きをする。


拳は握らず、(てのひら)を斜め前へ向ける。


次に手首を返し、空の手を見せた。


「ヴァルグレンでは、武を交える相手へこう挨拶する」


ハドランが説明した。


「隠した刃はない。次に会うときも、互いに立っていよう。その意味だ」


イサークが俺たちの前へ一歩出た。


「隠す刃なく、次も立つ」


静かな声だった。エリオットが息を呑む。


「次に会うときって、試合で?」


「試合でも、練習でもいい」


「武器を持って返す挨拶は?」


「ある」


イサークは頷いた。


「やっぱり」


エリオットは(かかと)を返し、校舎へ走ろうとした。


「どこへ行く」


セルド先生が呼び止める。


「木剣を取ってきます。持って返す形もあるなら」


「今の挨拶は空の手で返せ」


「でも、武器を持つ形も――」


「正式な立合いを申し込む形だ」


ハドランが笑いを堪えるように口元を押さえた。


「抜いた武器を互いの間へ立て、日時と条件を述べる。今ここでやれば、到着挨拶への返礼ではなく、決闘の申し込みになる」


エリオットの足が止まった。


「決闘」


「訓練試合として受けてもいい」


トリスが真面目に答える。


「いや、待って。今は申し込んでない」


「木剣を取りに行くって言ったじゃない」


ミナが楽しそうに耳を動かした。


「意味を知らなかったんだ」


「知らないまま申し込もうとしたんだね」


「だから、申し込んでないって」


広場に笑いが起きた。


エリオットは少し赤くなりながらも、今度は空の右手を胸の前へ上げた。


「隠す刃なく、次も立つ」


手首を返し、何も持っていない掌を見せる。俺たちも同じ動きを続けた。


角度が合っているか気にしたローディの手を、フェイが隣から少しだけ上へ直す。


「それでいい。低すぎると、食事をください、に近い」


「そんな挨拶もあるの?」


「今作った」


ローディが困った顔をすると、フェイは笑った。


「ごめん。ヴァルグレンにも、そうやってすぐ信じる人はいるから安心して」


何を安心すればいいのかは分からない。


挨拶が終わると、選手団は宿舎へ移動を始めた。


イサークとトリスは自分の荷物を持ち、フェイは2つ持って1つをミナへ渡す。


ミナは食料袋を抱えたまま、俺の前で止まった。


「さっき、走れないって言ってたよね」


「今は」


「じゃあ、走れるようになったら朝はどこで練習する?」


「東の外周走路。許可が出るまでは歩行と魔力操作(まりょくそうさ)だけだ」


「何時?」


俺は答える前に、昨日回した紙を思い出した。空いている時間。試したいこと。


一緒に確かめたい相手。相手の予定を聞かず、こちらの練習へ組み込まない。


「俺は朝鐘の1つ前から。ただ、ミナは何を試したい?」


ミナの耳がこちらへ向いた。


「あなたが走るときの足音。歩くときも同じか知りたい。それと、走れるようになったら一度追いかけたい」


「足音の確認なら、今でもできる。追う方は許可が出てからだ」


「じゃあ明日の朝、足音から」


ミナは即座に決め、食料袋の上へ置かれていた紙片へ時間を書いた。


「私が起きてたら行く」


「起きていなかったら?」


「食堂で反省する」


「それは朝食を食べるだけじゃない?」


カシアが言うと、ミナは真剣な顔で首を振った。


「反省には食事が必要だから」


そう言って、宿舎へ走りかける。


「ミナ」


ハドランの声が飛ぶ。


「構内経路の確認前だ。歩け」


ミナは片足を前へ出した姿勢で止まり、ゆっくり戻した。


「……今のは走ってない」


「走り始める前だったな」


「なら、止まれたから合格」


誰が決めた合格か分からないまま、ミナは今度こそ歩いていった。


黒と深紅の旗が宿舎の方へ遠ざかる。知らない国から来た強い選手。


昨日までは、それだけでひとつの大きな相手に見えていた。


けれど実際には、静かに条件を見る者がいて、走る前に止められる者がいて、冗談を真顔で混ぜる者がいて、礼を崩さない者がいる。


俺はミナの書いた時間を自分の予定へ写した。明朝。歩行時の足音を確認。


走行と追走は、許可後。最初に交わしたのは勝負の約束ではない。


互いに空の手を見せ、次も立って会うための約束だった。

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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