七柱の祝福
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それでは、どうぞお楽しみください。
奉告式の朝、俺は左手に杖を持ち、制服の左胸へ学園章をつけた。
右脚の歩幅はまだ狭く、急停止と切り返しも禁止されたままだった。
エリオットは鏡の前で章の位置を3回直した。
ルシアスが布の縫い目と平行に揃えると、ようやく手を離す。
「盾がないと落ち着かんな」
ローディは何も背負っていない肩へ手を回した。
武器は持ち込めないため、剣も盾も学園へ置いてきている。
式場の中央には奉告板があり、その奥に7柱の祭壇が並んでいた。
すでに学園の記録と照合された封筒は、白い箱へ収められている。
神官は、名を呼ばれた者が奉告板へ手を置き、祝福の有無と身体の変化を申告する手順を説明した。
変化があってもその場で力を試さず、確認担当者の指示を待つ。
「勝手に剣を振る場所はないな」
エリオットが式場を見回す。
「剣そのものを持ち込んでないでしょう」
アステラが答えた。
「分かってるよ。手が動かないように言っただけ」
「俺は盾がないから平気だ」
ローディが言うと、カシアが何もない背中を指した。
「さっきから三回も探してるけどね」
「肩が軽すぎるんだ」
レイナは俺の杖と右脚を順に見る。
「レオンも、変化を確かめるために余計に歩かないで」
「まだ呼ばれてない」
「呼ばれる前に言ってるの」
先に呼ばれた生徒の中には、祭壇が光っても祝福が現れない者がいた。
どの祭壇も反応しない者もいる。
記録担当者は決められた事実だけを書き、不合格や失敗という言葉を加えなかった。
「エリオット・レイフォード」
エリオットが奉告板へ右手を置くと、武神ヴァルガの祭壇に赤い光が灯った。
しばらくして、本人の《ステータス》の祝福欄へ剣勢が加わる。
神官が奉告板に浮かんだ条件を読み上げた。
自分の武器で相手の攻撃を正面から受け、または受け流したあと、3秒以内に放つ次の斬撃を約20%強める。
回避、魔法、格闘には及ばず、再び使えるまで10秒を要し、受けた衝撃や損傷は消えない。
「強くなった感じはしない」
戻ってきたエリオットが右手を見た。
「今は武器も相手の攻撃もないからね」
レイナは、確認のために受けられる攻撃を探さないよう先に言った。
「探さないよ」
「今、ローディを見たでしょう」
「盾があれば受けてもらえると思っただけ」
「それを探したと言うんだ」
ローディが空の肩を叩く。
「今日は盾もない。俺も受けんぞ」
「分かってるって。試すなら、先生と場所と停止条件を決めてからにする」
アステラが確認票へ線を引いた。
「今の言葉も書いておきましょう。最初に試したくなったことも含めて」
「そこまで残すの?」
「奉告の授業で何を習ったの」
エリオットは右手を下ろし、否定しなかった。
「ローディ・ガーン」
次に光ったのは守護神バルネスの祭壇だった。
ローディの祝福欄には護壁が加わる。
守る対象を自分の後方へ置き、意識している間、正面から受ける衝撃と押し戻しを約20%軽減する。
ただし自分だけを守る場合や、側面、背後からの攻撃には及ばず、対象を追って移動している間も安定しない。
「盾がなくても使えるのか?」
「祝福の条件に盾はありません。ただし、何で受けても安全になるわけではありません」
「素手でも働くが、腕は傷つくということですか」
「その理解で構いません。軽減は無傷を意味しません」
「守る相手が二人なら?」
「後方にいる対象を一人ずつ判別する力ではありません。配置と本人の認識を含め、模擬条件で確認してください」
神官の答えを聞き、ローディは背後にいる俺たちを振り返った。
「並び方でも変わるのか」
「今、前に出ようとした?」
カシアが聞く。
「半歩だけだ」
「半歩でも試すのは禁止」
確認担当者にも止められ、ローディは動かした足を元へ戻した。
「祝福を得て最初にしたのが、止められることになるとはな」
「それもローディらしいよ」
エリオットが笑った。
「ルシアス・フェルド」
魔導神エルミナの祭壇に青い光が走り、天脈解放が現れた。
1日1回、1つの魔法に限り、安全に放出できる上限を約30%超えられる。
ただし精度は上がらず、使用後には腕の震え、吐き気、制御低下が起こり得る。
停止担当と安全な場所を用意しなければ、確認も認められない。
「今日は使わない」
ルシアスは右手を握らず、開いたまま言った。
「止められる大きさが先だから」
「一日一回なら、確認に使った日は実習で使えないのね」
アステラが尋ねる。
「その日は再使用できません」
「使ったかどうかは表示されますか」
「本人の《ステータス》には残りの使用可否が示されます。ただし、体調の回復を保証する表示ではありません」
レイナがルシアスを見る。
「腕の震えが止まっても、吐き気や制御低下は残るかもしれないってこと」
「うん。確認項目を分けるよ」
「僕が停止担当でも、勝手に試すなよ」
エリオットが言うと、ルシアスは開いた手をさらに広げた。
「だから握ってないでしょう」
その申告とやり取りも、記録担当者の紙へ加えられた。
「アステラ・リュネ」
知慧神ソレアの黄色い光が灯り、アステラは二重制御を得た。
2つの独立した魔力操作を同時に維持できるが、精度はそれぞれ通常の約80%まで下がる。
魔力量は増えず、知らない魔法を使えるようにもならない。
3つ目は扱えず、長く続ければ頭痛と集中低下が起こる。
「2つとも同じ精度まで下がるのか、片方だけ変えられるのかは未確認ね」
「同じ魔法を二つでも、独立した操作になりますか」
「条件の読み上げだけでは判断できません。確認時に分けてください」
「維持中に片方を止めた場合、もう片方の精度が戻るかも未確認」
アステラはそう言いながら左右の指へ魔力を集めかけ、確認担当者の視線に気づいて消した。
「試してはいません。確認項目を分けただけです」
「手の上で分けずに行ってください」
「考える時に動く癖が出たわね」
レイナが言う。
「自覚しているわ。次は紙の上だけにする」
「次じゃなくて今もだよ」
アステラは小さく頭を下げ、席へ戻る前から紙へ欄を作り始めた。
「左右で分ける欄も作るの?」
カシアが覗く。
「左右ではなく、操作一と操作二。手が同じでも独立する可能性があるもの」
「もう確認が始まってるみたい」
「試してはいないわ」
アステラは念を押した。
「レイナ・ソル」
生命神フェルナの祭壇が緑に光り、治癒余光が祝福欄へ現れた。
接触して治癒魔法を使ったあと、その効果の約20%を手を離してから約60秒継続できる。
対象は1人だけで、新たに生じた負傷や、最初に治癒していない箇所へは及ばない。
診断する力でもなく、治癒前に呼吸や出血を確認する必要は変わらなかった。
レイナは条件を聞き終えると、俺の右脚を見た。
「今日は使わないから」
「頼んでない」
「試す相手にできると思ってない?」
「治療担当が必要と判断した場合なら」
「なら、確認のためには使わない」
祝福が増えても、使う理由を決めるのはレイナだった。
「カシア・ロンド」
旅神ラグティスの白い光が伸び、カシアは駆けつける足を得た。
見えている味方が明らかな危険にさらされ、その者へ向かっている間だけ、敏捷と足場への適応が約15%高まる。
敵へ向かう時、退く時、追跡する時には働かず、味方へ到着すれば終わる。
見えない相手の位置を教える力でもない。
「危険かどうかを、私が決めるのかな」
カシアの問いに、神官は本人の認識だけで成立するとは限らないと答えた。
安全な模擬条件で確認するまで、故意に誰かを危険へ置いてはいけない。
「転びそうな人でも危険になりますか」
「程度の判定は未確認です」
「見えている味方が二人なら、どちらへ向かうかは?」
「本人が向かっている相手に対して働くと読めますが、途中で対象を変えた場合は確認が必要です」
「到着した瞬間に足場への適応も戻るのね」
アステラが尋ねると、神官は条件上はそうなると答えた。ローディが腕を組む。
「到着してから転ぶなよ」
「その時は普通の足で踏ん張るよ」
「俺を危険役に選ぶなよ」
「盾がある時なら考える」
「考えるのか」
カシアは笑ったあと、故意に危険を作らないと確認票へ書いた。
「ノエラ・フェイン」
最後に記録神ノルディアの祭壇が藍色に光った。
ノエラの祝福欄へ加わった完全写記は、1日1回、目で確認した1枚の文章、図、地図を細部まで正確に書き戻せる。
意味や真偽は判定せず、隠れていた部分は戻らない。
複数の紙を1枚として扱うこともできない。
「間違った記録を見れば、間違ったまま写すんですね」
「その通りです」
ノエラが最初に確かめたのは、正確さより、その力では分からないことだった。
7人が席へ戻った。
昨日まで持っていた剣、盾、魔力、判断、治癒、移動、記録の先に、それぞれの祝福がある。
どれも本人が続けてきた行いと切れておらず、同時に、名前だけで使える力でもなかった。
「レオン・アルヴェイン」
俺は杖をカシアへ預け、決められた歩幅で中央へ進んだ。
右手を奉告板へ置くと、冷たい石の感触だけが掌へ伝わる。
武神ヴァルガの祭壇は光らない。
守護神バルネス、魔導神エルミナ、知慧神ソレア、生命神フェルナ、旅神ラグティス、記録神ノルディアも同じだった。
神官に促され、自分の《ステータス》を確認する。
祝福欄に新しい名はなく、身体や魔力にも変化はない。
「表示はありません。変化もありません」
「手の感覚や、魔力の流れに違いは?」
「ありません」
「痛み、熱、寒気は?」
「石が冷たいだけです」
神官は定められた時間まで待ったが、7つの祭壇は沈黙したままだった。
後ろから物音がしても、俺は振り返らなかった。
誰かが椅子を引いただけかもしれない。
祭壇の光が遅れて現れる可能性も、俺には判断できない。
「もう一度、手を置き直しますか」
「いいえ。定められた時間と手順は満たしています」
神官は静かに答えた。記録担当者は『七大神の祭壇に反応なし。
祝福表示なし』と書き、それ以上の意味を加えない。
脈、呼吸、魔力の流れ、右脚の状態も式の前と変わらなかった。
俺は確認担当者へ、奉告記録に不足があったのかと尋ねる。
「現時点では判断できません。記録は照合済みです。祝福がないこと自体は異常ではありません」
「追加で確認することは?」
神官は俺の記録票を見てから、別の神官へ渡した。
「七柱のどの祭壇にも反応しなかった事実と、複数の領分に記録が重なっていることを、保管記録と照合します。結果が出るまでは、今日の記録を変えません」
全員のところへ戻ると、カシアが杖を差し出した。
レイナはさっき確認されたばかりだという俺の言葉を聞かず、手首へ指を当てる。
「少し速い」
「歩いたからだ」
「それだけとは決めない」
「右脚は変わってない」
「変わっていないことと、負担がないことは別」
レイナは脈を数え終えるまで指を離さなかった。ローディが声を落とす。
「俺たちの後だったから、祭壇が疲れたとかはないのか」
「根拠のない理由を足さないで」
ノエラが即座に止めた。
「分かっている。黙ってるよりましかと思っただけだ」
「今は、無理に話さなくていいよ」
カシアが言う。
「無理に黙る必要もない」
俺が答えると、ローディは短く頷いた。
エリオットは自分の右手を見てから、俺の空いた掌を見た。
「調べることが残ったんだね」
「慰めなくていい」
「慰めてないよ。未確認を残しただけ」
「祝福がなかった事実は変わらない」
「変えないよ。原因まで決まったことにしないだけ」
アステラも確認票を閉じずに言った。
「喜ぶのをやめるつもりはないわ。でも、レオンの結果を軽く扱うつもりもない」
「私たちの祝福の確認と、レオンの照合結果は別々に待ちましょう」
ノエラが二本の線を引き、同じ欄へ混ぜなかった。
アステラは、今分かるのは祭壇が反応せず、祝福が現れなかったことだけだと言った。
ノエラも原因は未確認だと続ける。
7人には昨日までなかった祝福があり、俺にはない。
それでも式を終えて最初にしたことは同じだった。
誰もその場で力を試さず、条件と限界を確認票へ書き、分からない部分を残した。
次の名前が呼ばれる。
俺たちが後ろへ下がると、年配の神官が俺の記録票を持ち、式場の奥へ向かった。
扉の横には保管庫を示す札がある。俺は追わず、左手へ杖を戻した。
7つの祭壇は、最後まで俺へ光を返さなかった。
代わりに白い封筒だけが、閉じた扉の向こうへ運ばれていった。
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