七つの名
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それでは、どうぞお楽しみください。
奉告記録の提出まで、あと4日。
朝の再診で、右脚へかけてよい重さは少し増えたが、歩幅は左の半分まで、急停止と切り返しは禁止された。
レイナは治療担当の説明を予定表へ書き、移動先を授業、食堂、寮に限った。
追加の見学はせず、途中で1回休む。
「昨日、無理をしないって先に言ったよね。今日も同じ?」
「同じにする」
「歩ける重さが増えたからって、歩く距離まで増やさない?」
「授業、食堂、寮だけだ」
「途中で休む?」
「1回」
「痛みがなくても?」
「左右差が増えたら休む」
レイナはそこで初めて頷き、俺の言葉ではなく、再診欄へ小さな丸をつけた。
「信用してないのか」
「確認したから丸をつけたの」
「同じだろ」
「全然違うよ」
第1座学の教室では、黒板の下に7色の布が並んでいた。
セルド先生の横で、神殿職員が細長い木札を1枚ずつ置いていく。
赤の下には武神ヴァルガ。
戦闘、勇気、勝負を司り、騎士や冒険者、武芸者の信仰が多い。
灰色の下には守護神バルネス。
防衛、忍耐、城壁を司り、兵士だけでなく建築に携わる者も信仰するという。
青は魔導神エルミナ。魔力、術式、魔道具を司る。
黄色は知慧神ソレア。計算、判断、知識を司る。緑は生命神フェルナ。
治癒、出産、生命を司る。
白は旅神ラグティス。
道、移動、探索を司り、目的地へ進むことだけでなく、戻る道を残すことも領分に含まれる。
最後の藍色には、記録神ノルディアの札が置かれた。
言葉、記録、契約を司る神だ。
「この中から、希望する神を選ぶんですか」
教室の右側から質問が出る。
「希望は書けますが、それだけで奉告先は決まりません。同じ剣でも、勝負を求めたのか、誰かを守ったのか、道を開いたのか、型を記録して伝えたのかで、重なる領分は変わります」
「剣を使って道を切り開いたら、武神と旅神の両方ですか」
「行動だけでなく、目的と、その後に何をしたかも記録します」
「では、本人が守ったつもりでも、守られた人がそう思っていなければ?」
セルド先生は質問した生徒へ向き直った。
「本人の記録だけで決めないために、学園の記録と照合します。違いがあれば、違いを消さずに奉告します」
ローディが小声で言う。
「盾を持っただけでは決まらんらしい」
「よかったね。置いてきても授業を受けられるよ」
カシアに返され、ローディは「そこを心配したんじゃない」と灰色の布を見た。
セルド先生は7柱の名が書かれた紙と、希望を書くための無地の紙を配った。
今から行うのは奉告先の決定ではなく、自分の記録がどの領分と重なるかの確認だった。
1つの行動を複数の紙へ置いてもよく、空欄があってもよい。
エリオットは最初に赤い紙を取ったが、勝った数を書くのかと迷っていた。
「勝敗なら数えられる。でも、それだけでいいのかな」
「勝った時に何をしたかは?」
カシアが聞く。
「相手の癖を見て、次は同じ入り方をしなかった」
「それなら行動でしょう」
「負けた時も書く?」
「変えたなら、そっちも」
エリオットは少し考え、剣の訓練を続け、相手に合わせて同じ攻撃を繰り返さなかったことを書く。
その下には、有効打を取れる場面でも実習の停止条件を優先した記録を加え、同じ行を灰色の紙にも写した。
「赤い紙なのに、止まったことを書くんだね」
「止まれない剣を続けたいわけじゃないから」
エリオットはそう答え、二枚の紙の同じ行へ印をつけた。
ルシアスは青い紙へ、通常より大きい風を出せると書いた。
先生が能力と行動を分けるよう告げると、その行を消し、必要量を超えた風を出したあと停止担当の合図で中止し、次から上限を先に決めたと書き直した。
「失敗から始まってるぞ」
ローディが言うと、ルシアスは筆を止めずに答えた。
「その方が、続きを書けるから」
「最初から上限を決めた、とだけ書けば短いだろう」
「それだと、どうして決めたか消えるよ」
「長くなるぞ」
「奉告される神様には我慢してもらう」
ノエラが隣から紙を見た。
「停止担当が誰だったかも必要です」
「もっと長くなった」
「ローディが話しかけるからでしょう」
「俺のせいか?」
ルシアスは笑いながら、停止を告げた者の名を書き足した。
ローディは灰色の紙に、盾で後方を残したことを書き、白い紙には荷を運ぶ際に帰り道の幅を空けたことを置いた。
盾を持つから守護神と決めるのではなく、自分が何を残そうとしたかで分けている。
ノエラは藍色の紙へ、古い言葉を推測で埋めなかったこと、確認した者と決めた者を分けたことを書いた。
写した紙の枚数は数えず、元の記録がないため正しく写せたとも書かなかった。
アステラは黄色と藍色の紙を並べ、条件を先に分けた記録と、確認事実と推測を分けた記録を置いた。
レイナは緑の紙へ、治癒の回数ではなく、治癒前に呼吸と出血を確認し、安定化と搬送可否を分けたことを書いている。
カシアは白い紙に、移動する人数を分け、遅れた者へ戻ったことを書いた。
そのうち1つを緑の紙へも写したが、負傷を治したのはレイナで、自分はそこへ行っただけだと迷う。
「行かなければ、治療できなかったよ」
レイナが言う。
「でも、できることは違う」
「違っても、同じ記録には入る」
カシアは2枚を重ねず、机の上へ並べたままにした。
俺も赤い紙へ、剣、格闘、回避、魔法を分けて反復し、相手と条件で使う手段を変えたことを書く。
灰色には危険が増えた時に中止した記録、青には水と風の量と距離を目的ごとに変えた記録を置いた。
黄色には地図、証言、痕跡を分けたこと、白には進む道と戻る道を分けたこと、藍には見た者、決めた者、動いた者を分け、失敗と未確認を消さなかったことを書く。
緑の紙だけが残った。
治癒魔法は使えない。
それでも負傷者の呼吸を確認し、止血を手伝い、追うより戻ることを選んだ記録はある。
それを生命、守護、旅のどこへ置くか決められず、俺は空欄のまま残した。
6枚のどれも嘘ではないが、1つだけを選べば残りが消える。
「レオンは、どれを続けたいの?」
アステラが聞く。
「全部」
「一番ではなく?」
「一番を決めたら、使わなくなるものがあるのか」
「そうは言っていないわ。希望を書くなら、何を望むかということ」
答えてから、それでは選んだことにならないと気づいた。
剣だけでも、魔法だけでもなく、道と記録は戦闘の外でも使う。
エリオットが赤い紙の端を指で押さえた。
「僕は剣を続けたい。でも、止まる判断を捨てたいわけじゃないよ」
「俺も盾を選んだからって、荷運びをやめる気はないぞ」
「ローディは盾を置いても荷運びしてね」
カシアに言われ、ローディが顔をしかめる。アステラはもう一度聞いた。
「祝福を得るためなら?」
「祝福に合わせて、続けるものを減らすのは違うと思う」
「なら、それが希望欄へ書ける答えね」
アステラは無地の紙を指した。
俺は『希望する力を先に決めず、今まで続けた行動をそのまま奉告したい』と書いたが、これが希望になるのか分からなかった。
セルド先生は7枚を順に読み、無地の紙を最後に見た。
「奉告先を自分で1つに決められません」
「決める必要はありません。希望欄は空欄でも受理します」
「数が多い領分や、一番長く続けたものへ決まりますか」
「数や期間だけでは決めません。技能Lvだけでもありません。重なる記録は重なるまま整理し、神殿へ奉告します」
「最終的な奉告先は?」
「神が応じるまでは決まっていません」
神殿職員は、過去に複数の祭壇が一時的に反応した例はあるが、祝福として定着するのは原則1柱だと説明した。
どの祭壇も反応しない場合や、反応しても祝福が現れない場合もあり、それを神殿が失敗とは記録しない。
授業の最後に、全員が7枚を提出した。
エリオットは無地の紙へ武神ヴァルガと書き、相手と向き合って勝つ剣を続けたいと話した。
ルシアスは魔導神エルミナ、ローディは守護神バルネスの名を入れたが、理由は魔力量や盾という道具だけではなかった。
俺は無地の紙を封筒へ入れなかった。6枚に行動があり、1枚は空欄のまま残る。
「本当に入れないの?」
エリオットが自分の封筒を閉じながら聞いた。
「希望を書けば、どれかを先に選んだことになる」
「『選ばない』って書いた紙も、希望じゃない?」
「先生は空欄でも受理すると言った」
ノエラが俺の封筒と手元の紙を見比べる。
「入れなかった事実は残りますか」
「提出時の確認票には残す」
「なら、何も選ばなかったことも消えません」
アステラは自分の封を押さえながら言った。
「あとで決められなかったことを悔やんでも、今日決めたことには書き換えられないわよ」
「分かってる」
「それなら出しましょう」
帰りの廊下では、7色の布が窓から入る風に揺れていた。
決められない欄を埋めないまま、俺の記録は神殿へ進んだ。
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