奉告される記録
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それでは、どうぞお楽しみください。
目を覚ますと、棚の上に予定表が置かれていた。
昨夜はなかった7人の字が増え、俺が決める欄だけが空いている。
『本人の再確認後――見学を続けるか、休むか』
右足首をゆっくり曲げる。痛みはないが、右は左より少し遅れた。
前なら動ける範囲を増やしたと思う。
だが表には、俺がいなくても剣、魔力、盾、記録の確認を進める方法が残されている。
俺は空欄へ『再診後、座学のみ。午後は休む』と書いた。
筆を置くと、隣の寝台からエリオットが顔を出した。
「起きてすぐ決めたの?」
「左右を5回ずつ動かしてからだ」
「なら、レイナには10回って伝えるね」
「左右差を見るためだから、5回だ」
向かいの寝台でローディが笑った。
ルシアスは枕へ顔を埋めたまま、片手を上げる。
「僕は、起きた人を3人と数える」
「お前は起きてないのか」
「返事ができる程度には起きてるよ」
予定表には4人分の朝食時刻があった。
俺は3人を起こす時刻を書き足さず、自分の欄だけを埋めて表を棚へ戻した。
食堂の窓際には、昨日と同じ8人分の椅子があった。
俺の右側は広く空けられ、足を載せる低い台も置かれている。
「午後は休むのね」
アステラが予定表を読み、レイナは俺の返事より先に右足と椅子の位置を確かめた。
「再診結果が変われば、午前も変えるよ」
「分かってる」
「分かっている人は、台を勝手にどかさないでね」
「まだ触ってない」
「見ていたでしょう」
アステラに言われ、俺は台から手を離した。
エリオットが向かいから身を乗り出す。
「午後に確認したことは、戻ったら僕が話すよ」
「剣の記録は手順と結果を分けろ」
「休む前から注文するの?」
「任せるために必要だ」
「なら、任された方で決めるところも残して」
返す言葉を探している間に、レイナが台を俺の足の下へ戻した。
朝食の途中、食堂の入口で職員が鐘を2回鳴らした。
基礎課程1年の第2座学を大講義室へ変更し、奉告式の説明を行うという。
持参するのは筆記具と、入学後に自分で残した記録だった。
「奉告式って、神殿へ記録を出す式だよね」
ルシアスがパンを持ったまま聞くと、アステラが名前だけは知っていると答えた。
ローディは盾も必要かと尋ね、カシアに「神殿で何と戦うの」と返されている。
ノエラはもう鞄の中の紙を数えていた。
俺も授業記録、野外基礎の共有票、事件記録の写し、予定帳を思い浮かべる。
だが全部を持てば、松葉杖より重くなる。
「共有記録は学園側にもあるわ。まず説明を聞いてから選びましょう」
アステラの言葉に、俺は鞄へ伸ばしかけた手を止めた。
「でも、自分で残した記録って言ってたよ」
エリオットが首を傾げる。
「共有票にも本人の記入欄はあるわ」
「じゃあ、僕は剣の記録と停止票かな」
「俺は盾の傷も持っていくか?」
「盾そのものは筆記具じゃないでしょう」
ローディの問いにノエラが答え、カシアが笑った。
「持っていく紙を決めるだけで、もう荷物が増えそうだね」
「だから説明が先だ」
俺が言うと、アステラは「今の判断は早くて助かるわ」と鞄の蓋を閉じた。
大講義室の壇上には、担任のセルド・アレン先生と学園の記録担当者、白い法衣の神殿職員が立っていた。
全員が座ると、セルド先生は黒板へ『奉告』と『祝福』の2つを書いた。
「奉告は、欲しい力を願う手続きではありません」
「学園で確認された行動と、本人が残した記録を神殿へ納め、何を学び、選び、積み重ねたかを告げます」
先生が2つ目の言葉を指した。
記録へ神が応じた場合には祝福が現れることがある。
だが必ずではなく、得ない者も珍しくない。
成績や通常Lv、式を受けた回数だけで決まるものでもないという。
神殿職員は見本の用紙を広げた。
「祝福は、何もしてこなかった者へ突然すべてを与える力ではありません」
「続けてきた行いを、特定の条件で強めます」
「現れた場合も、名称だけで効果を決めず、条件、及ぶ範囲、及ばない範囲を確認します」
配布された用紙には、4つの欄があった。
『継続して行ったこと』『達成したこと』『失敗・中止・変更』『他者の判断を受けて変えたこと』。
失敗を出せば不利になるのではないかと、前の席から声が上がる。
「失敗ばかり書いたら、それしかしていないように見えませんか」
別の生徒も続けた。
神殿職員は、見本の4つの欄を順に指した。
「失敗した事実と、その後に何を選んだかは別々に書けます」
「成功だけを書けば、変えた理由が消えることもあります」
「では、書かない方が有利になることは?」
「奉告は競争ではありません」
セルド先生が答えた。
「不利に見えるから消した記録では、本人の行動を正しく奉告できません」
セルド先生は、事実を変えて書かないよう告げた。
止められなかった者が止めたと書かず、1人で決めたことを全員で決めたと書かない。
失敗のあとで方法を変えたなら、最初の失敗だけで終わらせない。
誰かの判断を使ったなら、その名も消してはいけない。
俺は個人記録を開いた。
最初に出てきたのは、野外基礎で俺の指示を待たせ、3人の動きを止めた記録だった。
次の紙には、俺が入口の外にいる間に3人が箱を運び終えたことが残っている。
その次には4人が配置を変え、俺が戻ったあとも変更を使ったことが書かれていた。
成功だけを抜けば紙は減る。失敗だけを抜いても減る。
だが、どちらにも収まらない行が多かった。
エリオットが道を変え、ルシアスが風を止め、ローディが盾を2回鳴らした。
アステラが退路を移し、カシアが人数を分けた。
レイナが俺を搬送対象にし、ノエラが読めない言葉を未確認へ戻している。
「先生。同じ名前が何度も入る場合は、まとめてもいいですか」
「同じ判断ですか」
「違います。俺がしたことより、ほかの人の名前が多くなる記録もあります」
後ろからローディの声が飛んだ。
「俺の名前なら、少しくらい減らしても構わんぞ」
「減らす基準がない」
「冗談だ。真面目に数えるな」
ルシアスが紙を覗き込み、小声で言う。
「でも、名前が多いとレオンの記録じゃなく見える、ってこと?」
「誰の判断で動いたかを書けば、そうなる」
「動くと決めたのはレオンでしょう」
ノエラの言葉に、俺は同じ行を見直した。
セルド先生は俺の紙を取り上げず、黒板の『他者』に線を引いた。
「助けを受けたあと、同じ方法を使ったのか、変えたのか、拒んだのか」
「次は自分が先に動いたのか。それも本人の行動です」
「名前を消せば、あなたが何を選んだかまで消える場合があります」
俺は7人の名前が並ぶ紙へ目を戻した。
誰かが決めたことをそのまま使った時もあれば、別の条件へ変えた時もある。
自分の成功だけを残そうとすれば、その違いはなくなった。
「提出する記録を、今日うまく見える形へ書き直してはいけません」
「学園の授業記録、担当教員の確認、班と個人の記録を照合します」
「足りない箇所は、足りないと残してください」
ノエラは『未確認を埋めない』と書いた。
ルシアスが神はどうやって記録を読むのかと尋ね、アステラが説明されていない部分は未確認だと返す。
ローディが「神様にも話が長いと思われるぞ」と言ったところで、セルド先生がこちらを見た。
奉告記録の締め切りは5日後だった。
学園が照合した記録を封じて神殿へ運び、式の日は学園章を左胸につける。
負傷や体調不良があれば延期でき、延期による不利はない。
「記録を増やすために無理をする必要もありません」
「奉告日までの行動だけが、その者のすべてになるわけではないからです」
神殿職員がそう言うと、レイナが俺を見た。
「分かってる」
「まだ何も聞いてないよ」
「先に言う必要があると思った」
エリオットが振り返り、ローディが声を抑えて笑う。
レイナは予定表の午後へ丸をつけたが、奉告用の記録にはまだ書かなかった。
説明のあと、1人に1つずつ薄い封筒が配られた。
俺は紙を4欄へ分けようとした。
だが、箱を運べた記録は達成であり、途中の配置変更でもある。
その変更を決めたのは俺ではない。
「出来事ごとに時系列で並べて、欄はあとでつけた方がいいわ」
アステラが言い、ノエラが紙の端を揃えた。
同じ記録を別々に写せば、違う行動に見えるかもしれない。
俺は分けかけた紙を元へ戻した。
「この出来事は、達成と変更の両方でいいのか」
「欄が出来事を1つに決めるためのものとは言われていないわ」
アステラが答える。
「同じ紙を二度入れるのは?」
「封筒の中で増えたら怖いよ」
カシアが言い、ノエラは真顔のまま首を横に振った。
「参照先を書きましょう。『変更欄の三行目と同一』なら、別の出来事には見えません」
「それを使う」
「レオン、今のはノエラの方法だから名前を入れないとね」
エリオットに言われ、俺は余白へノエラの名を書き足した。
最初の紙より、あとの紙ほど多くの名前が残っている。
それは俺1人でできることが減った記録ではない。
誰が何を見て、どこを決めたかまで残せるようになった記録だった。
講義室を出る前、セルド先生は最後に告げた。
祝福が現れても失敗は消えず、現れなくても達成したことは消えない。
俺は封筒を鞄の一番上へ入れた。
午後は休む。
剣の確認はエリオットが行い、細い風はルシアスが試す。
盾の持ち手交換は延期され、ノエラは古い記録の写しを作る。
「戻ったら、全部聞く」
講義室の扉の前で俺が言うと、レイナが眉を上げた。
「休んだあとにね」
「結果だけなら短い」
「結果だけでいいなら、予定表に書くよ」
エリオットが封筒を持ち上げる。
「どこで迷ったかも聞く」
「それなら長くなるね」
「だから、起きてからにしろと言ってるの」
レイナに押し切られ、俺は先に寮へ戻る時刻だけを決めた。
俺がいない場所で進む予定も、何もしなかった時間にはならない。
休むと決め、任せた結果を受け取った時間として残るかもしれない。
封筒には、俺の字より先に7人の名前が並んでいた。
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