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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第八章 ひとりではない学び
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本人のいない答え

ご覧いただきありがとうございます!

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それでは、どうぞお楽しみください。

夕食後、寮の談話室には7人が残っていた。


窓際の長い卓に、昼間作った予定表が広げられている。


端にはアステラが留めた金具、裏の未確認事項にはノエラが挟んだ細い紙片がついたままだった。


8人分の名前が並ぶ表のうち、レオンの席だけが空いている。


「本当に来ないんだね」


ルシアスが廊下の方を見た。


「来させなかったの」


レイナが答える。


「午後の見学で足首の左右差が少し増えた。痛みはないって言ったけど、治療担当の条件は痛みだけじゃないから」


「本人は?」


エリオットが聞く。


「部屋。夕食は食べた。足を上げて、今は寝てると思う」


「思う?」


「横になるところまでは見た。でも、帳面を持とうとしたから預かってきた」


レイナは卓の端へ、見慣れた予定帳を置いた。


ローディが笑う。


「寝るのにも帳面がいるのか、あいつは」


「寝た時刻を書くつもりだったんじゃない?」


ノエラが言った。


「起きた時刻と比べるために」


「ありそう」


ルシアスが(うなず)く。


エリオットは予定帳を開かなかった。


「勝手に見ると怒るよ」


「濡れた時は開いていいって言ってた」


カシアが言う。


「それは乾かすため。今日は濡れてない」


7人の手が帳面から離れた。


卓の中央には、昼のあとで増えた書き込みがある。


エリオットが訓練区画を変更し、アステラが資料室の時刻を足し、ノエラが持ってくる記録を2冊にした。


レイナはレオンの再診日へ丸をつけていた。


レオンがいない間にも、予定表は変わっている。


アステラが新しい紙を1枚出した。


「今日の確認で、カレン先生から修正が2つあったわ」


「中止のあと、全員が同じ場所へ戻る必要はない」


ローディが先に言う。


「もう1つは、再開できない場合の終了条件」


「分かってるなら書いて」


アステラが筆を渡す。


ローディは自分の名前の横ではなく、表の下へ書いた。


『中止理由が解消しない場合、担当範囲の者が終了を伝える。全体の終了は教員または全体を確認できる者へ共有』


書き終えてから、空いている席を見る。


「これ、レオンならもっと短くできるか?」


「短くはすると思う」


アステラは文を読んだ。


「でも、今はいない。意味は通るから、このままでいいわ」


ローディは消さなかった。


少しの間、紙を擦る音だけが続いた。


最初に口を開いたのはノエラだった。


「レオンって、前からああなの?」


「どのあたり?」


エリオットが聞く。


「全部できるのに、全部やろうとするところ。助けられた時も、次に自分が何を返すかを先に考えるところ」


「前から」


エリオットとカシアの返事が重なった。


2人は顔を見合わせる。


「僕が先に会った」


「知ってる期間なら私も同じくらい」


「回数は僕の方が多い」


「怪我を見た回数なら私」


「それは競うところじゃないよ」


ルシアスが言った。


エリオットは椅子の背へ寄りかかった。


「最初に剣を合わせた時から、負けたところをその日のうちに減らそうとしてた。次に会うと、本当に減ってる。代わりに、別の動きを3つ増やしてくる」


「増やしすぎて倒れたこともある」


カシアが続ける。


「倒れる前に止めた」


「止められた、でしょ」


「本人がいないのに言い直すの?」


「いないから、事実と違う言い方を残さないの」


アステラがカシアの言葉へ小さく頷いた。


「レオンは、できなかったことをそのままにはしない。それ自体は長所だと思う。でも、できなかった理由を全部自分の不足へ戻す傾向があるわ」


「道が塞がれても、自分が早く見つければよかったって考える」


エリオットが言う。


「風が変わっても、自分が先に読めればよかったって」


ルシアスが足した。


「盾の革(ひも)が切れても、自分が予備を持てばよかったって言いそうだな」


ローディは右手の革紐を持ち上げた。


「実際、予備を何本持つか聞かれた」


「何本って答えたの?」


「1本。あいつは3本って書こうとした」


「どうして3本?」


ノエラが聞く。


「俺の分、班の分、予備の予備」


誰も驚かなかった。


レイナはレオンの予定帳の上へ手を置いた。


「怪我をしても同じ。動けるなら動く。痛みに耐えられるなら続ける。自分が止まることで誰かの負担が増えると思ってる」


「昨日は、増えなかった」


カシアが言った。


「持ち手が変わっただけ」


「でも、本人には同じに見えてなかったんだろうね」


ルシアスが水杯を両手で回した。


「運ばれてる間も、誰をどこへ置くか言おうとしてた」


「3回目でやめた」


エリオットが言う。


「遅いけど、前なら最後まで言ってた」


「前を知らないから、違いが分からない」


ノエラは予定表のレオンの行を見る。


「私が知ってるレオンは、知らない言葉を勝手に埋めなかった。同じ記録を先に読むって言ったら、それでいいって答えた」


「私の判断も変えなかったわ」


アステラが言う。


「自分の案と違っても、担当範囲の理由があれば使った。最初からできたわけではないけれど」


「僕の風も足さなかった」


ルシアスの指が止まる。


「大きい風を1回使ったあと、レオンなら小さい風で補えた。でも、僕が止めた理由を聞いて、そのままにした」


ローディは革紐を卓へ置いた。


「俺が盾を2回鳴らした時も、続けろとは言わなかった」


「言えなかったんじゃなくて?」


レイナが聞く。


「聞こえる位置にはいた」


「なら、言わなかったんだね」


レオンが何をしたかではなく、何をしなかったかが卓へ並んだ。


先に答えなかった。


仲間の判断を変えなかった。


使える魔法を足さなかった。


歩けると言い続けなかった。


どれも事件記録では短い行だった。


「それって、レオンにとっては難しいことなの?」


ノエラが尋ねた。


「難しい」


今度は全員の返事が重なった。


ローディが一番大きく笑った。


「そこは同じなんだな」


「同じ答えになった理由は違うと思う」


アステラが言う。


「私は、判断できるのに待つことが難しいと思ったから」


「僕は、勝てるのに勝たない剣みたいなものだと思う」


エリオット。


「僕は、魔力が残っていても止める方」


ルシアス。


「俺は、持てる荷を置く方だな」


ローディ。


「私は、動ける人を搬送対象にする方」


レイナ。


「私は、人数を数え終わっても、次の順番を自分だけで決めないこと」


カシア。


ノエラは少し考えた。


「私は、読めそうな古い言葉を未確認へ戻すこと」


7人の答えは同じではなかった。


それでも、指しているものは1つだった。


できることを使わないのは、何もしないことではない。


別の結果が入る場所を残すことだった。


エリオットが空いている席の背へ手を置く。


「でも、あいつはまだ勘違いしてる」


「何を?」


「僕たちが一緒にいる理由」


誰もすぐには聞き返さなかった。


エリオットは窓際の席を見たまま続ける。


「剣の相手になるから。全体を見られるから。危ない時に助けられるから。そういう理由を数えてる」


「実際、助かってる」


ローディが言う。


「それはそう。でも、それだけなら怪我が治るまで予定表から外せばいい」


予定表にはレオンの名前が残っている。


走れない3日間にも、見学、記録、食事、資料室での確認がある。


脚の再確認後に変更する欄も、消されていない。


カシアが空席の前へ置かれた水杯を見た。


「レオンは、役に立つことと、いてほしいことをまだ分けられてないんだと思う」


「昨日、少しは分かったんじゃない?」


ルシアスが言う。


「食事を残した理由、最後まで聞かなかったから」


「聞かなかっただけで、理解したとは限らない」


アステラは予定表の端を(そろ)えた。


「でも、答えを先に書いて渡す必要もないわ」


「書いたら、また覚える項目にする」


ローディが言う。


「『友人が自分と食事を取る条件』とか作りそう」


「42個」


エリオットが返す。


「7つへ減らすのに、また昼休みを使うことになるね」


ルシアスが笑った。


レイナだけは笑わず、予定帳を軽く叩いた。


「言葉で分からないなら、身体で覚えるまで繰り返せばいい」


「治療担当が怖い言い方をしてる」


「そういう意味じゃない。休んでも席が残る。できない日は誰かが持つ。戻った時は、また本人の範囲を返す。それを何度でも同じにするの」


カシアが頷く。


「レオンが覚えるまで?」


「覚えたあとも」


その答えに、アステラが予定表を開き直した。


「では、明日の変更を決めましょう。レオンは朝の走行なし。治療室のあと、授業は座学だけ。昼の記録確認は、脚の状態で場所を変える」


「剣の確認は僕が1人でやる」


エリオットが言う。


「レオンには道幅だけ見てもらう。来られなければ、僕が測って結果を残す」


「魔力は僕も細くする方だけ」


ルシアス。


「盾の持ち手交換は延期。足元を見る人がいないと危ない」


ローディ。


「古い記録は部屋でも読めるよう、写しを作る」


ノエラ。


「再診の結果を私が確認する」


レイナ。


「昼に移動できないなら、食事と紙を持っていく」


カシア。


アステラは全員の言葉を短くして表へ書いた。


レオンがいないまま、レオンの明日の予定が決まっていく。


けれど、代わりに決めているわけではない。


走行禁止は治療担当の範囲。剣はエリオット。魔力はルシアス。盾はローディ。


記録はノエラ。身体はレイナ。移動する人数と場所はカシア。


アステラは現在の紙へまとめる。


レオンが決める欄は空けてある。


『本人の再確認後――見学を続けるか、休むか』


「ここは埋めないの?」


エリオットが聞く。


「本人が決める範囲よ」


「無理でも見学するって言ったら?」


「中止は誰でも出せる」


レイナが答えた。


「でも、最初の答えまで取らない」


紙は完成しなかった。


レオンの返事を待つ空欄が1つ残った。


アステラは予定表を折らず、記録板へ留め直す。


ノエラが裏の未確認事項を重ね、ローディが金具の緩みを確かめた。


「誰が持っていく?」


ルシアスが聞く。


「俺」


エリオットが立つ。


レイナも予定帳を持った。


「起きてたら、紙だけ見せる。話は明日の朝」


「寝てたら?」


「起こさない」


7人は談話室を出た。


男子寮へ戻る3人と、階段の前で別れる4人に分かれる。


アステラたちは女子寮側へ向かい、ノエラが途中で一度振り返った。


「レオンに、何を話してたか聞かれたら?」


「明日の予定」


アステラが答える。


「嘘ではないね」


「ほかの話は?」


カシアは少し考えた。


「本人がいなくてもできる話」


「でも、本人がいなくていい話じゃない」


ルシアスが続けた。


エリオットは記録板を持ち直す。


「それは今、教えなくていい」


部屋へ戻ると、レオンは寝台で眠っていた。


右脚は枕の上に置かれ、薄い布の下から足先だけが見える。


机には水杯があり、減った量を示す線が引かれていた。


ローディが音を立てないよう盾を壁へ置く。


ルシアスは窓の留め具を確かめ、夜風が入らない幅まで閉じた。


エリオットは予定表を机へ置こうとして、手を止める。


そこには水杯がある。寝返りで手が当たれば、また紙が濡れる。


3人で周りを見る。


ローディが棚の上を空け、ルシアスが本を2冊どけた。


エリオットは予定表を折らずに載せる。


レイナから預かった予定帳は、その横へ閉じたまま置いた。


明日の欄は、まだ空いている。


レオンが起きれば、予定表には7人の字が増えている。


自分のいない間に決まったことと、自分に残された空欄を見る。


その時、また役割を数えるかもしれない。


誰が何をしたか、何を返すべきか、次に自分がどこまでできるようになるか。


けれど、今夜の話はどの欄にも書かれていない。


役に立つから席を残したのではない。


答えが必要だから待つのでもない。


一緒に学びたいから、明日の紙にも名前がある。


眠っているレオンは知らない。


知らないままでも、8人目の場所は空けてあった。

お読みいただきありがとうございました!

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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