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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第八章 ひとりではない学び
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残っていた明日

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

治療室の窓から、南門の上だけが見えた。


救護馬車で着いてから、外の明るさは半分ほどになっている。


校外実習へ出た時より空は赤く、南東に残っていた煙も、窓からはもう見えなかった。


俺の右足首には厚い布と薄い板が巻かれている。


膝の外側には冷やした布が置かれ、寝台の横には水と、咳の回数を書く紙があった。


治療担当の教員は、俺の足先を押してから言った。


「骨折も、靱帯(じんたい)の完全断裂もない。右膝は強い打撲。右足首は外側の靱帯を一部傷めている。軽い捻挫ではない」


「何日で走れますか」


「通常なら、走るまで数週間を見る」


「数週間」


「今夜の回復次第で変わる。だが、早く治ることと、途中で使ってよいことは別だ。今夜は固定し、明日の朝に腫れと可動域を再確認する」


レイナと同じ答えだった。


「煙を吸った影響もある。今夜は右脚へ体重をかけない。階段は使わない。咳が増える、胸が痛む、息が浅くなる。そのどれかがあればすぐ呼ぶこと」


「分かりました」


教員は固定を巻く前に、足首へ両手を添えた。


淡い光と熱が、腫れの奥へゆっくり入る。


「治癒魔法は損傷を消すためではなく、今夜の修復を助けるために使う。痛みが減っても、靱帯へ体重をかけないこと」


「分かりました」


「分かった者は、固定を外そうとしない」


教員は俺の右手を見た。


留め具へ触れる前だった。


俺は手を膝の上へ戻した。


向かいの寝台には、右(すね)を負傷した生徒がいる。


治癒魔法で出血は止まり、固定も終わっていたが、今夜は治療室に残ることになった。


眠ってはいない。天井を見ながら、ときどき足先を動かしている。


「ほかの15人は?」


俺は聞いた。


「点呼と初回報告を終えた。負傷者は2人。欠員なし。火は教員と外部の消火班が処理中。リッジハウンドは1体を区画外へ追い、もう1体は所在確認を継続している」


「未確認なら、最後に見た位置と――」


「報告は受け取っている」


教員は咳の紙へ時刻を書いた。


「未確認を残したことも含めて、教員側の仕事になった。君がここから追加する必要はない」


必要がない。


その言葉は、実習中に答えを呼ばれなかった時と同じ形をしていた。


俺がいなくても、入口は維持された。左道は確かめられ、15人は水場まで出た。


未確認の魔物と火は教員へ渡り、報告も終わっている。


俺が治療室にいる間も、紙は進んだ。


「夕食はここで取りますか」


「歩行は禁止だが、食堂への移動は許可できる。補助員が車椅子を押す。食後は寮の1階に用意した部屋で休むこと。明朝、また治療室へ来なさい」


「自分で動かせます」


「腕で車輪を回せることと、咳を増やさず移動できることは別だ」


教員は扉の外を見た。


「それに、もう迎えが来ている」


扉が開く。


エリオットが車椅子の後ろに立っていた。


「遅い」


「今、確認が終わった」


「僕たちはもっと前に終わった」


「なら先に食べればよかった」


「その話は食堂で聞く」


エリオットは寝台の横へ車椅子を寄せた。補助員も一緒にいる。


俺が左脚だけで移ろうとすると、補助員が右脚の板を支え、エリオットが背もたれを押さえた。


「腕は使わなくていい」


「座る時くらい使える」


「使えるのは見れば分かる。でも、今は俺が押さえる」


エリオットは、今日の剣を使った時より短く言った。


車椅子へ移る。右脚は前へ伸ばしたまま、足置きの上に固定された。


補助員が咳の紙と水袋を背の袋へ入れる。


エリオットの左手には、俺の予定帳があった。


表紙の下側が濡れ、角へ乾いた泥がついている。


「どこにあった」


「搬送布を畳んだら、下から出てきた。落としただろ」


受け取って開く。何枚かは水分を含んで波打ち、煙と土の匂いが残っていた。


文字は(にじ)んでいない。


最後に書いたのは、郊外実習へ出る前の持ち物と集合時刻だった。


その次の頁は空いている。


「乾かそうとしたけど、勝手に開くと怒るかと思って、そのままにした」


「開いていい。濡れた頁は重ねない方がいい」


「じゃあ、食堂で立てる」


エリオットは帳面を俺の膝へ置き、車椅子を押した。


廊下を曲がる時、俺は右の車輪へ手を伸ばした。


「曲がる方向は見えている」


「知ってる」


「なら、俺が――」


「押す役を取るなよ」


手を戻す。


エリオットはいつもの速さではなく、床の継ぎ目ごとに車輪を少し斜めへ入れた。


右脚へ振動が伝わらない。


治療室から食堂までは、東棟の渡り廊下を通れば階段がない。


遠回りになるが、エリオットは近い方角を見なかった。


「食事は残っているのか」


「ある」


「この時間なら片づけが始まってる」


「だから残した」


それ以上は説明しなかった。


食堂の窓際には、5つの席があった。


4人用の卓へ足した椅子は、脚の下に折った紙片が挟まったままだ。


誰も座っていない。


俺の席だった。


卓にはエリオット、ルシアス、ローディ、アステラがいる。


4人とも食事を半分ほど終えていた。


俺の席の前には伏せた椀が置かれ、その横に布をかけた皿がある。


「来た」


ルシアスが言った。


「咳は?」


「治療室を出てからは出ていない」


「なら、温かい方でいいね」


ルシアスは伏せていた椀を起こした。中には湯気の残るスープがある。


冷えないよう、大きな椀へ湯を張り、その中に食事用の椀を置いていた。


ローディが皿の布を外す。パンと、薄く切った肉と、火を通した根菜だった。


「硬い方のパンはエリオットが食った」


「喉に引っかかるかもしれないからだよ」


「俺はどちらでも食べられる」


「今日はこっち」


エリオットは車椅子を脚の高さが違う椅子の横へ入れた。


椅子はどけず、背へ俺の上着を掛ける。


いつもの席は空けたまま、その前へ俺が入った。


アステラの横には、実習の共有票が広げられている。


四隅を小さな杯で押さえ、濡れた面を上へ向けて乾かしていた。


表と裏を分けるため、途中から2枚に切られている。


「紙は残ったのか」


俺は聞いた。


「全部ではないわ」


アステラが杯を1つ動かした。


「煙の中で濡れた部分は、ノエラと読めるうちに別紙へ写した。これは原本。現在の欄と、裏の未確認を分けて乾かしている」


「誰が持って帰った」


「私。途中は補助員。水場からはノエラ」


「左道の記録は?」


「エリオットが地面を確かめた方法、ノエラが古い言葉と分けた範囲、ローディが音で残した位置まで書いた。レイナの状態確認とカシアの人数もある」


「ルシアスの風は?」


「使った場所と、使わなかった場所を分けたよ」


ルシアスが答える。


「大きい風の後に右腕が震えたことも書いた。僕が書く前にレイナが追加したけど」


「レオンの負傷後は、見えた事実だけ」


アステラが紙の端を示した。


『レオン――右脚負傷後、全体位置は未確認。次の一歩、煙、地面、見えた範囲を共有』


俺が全体をつなげられなかった時間が、空欄ではなく残っている。


その下には、ほかの名前が続いていた。


「報告は終わったのに、なぜここへ持ってきた」


「明日、事件記録を作るから」


「教員が作るんじゃないのか」


「教員は教員の記録を作る。私たちは実習記録を提出する」


アステラは紙の横へ、新しい紙を置いた。


上には『明日』とある。


1行目は、朝の治療室。レオン、荷重と呼吸の再確認。


2行目は、午前の記録室。アステラ、ノエラ、カシア、レイナ。


共有票と負傷記録の照合。


3行目は、昼前の教室。エリオット、ルシアス、ローディ。


剣、風、盾の使用箇所と停止条件の確認。


4行目には、全員と書かれていた。


『確認できた事実、判断、結果、未確認を分けて提出』


「俺は治療室だけか」


「朝の確認が終わるまで、それだけ」


アステラが答える。


「治療担当が移動を許可したら記録室。許可しなければ、私たちがここか寮へ聞きに行く」


「全体の記録は、俺がいた方が早い」


「いた方が増える事実はあるわ」


「でも、いなくても作れる」


俺が言うと、4人はすぐには返さなかった。


食堂の片づけを知らせる小さな鐘が鳴る。


別の卓から生徒が立ち、盆を返却口へ運び始めた。


ローディは残っていたパンを半分に割った。


「作れる」


片方を自分の皿へ置き、もう片方を俺の前へ置く。


「今日の最初の報告も作った。お前が治療室にいる間に、紙も乾かした。明日の分担も決めた」


「なら――」


「でも、お前が見たところは俺たちには書けない」


エリオットが言った。


「魔物が何歩先だったかだけじゃない。全体が分からなくなった時、何を分からないって言ったかもだ」


「それがなくても、提出はできる」


「提出できるかどうかの話じゃないよ」


ルシアスは空になった水杯を回した。


「明日の記録に、レオンの欄がある。それだけ」


役割が足りないから呼ばれるのではない。


俺にしかできない答えが必要だからでもない。


全員の欄の中に、俺の欄が残っている。


アステラは明日の紙を俺へ寄せた。


「予定に変更はある?」


いつもなら、記録室へ行く前に共有票の順番を決める。


先に全員の証言を集め、時間と位置を並べ、衝突した箇所を確認する。


朝の治療室を最短で終える方法も考えられる。


だが、荷重と呼吸を決めるのは治療担当だ。記録室へ行けるかは、その後に決まる。


「治療室の結果が出るまでは、ない」


「分かった」


アステラは書き足さなかった。


食堂の入口から、カシア、ノエラ、レイナが来た。3人とも食事は終えている。


ノエラは写し終えた紙束を胸へ抱え、レイナは治療室と同じ咳の記録紙を持っていた。


「食べられてる?」


レイナが俺の椀を見る。


「半分。咳は出ていない」


「胸の痛みは?」


「ない」


「深く吸う確認は食後。今は普通に食べて」


「分かった」


ノエラは乾かしている共有票の裏へ、自分の紙を重ねず並べた。


「古い地図にあった左道の名前、学園の資料室でも確認することになった。明日じゃなくて、実習記録を出した後」


「俺も行く」


「脚の確認が終わってからね」


「資料を見るのに脚は使わない」


「資料室まで行くのに使う」


カシアが俺の予定帳を開き、濡れた頁の間へ乾いた紙片を挟んだ。


「これは今夜、机に立てておく。閉じたら乾かない」


「自分でできる」


「できるね」


カシアは手を止めなかった。


「でも、私が拾ったから、乾かすところまでやる」


「拾ったのはエリオットじゃないのか」


「見つけたのが私。持ってきたのがエリオット」


2人の役割が分かれていた。


帳面の最後の頁まで紙片を挟むと、カシアは俺の前へ戻した。


「明日の予定、書かないの?」


「もう紙にある」


「自分の帳面には?」


空いていた頁を開く。


今朝までなら、走る距離、剣の回数、魔力操作、観察項目を書いた。


その後に授業と、確認する未採用案を並べる。


明日は走らない。右脚を使えるかも、まだ俺の判断では決められない。


俺は最初の行へ『治療室――荷重、呼吸の確認』と書いた。


次の行で手が止まる。


アステラの紙では、記録室と教室に担当が分かれている。


全員が(そろ)う時間は、確認の結果で変わる。


「記録は、俺が行ける場合と行けない場合を――」


「分けなくていい」


ローディが言った。


「来られたら来る。来られなければ聞きに行く。それで決まってる」


「時間は?」


「昼前。俺たちの確認が終わった後」


「場所は?」


「食堂か、寮の1階。レイナが決める」


俺の予定帳へ先に置ける答えは少なかった。


『昼前――記録を合わせる。場所は身体の確認後』


そう書いた。


名前も足す。


エリオット。ルシアス。ローディ。アステラ。カシア。ノエラ。レイナ。


俺を含めて8人だった。


「明日の朝食は?」


俺は聞いた。


「いつもの時間」


エリオットが答える。


「治療室が先なら、戻ってからになる」


「その場合、先に食べていい」


「うん」


エリオットは(うなず)いた。


「でも、お前の分は残す」


理由を聞こうとして、やめた。


必要な人数は、俺がいなくても揃う。


紙も進む。道も決まる。食事も始められる。


それでも、椅子はどけられていなかった。


食事は冷えないように残り、濡れた帳面は拾われ、明日の紙には俺の欄があった。


俺が役に立てない時間と、俺がいなくてよいことは、同じではなかった。


スープを飲む。


煙で傷んだ喉に少し熱かった。咳は出ない。


「明日、俺が記録室へ行けなかったら」


俺は言った。


「見た事実をここで話す」


「聞きに来る」


アステラが答えた。


「右脚は使わない」


レイナ。


「帳面は閉じない」


カシア。


「朝食は残す」


エリオット。


ルシアスが共有票の端へ新しい杯を置き、ローディが濡れた裏面を返す。


明日の紙は、卓の中央に残った。


俺は予定帳を閉じず、その横へ置いた。


食事は残さなかった。水も、治療担当から決められた量を飲んだ。


寮の1階へ戻ってからも、固定具には触れない。


魔力操作も、座ったままできる上半身の訓練もしなかった。


何もしない時間を、以前なら失った訓練時間として数えた。


今は違う。


治療を受ける。食べる。水を飲む。眠る。傷ついた場所を使わない。


治すために必要なものを揃えることも、俺が続ける努力だ。


寝台へ身体を預けると、腫れた足首の奥がゆっくり熱を持った。


さっきまでの痛みとは違う。


傷ついた場所へ、食べたものと休息が集まっていくような熱だった。


超回復(ちょうかいふく)が働いている。


この能力は、動き続けるためのものではない。


休み、治療を受け、身体が修復する時に、その効率を上げる。


だからこそ、動かさない。


治り始めたものを、自分で壊し直さないために、俺は目を閉じた。

お読みいただきありがとうございました!

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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