↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第八章 ひとりではない学び
PR
251/277

次の持ち手

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

レイナは俺の右足首へ触れる前に、カシアへ聞いた。


「ここまで何歩くらい?」


「白布の先から、左足だけで20歩より多い。途中で3回止まった」


「右脚を着いた回数は?」


「分岐の手前で1回。木立では着いてない」


「咳は?」


「連続したのが2回。最後は5回。返事が遅くなってる」


カシアは俺が言わなかった数まで返した。


「今は咳してない」


俺は言う。


「息もできる。右脚を着かなければ進める」


「進めたことと、進ませていいことは別」


レイナは靴の上から外くるぶしの前を指で押した。


鋭い痛みが一点へ集まる。


「ここ?」


「そこ」


「内側は?」


「弱い」


「足の指を動かして」


5本とも動く。


(しび)れは?」


「ない」


「膝を伸ばせる?」


伸ばそうとすると、打った外側が熱を持った。途中で止まるほどではない。


それでも、さっきより曲げ伸ばしが重い。


「伸びる」


「全部は伸びてない」


「痛みは我慢できる」


「我慢できるかは聞いてない」


レイナは俺の右膝と左脚を見比べた。


左脚は立っているだけで細かく震えていた。


気づいて力を入れると、一度は止まる。


だが、カシアから腕を外したままにすると、また膝の上が揺れ始めた。


「左脚も疲れてる。右足首は荷重すると崩れる。腫れも増えてる。咳は煙の外へ出ても続いた」


レイナが立つ。


「自力歩行は中止。搬送する」


「ここから教員までなら――」


「距離で変えない」


レイナはアステラへ向いた。


「現在へ追加。レオン、自力歩行不可。意識と返事あり。右脚荷重不可。煙の外で呼吸を再確認。搬送具が必要」


アステラは紙へ書いた。


「追加した」


「俺は運ぶ必要まではない」


「必要かどうかは私が決める範囲」


レイナは俺を見た。


「痛みに耐えられることは確認した。でも、右脚は支えとして使えていない。煙の中では靱帯(じんたい)の損傷も確定できない。ここでは荷重させない。さっき共有したよね」


負傷状態と搬送可否。


俺が運べるかどうかとは別に、レイナが判断する範囲だった。


「……分かった」


答えた直後、木立の切れ目から青い上着の教員が走ってきた。


後ろには補助員が2人いる。


1人は巻いた灰色の布を肩へ掛け、もう1人は水袋と救助(かばん)を持っていた。


教員は俺たちの前で止まらず、まず担架へ向かった。


「引き継ぎを」


アステラが紙を開く。


「生徒15人。先行6人は水場北の高所。負傷者1人は担架で搬送中。右(すね)切創、骨折疑い。止血、洗浄、固定、治癒魔法による安定化済み。意識と返事あり」


レイナが続ける。


「呼吸は安定。右足先の色と感覚に変化なし。搬送継続可能です」


「他の負傷者」


教員の視線が俺へ移る。


「レオン。右膝の強い打撲、右足首外側靱帯損傷疑い。荷重時に足首の不安定性あり。煙による咳と左脚の疲労も確認。自力歩行中止と判断しました」


「魔物と火は?」


「リッジハウンド2体」


アステラが答える。


「1体は分岐の右道へ離れたのを確認。1体は未確認。南東の火から煙が第2退路と右道へ入っています。私たちの現在位置は水場手前の左道。入口から全員離脱中です」


「後方は?」


カシアが木立を振り返った。


「エリオットとローディが最後尾。今、入口からこちらへ移動中。2人を含めて15人。欠けていません」


教員は紙を受け取らなかった。


内容を聞き終えると、補助員へ短く指示を出す。


「1人は担架を高所へ。1人は負傷者2人の搬送具を準備。私は左道入口まで戻る」


「魔物は僕たちが――」


木立から出てきたエリオットが言いかける。


教員は首を横へ振った。


「ここから先は教員が引き受ける。君とローディは剣と盾を収め、人数へ戻れ」


「でも、1体は未確認です」


「だから私が戻る」


教員はエリオットの返事を待たず、木立へ入った。


腰の笛を2回、長く鳴らす。


北西側の教員が危険対応を引き継いだ合図だった。


遠く、南東から別の笛が返る。


1回、長く。少し間を置いて、もう1回。


火と魔物の側にも教員がいる。


生徒だけで全部を終わらせたわけではない。


俺たちが残した位置と未確認を、次の人が受け取った。


「担架、高所へ動かします」


補助員が4人の持ち手へ声をかける。


「そのまま中央。前側は私が替わる。レイナさんは状態確認を継続して」


「分かりました」


レイナは負傷者の右側へ戻った。


担架が水場の北へ進む。


もう1人の補助員が肩の灰色の布を地面へ広げた。


両側に短い棒が通った折り畳み式の搬送布だった。


担架より幅が狭く、持ち手は前後に2つずつある。


「レオンさんはこれを使います」


「座るだけなら必要ない」


「座って運ぶためのものです」


「俺は左脚で――」


「聞いたよね」


レイナが担架の横から振り返る。


「自力歩行は中止」


「でも、持ち手が4人必要になる。今は先の負傷者を優先した方がいい」


「先の負傷者は補助員と教員側で搬送できる」


カシアが答えた。


「人も足りる」


水場の高所にいる先行6人のうち、歩ける生徒は全員立っている。


木立からはエリオットとローディが戻り、ルシアスも風を止めていた。


アステラは引き継ぎの紙を持ち、ノエラは道の先を見ている。


足りている。


それでも、俺を運ぶために4人を使う必要があるとは思えなかった。


「搬送布なら、前後2人でも持てる」


俺は棒の長さを見る。


「ローディと俺以外の誰かで――」


言ってから、自分を人数へ入れていたことに気づく。


カシアも気づいた。


「レオンは持たない」


「ならローディとエリオット。交代でルシアスを――」


「それを今、あなたが決めるの?」


返せなかった。


カシアは搬送布の左後ろへ立った。


「私はここ」


ローディが右後ろへ入る。


「俺はこっち。盾は背負える」


エリオットが左前の棒を握った。


「前は僕」


ルシアスは右前へ来る前に、自分の両手を見た。


大きな風を使った右腕がまだ少し震えている。


「僕は最初じゃなくて、交代にする」


無理に持たなかった。


先行6人の中にいた生徒が1人、右前へ入る。


「俺が持つ。途中でルシアスと替わる」


「距離は?」


エリオットがノエラへ聞いた。


「高所の待機場所まで19歩くらい。そこから北の作業道へ出れば、学園の救護馬車が来られる」


「19歩は4人で。作業道から先は救護馬車」


カシアが決める。


「持ち上げる前にレイナの確認を待つ」


役割は埋まった。


俺の答えを使わずに。


「座って」


カシアが搬送布を指す。


「自分で座れる」


左脚を曲げようとすると、膝の震えが大きくなった。


身体を下ろす途中で右足首が地面へ近づく。


エリオットが俺の左腕を取った。


「ゆっくり」


「支えなくても――」


「右脚を着くだろ」


ローディが搬送布の右側を押さえる。


カシアは俺の腰を支えた。


3人の手で、俺は灰色の布へ座った。


右脚は前へ伸ばし、足首の下に救助鞄から出した厚布を入れる。


レイナが膝の外側へ触れない位置を確かめ、短い布で脚を搬送具へ緩く留めた。


「固定は移動中の揺れを減らすだけ。強く締めない」


「分かった」


「咳が続いたら右手を2回握って。声が出せなくても止める」


先の負傷者へ渡したのと同じ確認方法だった。


「そこまでは必要ない」


「必要になる前に決める」


俺は右手を開き、2回握った。


「確認した」


レイナは4人の持ち手を見る。


「右脚を水平に。持ち上げる時は後ろを先に上げない。3つ数える」


カシアが俺の後ろで持ち手を握る。


「1、2、3」


身体が地面から離れた。


右脚は揺れない。


4人の歩幅が違うため、最初の1歩で搬送布が少し左へ傾いた。


「左前、半歩小さく」


レイナが言う。


エリオットが歩幅を縮める。


「これで?」


「水平。続けて」


進み始める。


俺は持ち手を見た。


前の2人の肩。後ろのカシアとローディの足音。


誰かが滑る前に言えるように、地面と歩幅を確かめる。


「3歩先、右に石が――」


「見えてる」


エリオットが答えた。


「左へ避ける」


「後ろは合わせる」


ローディが続ける。


俺の指示になる前に、進路が決まる。


搬送布は左へ半歩ずれ、石を避けた。


「次、少し上り」


ノエラが前から伝える。


「右側が高い。左から入ると水平を保てる」


「左から行く」


カシア。


「前、同時に上げない。右前から」


レイナ。


持ち手が順に高さを変える。


俺の身体は傾かない。


「俺なら右から短く上がる」


思わず口にした。


エリオットが前を向いたまま答える。


「知ってる。でも、今は左」


「右の方が2歩少ない」


「その2歩でお前の脚を傾ける。レイナが左って言った」


俺は右の地面を見る。


確かに短い。だが、根が続き、前後の高さが同時に変わる。


「分かった」


左の緩い上りを進む。


4歩多くかかった。


それでも、右脚の位置は変わらなかった。


高所の待機場所では、先行6人が道を空けていた。


担架の負傷者は先に到着し、補助員が呼吸と固定を再確認している。


アステラは青い上着の別の教員へ紙を読み上げていた。


「出発時10人。途中で別班5人を受け入れ、計15人。南側4人は別教員が確保済みと笛で確認。こちらは負傷者2人。欠員なし」


「使用した道は?」


「第1退路は火煙で使用中止。第2退路へ移動後、(くぼ)みに煙が入り、白布の先の分岐から左道へ変更しました。左道入口の溝候補、右道の煙、魔物2体のうち1体の現在位置は未確認として残します」


「判断者は?」


アステラのペンが止まる。


俺の名前を書くのかと思った。


だが、紙に並んだのは1人ではなかった。


「人数と移動順はカシア。負傷状態と搬送可否はレイナ。左道確認はエリオットとノエラ。煙への風はルシアス。入口維持と停止はローディ。現在条件と記録は私。レオンは負傷前まで全体位置と変化を共有し、負傷後は見えた事実を伝えました」


教員は全員の名前を聞いたあと、紙の端へ印をつけた。


「受領した。未確認は教員側で継続する。ここから北の作業道へ移動。負傷者2人は救護馬車。ほかの生徒は補助員の誘導に従う」


引き継ぎが終わった。


アステラの紙から、現在の判断が教員へ移った。


俺たちが入口を守り続ける必要はない。


それでも、搬送布は下ろされなかった。


「一度休めば歩ける」


俺は言った。


「救護馬車までなら平らだ」


「搬送継続」


レイナが答える。


「呼吸も見る。今、胸の痛みは?」


「咳の時だけ」


「深く吸える?」


試すと、途中で咳が出た。


1回。2回。3回。


右手を2回握る前に、4人が止まった。


「合図はまだしてない」


「4回続いた」


カシアが言う。


「止める条件に足りる」


レイナが俺の顔色を見た。


「息を急に吸わないで。鼻から短く、口から長く吐く」


言われた通りにする。


咳が止まるまで、誰も持ち手を下ろさなかった。


「返事できる?」


「できる」


「目眩は?」


「ない」


「胸の痛みは残ってる?」


「弱い」


「移動再開。速さは上げない」


「確認した」


4人が歩き出す。


北の作業道までは、木立の外を回る緩い道だった。


煙は遠くなった。空は見え、学園の外壁も木々の間から少しずつ大きくなる。


安全な場所へ近づくほど、俺を運ぶ理由が減る気がした。


「もう煙はない」


「脚は治ってない」


ローディが後ろから返す。


「咳も減った」


「なくなってない」


エリオット。


「左脚は休めた」


「だから今は震えてないだけ」


カシア。


全部返される。


「4人で運ぶ方が遅い」


「急いでない」


カシアが言った。


「今は時間を競う課題じゃない」


「でも、みんなも疲れてる」


「疲れたら替わる」


右前の生徒が答えた。


ちょうどその時、ルシアスが横へ来る。


「次、僕が持つ」


「腕は?」


「震えは止まった。短い距離なら持てる」


レイナが手を見て、(うなず)いた。


「交代していい。下ろさず、右前だけ」


3人が高さを保ち、生徒とルシアスが持ち手を替わる。


「受け取った」


ルシアスが言う。


搬送布は揺れなかった。


役割を替える時も、俺へ戻さない。


「何か見える?」


ルシアスが俺へ聞いた。


全体の変化を求められたと思い、作業道、救護馬車、人数を探す。


「前に救護馬車が2台。右の車輪の横に――」


「そうじゃなくて」


ルシアスは少し息を切らしながら言った。


「上。空が見えるか聞いた」


見上げる。


木立の枝の間ではなく、広い空があった。


煙は南東へ細く残っているが、頭上には来ていない。


「見える」


「なら、もう煙の中じゃない」


それだけ言って、前を向く。


作業道には、学園章を付けた2台の箱型の救護馬車が待っていた。


前には1頭ずつ馬が繋がれ、御者が手綱を握っている。


先の負傷者は1台目へ移され、レイナと教員が付き添う。


俺の搬送布は2台目の横へ運ばれた。


「ここで下ろす」


カシアが言う。


「3つ数える。1、2、3」


4人が同じ高さで膝を曲げる。


搬送布が馬車の床へ乗った。


教員が固定具を出し、俺の右脚と身体を留める。


「学園の治療室で再確認する。骨の損傷がないと決まるまで右脚は使わないこと」


「分かりました」


答えると、カシアたちは持ち手から手を離した。


指の跡が赤く残っている。


エリオットは剣を提げ直し、ローディは盾の革(ひも)を締め、ルシアスは右腕を振らずに指を開閉した。


「もう行っていい」


俺は言った。


「点呼と報告があるはずだ」


「ある」


アステラが救護馬車の横へ来る。


「だから、全員で戻る」


「俺は馬車で行く」


「知ってる。私たちは歩いて同じ門へ戻る」


ノエラは折り畳んだ古い地図を胸元へしまった。


「紙も持って帰らないと。煙で湿ってるから、乾かしてから裏を読む」


「裏は今じゃなくていい」


「うん。今は帰る方」


救護馬車の扉が閉まる前に、エリオットが床の端を2回叩いた。


「治療室で勝手に立つなよ」


「立てるなら確認を――」


「確認するのはレイナと先生」


ローディが言う。


「お前は確認される側」


「でも――」


カシアが扉へ手をかけた。


「さっき、担架を持ったのはレオンだった」


俺は黙る。


「その次の持ち手が私たちだった。それだけ」


恩を返すと言わなかった。


守ったとも、助けたとも言わない。


順番が変わっただけのように、カシアは扉を閉めた。


御者が手綱を鳴らし、救護馬車が動き出す。


小さな窓から外を見ると、7人はすぐ後ろを歩いていた。


誰も馬車を動かすために歩いているわけではない。


誰も俺へ次の指示を聞かない。


それでも、同じ門へ向かっていた。

お読みいただきありがとうございました!

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面の下(または目次ページなど)にある**【ブックマーク登録】と、【★★★★★評価】**で応援していただけると本当に嬉しいです!


感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。