同じでない答え
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それでは、どうぞお楽しみください。
左足を置いた先で、カシアの肩が半歩だけ前へ動いた。
俺も同じ分だけ進む。
分岐までは、もう近いはずだった。
近いという言葉に歩数を足そうとして、やめた。
煙の向こうに見えるのは、担架の後ろ側と、その左に立つアステラの背中までだ。
「左道の入口、見る!」
エリオットが俺たちの横を抜けた。
剣は抜いている。だが、木立へ入る前に刃を下げ、石突きで地面を叩いた。
1回。
土の詰まった音。
半歩左で、もう1回。
今度は浅く響いた。
「中央は固い。左端は空洞か溝がある!」
「見える?」
アステラが聞く。
「煙で底までは見えない。剣を入れる」
エリオットは返事を待たず、左端の土へ剣先を差し込んだ。
刃の3分の1ほどが抵抗なく沈む。
「左端は使わない。人1人なら中央。担架は右を通す」
俺なら、入口の幅と担架の幅を測る。
右側の根の高さを確かめ、前後の持ち手が同時に通れる線を決める。
そう考えた時、ノエラがエリオットの後ろへしゃがんだ。
「古い地図の左道、途中で水場の細い流れと交わってる」
手にした地図を開かず、折ったまま指で縁をなぞる。
「木立の入口に溝があるなら、古い線と合う。でも、今も水があるとは限らない」
「入口の空洞と、古い地図の水路候補」
アステラが紙へ書く。
「同じものとは確定しない。通らない範囲だけ決める」
答えを1つへまとめなかった。
「ノエラ、入口の先を見られる?」
「中央からなら行ける。戻る合図は肩を2回」
「1人で行かないで」
カシアが言った。
先行6人の中から補助員が1人、ノエラの横へ入る。
「私が後ろを見る。ノエラは地面だけ」
「分かった」
2人は中央を進んだ。
俺は位置を追おうとせず、ノエラの靴だけを見る。右、左。
3歩目で木立の影へ入り、煙に消えた。
「3歩先まで固い!」
声が返る。
「その先、道が2つに見える。右は根が高い。左は低いけど、葉で地面が見えない!」
「古い地図だと?」
「線は1本。分かれ道はない!」
地図が間違っているのか、見えている2本のどちらかが道ではないのか。
俺は戦域把握で木立の向こうをつなごうとした。
ノエラの声。補助員の足音。葉の揺れ。右道の煙。後ろの魔物。
線が重なる前に、カシアが俺の腕を引いた。
「左足」
「分かってる」
「今、止まってた」
俺は足元を見る。
前の土は平らだ。次の1歩を置ける。
「進む」
左足を出した。
その間に、ノエラの声が続く。
「右は道じゃない! 太い根の間だけ土が見えてる。担架は通らない!」
「左の地面は?」
「葉の下に石。動かない。入口から6歩、幅は担架より広い!」
エリオットが木立へ入る。
「僕が左の端を取る。担架は剣より右を通して」
刃で線を引くのではなく、エリオット自身が通らない側へ立った。
「先行6人を左道へ」
カシアが言う。
「2人ずつ。前の2人が木立を抜けるまで、次は入口で待つ。補助員は前後に1人ずつ」
「担架は?」
アステラが聞く。
「先行の4人目が入口から6歩進んだら動かす。歩ける2人は担架の前。レオンは最後の組」
「後ろの2人より前?」
「エリオットとローディは別。あの2人を列の人数へ入れて間隔を決めない」
カシアは、人の並びを俺のように1本の列へ置かなかった。
先へ進む人と、後ろを残す人を別に数えた。
「先行1組、動いて!」
ノエラが入口から呼ぶ。
2人の生徒が木立へ入る。補助員がその後ろへ続く。
担架の前でレイナが負傷者の顔を覗き込んだ。
「返事できる?」
「できる」
「息は?」
「さっきより……少し楽」
「右脚の痛みは?」
「揺れなければ、同じ」
レイナは添え木の結び目を2本触り、足先の色を見た。
「道が曲がる。前後で高さを変えると脚がずれる」
「担架の右を通す」
アステラが伝える。
「入口の右に根がある。幅は通る」
「幅が通っても、同時には曲げない」
レイナは担架の前後4人へ顔を向けた。
「前が木立へ入ってから、後ろを右へ寄せる。私が『次』と言うまで高さを変えない。道の判断とは別に、負傷者の状態で止める」
「分かった」
4人の返事が重なる。
誰も、俺へ搬送方法を聞かなかった。
右の分岐で煙が膨らんだ。
灰色の壁の中から、短い唸り声が出る。
木立の入口にいた1体が、道を横切ったのかもしれない。
「右、動いた」
俺は見えた葉を指した。
「低い枝が分岐側から木立側へ揺れた。姿は見えてない」
「受け取った」
ローディが大盾を右へ向けた。
俺たちの後ろから前へ出ず、分岐の中央に盾の下端を置く。
道を完全に塞がず、左道へ曲がる幅を残して身体を斜めにした。
「エリオット、入口はそのまま空けろ」
「でも、来たら右から挟まれる」
「来たら俺が盾を左へ振る。お前は入口から動くな」
ローディは盾の縁を石へ2回当てた。
硬い音が右道へ響く。
煙の中の唸り声が止まり、次に少し右へ離れた。
魔物の意識を自分へ向けた。
俺なら、2体の位置を確かめてから音を出す。
未確認の1体まで寄せる可能性を考える。
「もう1体は見えてない」
俺が言う。
「分かってる」
ローディは3回目を鳴らさなかった。
「だから、2回で止めた。近づく音が増えたら盾を下げる。今は右の1体だけを入口から離す」
全部の位置を知ってから決めたのではない。
自分が確かめられる音と、止める条件だけで使った。
「先行1組、6歩先!」
ノエラの声。
「2組目、入って!」
カシアが次の2人を動かす。
アステラは紙を胸の高さへ持ち上げた。
「現在。左道を使用。入口中央から入り、左端の溝候補は使わない。先行4人移動中。担架は待機。右道に煙、魔物1体の音。もう1体は未確認」
「風は?」
ルシアスが聞いた。
アステラは右の木立と左道を見比べる。
「入口の煙は今、膝まで。担架が動く前に腰まで上がったら必要」
「どこへ出す?」
「私には決められない。枝に当てて戻さない向き」
ルシアスは頷き、左道の入口へ手をかざした。
風を出さず、落ち葉を1枚拾う。
指の高さから離すと、葉は右へ流れ、根の手前で巻き上がった。
もう1枚を膝の高さから離す。今度は左道の奥へ滑った。
「上は戻る。低い位置だけなら奥へ抜ける」
「担架の顔へ当たる?」
レイナが聞く。
「中央へ出すと当たる。入口の右から地面へ沿わせれば、足側だけを通る」
「顔へ来ないなら使える。土を巻き上げる強さにはしないで」
「分かった」
ルシアスは自分の右手首を左手で押さえた。
大きな風を出した時と違う構えだった。
「今はまだ出さない」
できる方法を見つけても、条件が来るまで待った。
俺たちは分岐の手前まで進んだ。
カシアの肩へ預ける重さが増えている。
左足だけで身体を運ぶたび、打った右膝が揺れ、外くるぶしの前で腫れが広がるような熱が増した。
痛みには耐えられる。それでも右足を支えには使えない。
「顔、上げて」
カシアが言う。
「上げてる」
「さっきより返事が遅い」
「道を見てた」
「今は私の歩幅を見るって決めた」
決めたのは、俺だった。
次の1歩と、見えたことだけ。
「分かった」
俺はカシアの左足を見る。
カシアが出す。俺も左足を出す。
「先行4人、木立の先へ出た!」
ノエラの声が遠くなる。
「先は平ら。水場はまだ見えない。補助員1人を残す!」
「残り2人を入れる」
カシアが判断する。
先行6人が左道へ入った。
アステラは担架の前へ移る。
「担架、開始。入口右。前が入るまで後ろは中央」
「前、半歩」
レイナが言う。
担架の前側が動く。
「止める。右前、根を越えて」
前の生徒が足を上げる。担架の高さは変わらない。
「置いた。次」
後ろ側が半歩進む。
4人は同じ速さで歩かなかった。
負傷者の脚が動かない順番で、1人ずつ足を置いた。
煙が担架の下へ流れ込む。
膝の高さだった灰色が、後ろ側の持ち手の腰まで上がった。
「条件」
アステラが短く言う。
ルシアスが右手を開いた。
風は担架へ向かわず、入口右の地面を撫でた。
落ち葉と煙が根の外側を通り、左道の奥へ細く伸びる。
負傷者の顔の高さは動かない。
足元だけ、土と根が見えた。
「強さ、そのまま」
レイナ。
「根を越えたら止めて」
アステラ。
「あと半歩」
カシア。
3人の声を、ルシアスは1人の指示へまとめなかった。
顔、道、人数。
別々の条件を聞きながら、風の太さだけを保った。
担架の後ろが根を越える。
「止める」
ルシアスは自分で手を閉じた。
煙はすぐ戻ったが、担架は左道の中に入っていた。
「歩ける2人、担架の後ろへ」
カシアが位置を変える。
「前じゃないの?」
生徒の1人が聞いた。
「入口は通った。次は負傷者の咳が聞こえる位置へ。前は先行6人が見てる」
道が変わったから、同じ役割を別の場所へ移した。
「分かった」
2人は担架の後ろへ入る。
「レオン、次は入口」
カシアが言う。
俺は左足を出した。
分岐の中央へ乗る。
右道の煙の中で、土を蹴る音がした。
1体が近づく。
ローディの盾が鳴る前に、灰褐色の頭が煙から出た。
低い姿勢。耳が伏せられ、目は盾ではなく左道の入口を向いている。
「入口を見る!」
俺が言う。
エリオットは振り返らなかった。
「見えてる!」
剣を横へ払わず、柄で左の木を叩いた。
魔物の顔が音へ向く。
その一瞬にローディが盾を前へ出した。
正面から押し返さない。
盾の右縁を魔物の肩へ当て、身体ごと右道へ向きをずらす。
魔物の前脚が土を掻いた。
エリオットは入口から1歩も出ず、剣先を地面近くへ置いた。
左道へ向き直れば鼻先に刃がある。ローディへ飛べば盾がある。
2人で倒せる位置だった。
それでも、エリオットは踏み込まなかった。
「右へ戻るなら追わない!」
「盾はあと3息!」
「十分!」
3息目で、リッジハウンドは身体を翻した。煙の中へ戻り、足音が右へ離れる。
ローディは追わず、盾を左道の入口へ戻す。
エリオットも剣を上げなかった。
「1体、右道へ離れた」
「もう1体は?」
アステラが聞く。
ローディが耳を向ける。
エリオットも煙を見る。
「分からない」
2人が同時に答えた。
「未確認を継続」
アステラが紙へ書く。
俺なら、離れた1体の歩数を数えた。
もう1体の最後の位置を置き、2体が重ならない線を考えた。
だが、2人は知らない位置を埋めず、今守る入口だけを残した。
「レオン、入るよ」
カシアが俺の腕を引く。
左道の中央へ、左足を置く。
エリオットの剣より右。溝候補より内側。
2歩目。
根の手前。
「高い」
俺が言うより先に、カシアが止まった。
「右脚は上げたまま。左足を根の上へ置かないで、手前から奥へ」
「越えられる」
「高さじゃなく、着く場所を見て」
根の向こうに平らな石がある。
俺は左足を伸ばし、石へ置いた。
身体が前へ傾く。カシアが腰を支えた。
右脚は地面に触れない。
「越えた」
「次は半歩」
俺たちが木立へ入ると、後ろの煙が枝に遮られた。
薄くなったわけではない。流れる高さが変わり、足元が見えるようになっただけだ。
前方には、担架の後ろが見える。
先行6人の声も、1人ずつ違う場所から返っていた。
「前、平ら!」
「左に浅い水!」
「担架の幅、ある!」
「右の木は折れてる!」
ノエラが声を整理する。
「平らなのは8歩先まで。左の水は道へ入ってない。右の折れた木は頭の高さ。担架は中央!」
アステラが現在へ移す。
「中央を継続。水は使わない。折れた木の手前で担架の高さ確認」
レイナが付け足す。
「頭側を下げない。枝が当たるなら人が避ける。担架を傾けない」
カシアは後ろを数える。
「木立内13人。入口にエリオット、ローディ。合計15人」
ルシアスは風を出さず、戻る煙だけを見る。
誰も俺と同じ見方をしていない。
1人ずつ、違うものを見ていた。
それでも、道は途切れていなかった。
俺の頭の中に全員を置けなくても、ノエラの言葉が前を作り、アステラの紙が今を残し、レイナの声が担架を水平にし、カシアの数が後ろを欠けさせない。
ルシアスの手は煙が上がる条件を待ち、入口では剣と盾が幅を保っている。
同じ地図を7人が分けて持っているのではなかった。
地図を持たない人も、自分の方法で今いる場所を残していた。
「カシア」
「何?」
「今、俺たちは担架の後ろ何歩?」
「知らなくていい」
すぐに返される。
「私が離れすぎないように歩く。レオンは次の石」
前を見る。
左足の先に、平らな石が1つある。
「見えた」
「じゃあ、そこまで」
俺は石へ足を置いた。
その先でも、別の声が続いていた。
「担架、折れた木の手前!」
「高さは変えない!」
「前2人、枝を持ち上げる!」
「水際へ寄らない!」
「入口、まだ2人!」
答えは同じ形ではなかった。
だが、どの声も次の声へつながっている。
木立の奥から、長い笛が1回鳴った。
魔物確認の3回でも、停止の短い音でもない。
教員が北西側から位置を知らせる、長い1回。
「前方に教員!」
ノエラが叫ぶ。
「水場の先、補助員と2人! こちらへ来る!」
担架の周囲で、息を吐く音が重なった。
誰も止まらない。
「引き継ぐまで現在を保つ」
アステラが言う。
「先行6人は水場の手前。担架は木立中央。歩ける2人は後ろ。レオンは支えあり。入口に2人。魔物1体は右道へ離れ、1体は未確認」
カシアが数を返す。
「15人、全員いる」
レイナは負傷者へ聞く。
「笛、聞こえた?」
担架の上から、弱い返事が来る。
「聞こえた」
「意識、返事あり。呼吸はさっきより安定。搬送継続」
後ろで盾が1回鳴った。
今度は合図だった。
「ローディ、入口を離れる!」
エリオットの声が続く。
「魔物は追ってない! 2人で入る!」
「入口2人、移動開始」
アステラが紙を書き換える。
俺は振り返らなかった。
次の石を見た。
左足を置く。
カシアの肩と一緒に進む。
木立の切れ目から、青い上着が見えた。教員だ。
その後ろに補助員がいて、先行6人を水場から離れた高い場所へ誘導している。
あと少しなら、自分で行ける。
「カシア、教員まで着いたら全体を――」
言いながら、俺は肩から腕を外そうとした。
左足だけで立ち、右脚を地面へ下ろさないまま向きを変える。
教員へ現在を報告する。入口の2人を入れる。担架の引き継ぎ順を決める。
煙が木立へ回った時の移動先も――
「何してるの」
カシアが俺の腕を掴み直した。
「もう報告できる。前に教員がいるなら、俺が位置をまとめて――」
「まとめるのはアステラがやってる」
「なら、担架の後ろを」
「歩ける2人がいる」
「入口の確認は」
「エリオットとローディ」
答えが全部返ってくる。
俺はまだ立っていた。
右脚を浮かせ、左足だけで。
進めないわけではない。
声も出せる。
だから、次に必要な指示を探した。
その間にレイナが担架の横から戻ってきた。
俺の右膝を見て、足首を見て、カシアへ預けている体重を見た。
「レオン」
「大丈夫。教員までなら行ける」
「行けるかどうかを、今から決める」
レイナは俺の前へしゃがんだ。
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