分けた現在
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それでは、どうぞお楽しみください。
「もう分けた」
カシアの言葉のあとも、俺は15人を置き直そうとした。
先行6人は平らな道の北側。担架は白布の先。歩ける2人も通過。
エリオットとローディは最後尾。アステラは前。ルシアスは俺の右。ノエラは――
白布を持っていた。
今はどこだ。
「レオン、右足の指を動かして」
レイナの声で、数が途切れた。
俺は靴の中で指を曲げた。親指から小指まで動く。痺れはない。
足首を内側へ傾けようとすると、外くるぶしの前が痛んだ。
「動く」
「次は膝。私が押さえるから、ゆっくり伸ばして」
右膝の外側には、石へ当てた場所がすでに膨らみ始めていた。布地は破れていない。
血も出ていない。
俺が膝を伸ばすと、打った場所に鈍い痛みが残る。曲げることもできた。
「骨の向きは大きく崩れてない。指も動く。でも足首へ体重はかけないで」
レイナは治癒魔法を使わなかった。
「腫れ方を見たい。先に靴紐を緩める。脱がせるのは煙の外へ出てから」
「歩ける」
「歩けるかは立った回数じゃなく、体重を預けられるかで見る」
「左足で進める。右は地面に置くだけなら――」
「置いただけで膝をついた」
カシアが言った。
俺は返せなかった。
背後で盾が鳴る。
1回。
今度は魔物が当たった音ではない。ローディが下端を石へ置いた音だ。
「白布まで2歩!」
エリオットの声が近づく。
「魔物は?」
俺が聞く。
「1体は窪みの斜面! 追ってきてない!」
「もう1体は?」
「見えてない!」
未確認。
その位置を頭の中へ置こうとする。入口の上にいた最後の位置。右上で消えた音。
今見えている1体とは別。
だが、どちらがどちらか分からない。
「ローディの右後ろに――」
「いない!」
エリオットがすぐに返した。
「右後ろは僕が見た。今いる1体は斜面の上。ローディの正面じゃない!」
俺が置いたのは、少し前の位置だった。
煙の中では、少し前が今と同じに見える。
「分かった。訂正。見えている1体は斜面の上。もう1体は未確認」
「受け取った!」
エリオットは責めず、現在だけを言い直した。
ローディの大盾が煙から現れる。下端を地面へ着けず、身体の横へ立てている。
エリオットがその後ろから白布を越えた。
「最後尾2人、通過!」
ノエラの声が左から返る。
そこにいた。
白布の外れた端を片手で持ち、もう片方の手で人数を数えている。
「白布より北に15人。担架を含む。窪みに残ってる人はいない」
カシアも数えた。
「確認した。15人」
2人の数が一致した。
俺の頭の中でつながらなくても、人数は欠けていない。
「白布を戻す?」
ノエラがアステラへ聞く。
「戻さない」
アステラは煙の流れる向きを見た。
「窪みはもう使わない。外れた布は次の目印にする。今いる場所を白布の先と呼ぶのもやめる」
使い終えた位置を、現在の基準から外した。
「ここは平らな道の分岐手前。北西の水場まで続く道。右から煙が横切っている」
ノエラが新しい現在を言葉にする。
アステラは胸元から紙を出した。端が湿り、煤が細く付いている。
それでも表の文字は読めた。
「現在――平らな道の分岐手前。15人。負傷者2人」
ペン先が止まる。
「レオンは未判定。負傷者に数える?」
「歩行不可として扱う」
レイナが答えた。
「状態は右膝の強い打撲、右足首外側靱帯の損傷疑い。呼吸は煙で咳あり。意識と返事はある。現場では損傷の深さを確定できない。搬送方法はまだ決めない」
「歩行不可じゃない」
俺は言った。
「支えがあれば移動できる」
「それを自力歩行とは書かない」
レイナは靴紐を緩めたまま立ち上がった。
「支えが必要。右脚へ体重をかけない。今分かるのはそこまで」
アステラはレイナの言葉をそのまま書いた。
『負傷者2人。担架1。レオン――支えが必要、右脚荷重不可、呼吸確認継続』
俺ができるかどうかではなく、他の人が動くための状態になった。
右から煙が濃くなる。
膝の高さだった灰色が、一度胸まで上がった。風向きが変わったのではない。
地面近くを流れていた煙が、平らな道の木立へ当たり、上へ巻いている。
「ここに止まり続けられない」
ルシアスが言う。
「風を出す?」
俺は聞いた。
「出さない」
答えはアステラではなく、ルシアスから返った。
「木立で向きが分かれてる。上へ出しても枝に当たって戻る。今は僕の風より移動が先」
自分で見て、自分の風を使わないと決めた。
「前の道は?」
アステラがノエラへ聞く。
「北西の水場へ続く。ここから分岐まで14歩くらい。右は乾いた草へ近い。左は少し高いけど、古い地図だと水場の手前で合流する」
「現在の地図は?」
「左道の途中が空欄。木立の裏が見えない」
ノエラは古い線を今の道として使わなかった。
「分岐までは確認できる。そこから先は見た人の情報が必要」
「補助員は?」
カシアが聞く。
「担架の前。先行6人を分岐まで動かしてる」
俺が答えた。
「違う」
ノエラが首を横へ振った。
「担架の前にいるのは別班の補助員。先行6人を動かした補助員は分岐の左。2人いる」
また、位置を重ねた。
鞍部へ来た時、補助員は2人いた。俺たちの側に1人。
負傷した班の最後尾に1人。
分かっていた。
それなのに、煙の中で同じ役割を1人の位置にしていた。
「訂正。補助員は2人。1人は担架の前、1人は分岐左」
アステラは紙へ2本の線を引いた。
「訂正を記録する。次から前の人数はノエラ、後ろはカシア。補助員の位置も2人を分けて確認」
俺の情報を使わないとは言わなかった。
だが、数と位置を俺1人から取るのを止めた。
「レオンは私と進む」
カシアが決めた。
「左肩を使って。右脚は浮かせる」
「俺なら1人で――」
「1人で立てるかの確認は、煙の外でレイナがする」
カシアは俺の左側へ入った。
背は俺より少し低い。それでも肩を貸す位置を迷わず、俺の左腕を自分の肩へ回す。
「全部預けないで。左足は自分で出して。私が止まったら止まる」
運ばれるのではない。
だが、自分だけで歩くのでもない。
「レイナは?」
「担架へ戻る」
レイナが答えた。
「あなたの呼吸はカシアが見る。咳が連続したら止める。右脚を着いたら止める。私は前の負傷者から離れすぎない」
「俺の状態を任せていい?」
カシアが確認する。
「返事、顔色、歩幅。判断に迷ったら止めて呼んで」
「分かった」
レイナは俺ではなくカシアへ確認方法を渡し、担架へ走らず戻った。
俺たちも動く。
左足を前へ出す。カシアの肩へ体重を移し、右足は土に触れない高さで運ぶ。
1歩進むたび、浮かせた右足首が揺れる。
痛みは耐えられるが、地面へ下ろせば関節がまた崩れる感覚があった。
「歩幅、半分」
カシアが言う。
「前に合わせなくていい。後ろを詰まらせない位置は私が見る」
俺は前方を見た。
担架の後ろが煙に消えかけている。
「離れてる。あと6歩――」
「4歩」
カシアが訂正した。
「煙で小さく見えてるだけ。担架の後ろまで4歩」
俺は黙った。
戦域把握で最後に見た位置と動きをつなぐ。
担架は同じ速さで前へ進んでいる。俺たちは遅い。差は開くはずだ。
だが、担架は分岐手前で速度を落としていた。
見えない間も同じ速さだと置いた俺の方が違っていた。
「今の距離はカシアの4歩」
声に出して訂正する。
「確認した」
アステラが前から返した。
右の木立で枝が揺れた。
風ではない。下から順に葉が動き、細い幹が1本だけしなった。
「右に何かいる」
俺は止まる。
カシアも同時に止まった。
「見えたものは?」
「枝の動き。下から上。灰色の影は見えてない」
「音は?」
エリオットが後ろから聞く。
俺は耳を向けた。
咳。担架の足音。盾の金具。木の葉。
その奥に低い呼吸がある気がした。
「右、近い」
口にした直後、ローディが言った。
「右じゃない。後ろだ」
「俺の盾の外。木立の入口で土を踏んだ」
同じ音を、俺は右に置き、ローディは後ろに置いた。
どちらが正しいか確かめようと身体をひねる。
右脚が地面へ落ちた。
足首が内側へ崩れ、息が詰まった。痛みを押し込む前に咳が出る。
「止まる!」
カシアが俺の腰を支えた。
「右脚を上げて。レオン、返事」
「できる」
「何回咳をした?」
「2回」
実際には3回だったかもしれない。
カシアは俺の答えを数に使わなかった。
「連続4回。呼吸確認」
前にいるレイナへ伝える。
「胸の痛みは?」
「咳の時だけ」
「目眩は?」
「ない」
「返事はできてる。右脚を1回着いた」
「そのまま支えて。止まるのは10息まで。煙が濃くなるなら先に移動」
レイナの判断が返った。
その間に、エリオットとローディは木立の位置を確かめていた。
「見えた」
エリオットが低く言う。
「1体。木立の入口。僕たちの右後ろ7歩」
ローディが続けた。
「盾を右へ向ける。前へ進みながら残す。止まって受けない」
「僕は盾の左。来なければ斬らない」
2人の答えは、俺の右という言葉もローディの後ろという言葉もそのまま使わなかった。
見える位置まで確かめて、新しい現在を出した。
「もう1体は?」
ノエラが聞く。
「未確認」
エリオットが答える。
「見えた1体だけを書く」
アステラが紙を更新した。
10息が終わる。
「進める?」
カシアが俺へ聞く。
「進める」
「右脚は?」
「着かない」
「全体の位置は?」
答えようとして、止まった。
担架は前。先行6人は分岐。補助員2人。後ろにエリオットとローディ。
右後ろに1体。
どれも聞いた。
だが、今の歩数は分からない。
「分からない」
初めて、そのまま言った。
カシアは頷いた。
「じゃあ、自分の次の1歩だけ。左足を出して」
俺は左足を前へ置いた。
1歩。
カシアと一緒に進む。
2歩目の前に、分岐から補助員の声が届いた。
「右道に煙! 先行6人は止めた!」
同時にノエラが叫ぶ。
「左道の木立が切れた先は見える! でも、地面の高さは未確認!」
アステラが担架の前で止まる。
「現在の道を変える。確認できる人は?」
俺は左道までの位置をつなごうとした。
分岐まで何歩か。担架の幅。先行6人。補助員2人。右後ろの1体。煙の流れ。
頭の中で線を引く前に、咳が出た。
その間に声が重なる。
「僕が左道の入口を見る」
エリオット。
「盾は担架の後ろへ残す」
ローディ。
「先行6人の足元は私が確認する」
ノエラ。
「負傷者2人を同じ場所へ止めない」
カシア。
「煙の向きは私とルシアスで分ける」
アステラ。
「大きい風は使わない。左道へ入れる幅だけ見る」
ルシアス。
「担架の傾きは変えない。レオンの脚はカシアが継続」
レイナ。
俺の答えを待たずに、必要な確認が分かれた。
「レオン」
カシアが俺の腕を肩へ掛け直す。
「今のあなたの範囲は?」
全体、と言いかけた。
言えば、また置けない位置まで抱える。
俺は地面を見た。左足の前に平らな土がある。右脚は浮いている。
カシアの肩はすぐ隣だ。
「次の1歩」
「うん」
「それと、見えたことだけ言う」
「それでいい」
分岐の右で煙が膨らんだ。
木立の入口にいたリッジハウンドが低く唸る。
担架、先行6人、負傷した俺、後ろの2人。条件は同時に変わっている。
それでも、誰も俺へ答えを戻さなかった。
俺は左足を、次の1歩へ置いた。
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