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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第八章 ひとりではない学び
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見えない三歩

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

煙は、歩く速さより少しだけ速かった。


白布の手前まで下りた灰色の筋が、(くぼ)みの底の石を順に隠していく。


濃さは膝より下だが、鞍部(あんぶ)側から来る白い煙と右の草の間から入る煙が重なれば、足元だけでは済まない。


「先行6人は白布を越えた!」


ノエラの声は近い。それでも姿は煙の向こうで途切れていた。


「補助員が平らな道へ出してる。最後の1人があと3歩!」


俺は見えた位置を頭の中へ置く。


先行6人は白布の先。担架は窪みの底。


担架の前にアステラと隣の班の生徒、後ろにカシアともう1人。


右脚をレイナが支えている。歩ける生徒2人は担架の後ろ。


俺たち4人はさらに後ろだ。


15人。


位置はまだつながっている。


「カシア、担架から白布まで11歩。前は空いてる」


「確認した。持ち手は止めない」


カシアは俺の答えを待たずに歩幅を決めた。


「前2人、中央。後ろ2人は同じ足跡。レイナ、右脚は?」


「固定は動いてない。包帯の外へ血も出てない」


負傷した生徒は担架の上で咳をした。1回。次に2回。


「息を吸いすぎないで。口元を布で覆う」


レイナが水で濡らした布を顔へ当てる。


「苦しくなったら手を2回握って。声が出なくても分かるようにする」


生徒の左手がレイナの指を1回握った。


返事はできている。


俺も袖で口を覆った。煙の匂いはさっきより濃い。


息を浅くすると胸の奥の痛みは減るが、歩きながら周囲を見るたびに呼吸が足りなくなる。


「ルシアス、小さい風は?」


アステラが担架の前から聞いた。


「出せる。でも、前へ送れば白布の先へ煙を運ぶ」


ルシアスは両手を開かない。


「上へ持ち上げるだけなら短くできる。長くは保てない」


「今は使わない。前の道が見えなくなった時に聞く」


出せるから出すのではない。アステラは使う条件だけを残した。


背後で石が鳴った。


エリオットが振り返る。煙に隠れた入口はもう見えない。


リッジハウンドの姿もない。


「上から下りた音?」


「分からない」


俺は最後に見た2体の位置を置き直した。入口の左右。


俺たちが下りたあと、カレンは追わせないと言った。


だが、煙の向こうで止まっているか、窪みの縁を回っているかは見ていない。


「最後に見たのは入口の上。今の位置は未確認」


「なら、後ろを空けすぎない」


エリオットが決めた。


「僕は最後尾。ローディはレオンの前に入って」


「盾は横にすると道を塞ぐ」


ローディは大盾を身体の右へ立てた。


「縦のまま行く。何か来たら止める場所は俺が決める」


2人は俺へ配置を戻さなかった。


「分かった。後ろの音は俺が伝える」


そう答えた時、また石が鳴った。


今度は1つではない。細かな砂利が斜面を落ち、煙の中で乾いた音を続ける。


「右上、砂利。近づいてる」


俺は音の間隔を数えた。


最初の音から2歩分。次は4歩。落ちた石が底へ届くまでが短くなっている。


魔物が斜面を下りているなら、石だけでは終わらない。


「エリオット、右上を――」


言葉の途中で咳が出た。


1回で止めようとして、もう1回続く。


口元を覆った袖の内側に、乾いた苦さが残った。


「レオン、返事」


カシアの声が前から来る。


「できる。右上から砂利。距離は見えない」


「見えないなら見ようと上がらないで。そのまま前へ」


足を止めて斜面へ寄る案を、言う前に外された。


俺たちは担架との間を縮めた。近づきすぎれば、前が止まった時にぶつかる。


離れれば、煙で人の位置が切れる。


「担架の後ろまで6歩」


俺は見える靴を数える。


歩ける生徒2人の背中は見える。


その先の担架は、持ち手の肩だけが煙の上へ出ていた。


白布は見えない。


「ノエラ!」


アステラが呼ぶ。


「いる!」


返事は左前から来た。


「白布の先は?」


「平ら! でも右から煙が横切ってる。補助員が6人をさらに北へ動かした!」


「担架を通せる幅は?」


「今はある。左へ2歩寄れば煙が薄い!」


古い地図を持つノエラが、道の名前ではなく今見えている幅を返した。


「担架、左へ2歩。急に曲げない」


アステラが判断する。


「前側から半歩ずつ。カシア、後ろは同じ線へ」


「分かった。後ろ右、先に半歩」


担架が左へ向きを変える。レイナは負傷者の右脚と一緒に外側へ回った。


その時、担架の後ろにいた生徒の1人が足を止めた。


「見えない」


声が震えている。


「前の人が見えない。どっちだ」


煙は腰の高さまで上がっていた。2歩先の背中は見えるが、足元は消えている。


俺はその生徒の右肩へ手を置いた。


「前は左へ半歩。地面は平ら。俺の手が離れたら止まって」


「レオン、引かないで」


カシアが言う。


「歩けるなら本人に足を置かせる。方向だけ渡して」


俺は肩を引かず、左側を指で2回叩いた。


生徒が自分で左足を出す。靴底が平らな石へ乗った。


「置けた」


「次は前。1歩」


もう1人が前から声を返した。


「こっちだ。俺の背中に手が届く」


2人の間がつながる。


俺は手を離した。


「進める」


その生徒は自分で言い、前の背中へ触れた。


俺が引かなくても歩いた。


右上の砂利が止んだ。


止まったことは、安全になったことではない。


「音が止まった。位置は未確認」


俺が伝えると、エリオットが剣を抜いた。煙の中で刃を振らず、身体の横へ立てる。


「後ろ3歩まで来たら言って」


「見えない」


「音で分かる範囲は?」


俺は息を止めた。


担架の持ち手の足音。盾の金具。歩ける生徒の咳。窪みの上を風が通る音。


その間に、低く土を掻く音がある。


右後ろ。


近い。


「右後ろ。5歩より近いかもしれない」


確かな数ではない。


「ローディ、右を残せる?」


エリオットが聞く。


「前の2人があと3歩進めば盾を置ける。今は狭い」


「なら、僕は音だけ止める」


エリオットは前へ戻らなかった。


剣の石突きではなく、柄の端で左の岩壁を1回叩く。硬い音が窪みに響いた。


土を掻く音が止まる。


次に、斜面の上へ移った。


「上へ戻った」


「見えた?」


「見えてない。音が上へ動いた」


エリオットは(うなず)き、剣を同じ位置へ残した。


「それでいい」


見えない位置を、見えたことにはしなかった。


前方からノエラの咳が聞こえた。


「白布、ここ! 担架の前が越えた!」


煙の中に白い布の端が浮いた。


地面へ結ばれていたはずの布が風で外れ、ノエラの手に握られている。


「目印が外れたの?」


アステラが聞く。


「右側の結び目だけ。左は残ってる。でも煙で見えないから、私が持つ」


「その位置から動かないで。担架の後ろが越えたら一緒に進む」


ノエラは返事の代わりに白布を2回振った。


担架の前側が平らな道へ上がる。


窪みの底と白布の先には、石1つ分の段差があった。


「前を上げる。足側は待って」


レイナが言う。


アステラと隣の生徒が持ち手を高くする。後ろのカシアたちはまだ底にいる。


担架が斜めになり、負傷者の身体が足側へずれかけた。


「止めて」


レイナの声で4人が止まる。


「右脚が添え木の外へ寄った。戻すまで上げない」


煙は止まらない。


負傷者が強く咳き込んだ。口元の布を押さえた左手が、レイナの指を2回握る。


「息が苦しい?」


もう一度、2回。


「話さなくていい。頭側を少し上げたまま、顔を左へ」


レイナは固定具と呼吸を同時に見ている。進めるかどうかを急がなかった。


「後ろ、詰まる!」


ローディが言う。


担架の後ろにいた2人が止まり、俺たちも止まった。


最後尾のエリオットまで、間隔が1歩ずつしかない。


右上から、また土を掻く音がした。


「魔物が下りる」


「盾を置く場所がない」


ローディは前の生徒と俺の間を見た。


「前2人、白布まで行けるか?」


「行ける」


カシアが答えた。


「担架の右を追い越さず、左から白布へ。ノエラの声を使って」


歩ける2人が動く。


さっき見えないと言った生徒は、前の背中へ触れたまま左へ進んだ。


「1人、白布を越えた!」


ノエラが数える。


「2人!」


道に3歩分の空きができた。


「ここで止める」


ローディは大盾を右の斜面へ向けた。


底へ置けば道を塞ぐため、下端を石へ当てず、肩と両腕で縦に支える。


「レオンとルシアスは担架へ。エリオットは俺の左」


判断はローディから出た。


俺は前へ進んだ。


担架の後ろ右を持つ生徒の膝が震えている。


ここまで負傷者を運び、煙の中で段差を待っていた。呼吸も速い。


「持ち手を替える?」


俺が聞くと、カシアがその生徒の顔を見た。


「替える。レオン、後ろ右。持てる?」


「持てる」


「ルシアスは持たない。前の煙を短く上げられるように残す」


「分かった」


ルシアスは担架の左前へ進み、ノエラの白布と煙を見る。


俺は生徒の手の下へ腕を入れた。


「3つ数える。1、2、3」


重さが移る。


担架を持つことだけなら難しくない。


負傷者の身体、添え木、厚布を合わせても、俺の腕力なら支えられる。


だが、今は右上の音が見えない。後ろのエリオットとローディも煙に消えた。


前にいるノエラの白布、左のルシアス、担架の傾き、足元の段差を同時に見ると、頭の中の位置が少しずつずれた。


「レオン、持ち手の高さ」


カシアに言われ、俺は右腕を下げた。


担架の後ろが水平へ戻る。


「今のでいい。全体は私が数える」


「分かった」


見える範囲を減らす。


そう決めたのに、背後で盾が鳴ると振り返ってしまった。


1回。


煙の向こうに灰褐色(はいかっしょく)の影が見えた。


ローディの盾の上へ前脚をかけ、身体を横へ向けている。エリオットの剣はその左。


2人の位置は分かる。


もう1体は見えない。


「1体、盾の右。もう1体は――」


咳が言葉を切った。


胸が縮み、担架の持ち手が一瞬下がる。


「高さ!」


カシアの声で腕を戻す。


負傷者の右脚が揺れた。レイナが添え木を押さえる。


「レオン、後ろを見ないで。今は持ち手」


「でも、もう1体が」


「エリオットとローディが見てる」


レイナは俺を見ず、負傷者の足を見たまま言った。


「あなたが見なくても、いなくならない。でも、この持ち手は今あなた」


俺は前を向いた。


担架の段差を越える。


前側が平らな道へ完全に上がった。


「後ろ、次」


レイナの声に合わせ、カシアが左足を出す。


靴底が地面へ着くより先に、その下の土が崩れた。


「カシア!」


後ろ左の持ち手が沈む。


カシアの身体が段差側へ傾き、担架の足側も一緒に落ちた。


固定された負傷者の右脚が、外側の石へ近づく。


持ち手を離せば、俺は崩れた土から退ける。


だが、右側まで離せば、担架の後ろを支える者がいなくなる。


俺は右足を、崩れた斜面へ踏み込んだ。


「前へ引いて!」


両腕で持ち手を押し上げ、右肩をカシアの背へ当てる。


アステラと前の生徒が担架を引いた。


カシアも左手を段差へつき、持ち手を離さなかった。


担架が水平へ戻る。


負傷者の身体は段差の上へ残った。カシアの左足も、平らな石へ戻る。


その瞬間、右足の下で土がもう一度崩れた。


担架とカシアの重さを受けたまま、足首が内側へ折れる。


外くるぶしの前で、何かが強く引き延ばされた。


脚を引こうとしたが、膝の外側が石へぶつかった。


鈍い音が身体の中で鳴る。


痛みは耐えられる。


だが、担架から手を離したあとも、右脚は身体を押し戻さなかった。


担架が白布の先へ移り、別の生徒と補助員が持ち手を受け取る。


俺は空いた両手で段差の縁を(つか)み、右脚を引き上げた。


足を地面へ置く。外くるぶしの前が鋭く痛んだ。


それでも立とうと体重を移すと、足首は身体の下でまた内側へ崩れた。


「止まって」


レイナが言う。


「担架じゃない。レオン」


「歩ける」


俺は立った。


右足へ体重を乗せると、外くるぶしの前が鋭く痛み、足首が内側へ逃げる。


それでも膝は曲がる。骨が大きく崩れた感覚もない。


「白布を越えれば平らだ。先に負傷者を――」


「担架はもう補助員が受け取った」


カシアが俺の腕を取らず、前を指した。


煙の向こうで、担架は北へ進んでいる。レイナもその右についていると思っていた。


だが、目の前にレイナがいた。


俺の右膝を見ている。


位置を1つ、間違えた。


「右脚。どこを打った?」


「膝の外。足首は外くるぶしの前。カシアと担架は?」


「戻った。負傷者の固定も変わってない」


カシアが自分の左足で立ち、担架が進んでいる方を示した。


「私を支えたの?」


「担架が落ちる位置にいた。カシアもいた。だから両方」


「もう持ち手は替わったよ。次はレオンの脚」


「立てる」


「痛みは?」


「体重をかけるとある。動かさなければ弱い」


(しび)れは?」


「ない」


レイナが俺の靴と膝へ触れる前に、背後で盾が2回鳴った。


続けてエリオットの声。


「ローディ、下がる! 左は空いてる!」


俺は立ち上がろうとした。


右脚に力が入らず、段差へ膝をつく。


「後ろ2人まで何歩?」


聞いたのに、返事がすぐには頭へ入らなかった。


ローディの声。ノエラの声。カシアが数える声。負傷者の咳。


煙の中で全部が近く聞こえる。


「レオン」


カシアが正面から呼んだ。


「私を見て。ここにいるのは誰?」


「カシア。レイナ。後ろにエリオットとローディ。ルシアスは白布の――」


白布の左にいたはずだ。


だが、煙の中からルシアスが俺の右へ出てきた。


「ここ」


短い声と一緒に、弱い風が足元を通った。


煙が膝の高さだけ持ち上がる。白布の左端、段差、カシアの靴、俺の右足が見えた。


「大きい風じゃない。ここだけ」


ルシアスは息を切らしながら言う。


「方向は僕が見た。止める時も僕が止める」


俺は頷こうとして、咳き込んだ。


1回では止まらない。吸うたびに胸の奥が狭くなり、次の咳が出る。


見えている4人の位置が、咳のたびに途切れた。


「レオンは歩けない?」


ノエラの声がした。


「まだ決めない」


レイナが答える。


「呼吸と脚を確認する。後ろの2人は?」


「エリオットが先に白布へ来る。ローディは盾で下がってる」


ノエラが見えている範囲を返した。


「魔物は1体。もう1体は未確認」


俺が言おうとした時、カシアが先に伝えた。


「エリオット、見えているのは?」


「盾の前に1体! もう1体は音もない!」


同じ情報が、俺を通らずに届いた。


ローディの盾が煙の中から現れる。


エリオットはその左へ剣を残し、白布の手前まで下がっていた。


俺は2人と、前へ進んだ担架と、右の煙を頭の中でつなごうとした。


担架まで何歩か。


先行6人はどこで止まったか。


補助員は担架を受け取ったあと、誰を前へ送ったか。


1つずつなら聞こえている。


全部を同じ位置へ置こうとすると、咳で途切れた間が埋まらない。


「先行6人は――」


「私が数えた。全員、平らな道の北側」


カシアが言う。


「担架は?」


「ノエラが見てる」


「煙は?」


「ルシアスとアステラ」


「後ろは?」


「エリオットとローディ」


答えが別々の場所から返ってくる。


それでも俺は立とうとした。


右足へ体重を移した瞬間、足首がまた内側へ崩れた。痛みは耐えられる。


それでも、右脚は支えとして働かない。


「立てる。右脚を使わなければ、3歩なら――」


3歩先に何があるのか、見えなかった。


白布の外までか。平らな道までか。担架までか。


俺が数えられる3歩と、今必要な3歩が同じ場所にない。


カシアが俺の前へしゃがんだ。


「今はつながなくていい」


「でも、全員の位置を」


「もう分けた」


煙の向こうで、エリオットがローディへ下がる合図を出した。


ノエラが担架の位置を呼び、アステラが前の道を選び、ルシアスが足元の風を止める。


レイナは俺の右足へ手を添えた。


誰も、俺の次の指示を待っていない。


俺はもう一度、15人を頭の中へ置こうとした。


最初の6人。


担架と後続。


最後の4人。


数は合っている。


だが、誰がどこにいるかを同時には保てなかった。


煙で見えない3歩が、頭の中にも残った。

お読みいただきありがとうございました!

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感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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