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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第八章 ひとりではない学び
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二回鳴るまで

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

風が、鞍部(あんぶ)の上を斜めに切った。


ルシアスの両手から放たれた空気は、煙を正面から押し返さなかった。


(くぼ)みの縁に沿って南東へ流れ、入口の上へ沈みかけていた白い層だけを持ち上げる。


砂と枯れ葉が低く跳ねた。


担架の前を持つアステラが顔を伏せ、後ろのカシアは足を止めない。


レイナは負傷者の右脚へ身体を寄せ、厚布と添え木が風でずれないよう両腕で押さえた。


「入口、見えた!」


窪みの下からノエラの声が返る。


「底にはまだ入ってない。白布までの道も見える!」


ルシアスは風を広げすぎなかった。


入口の右にいるローディの盾、その先を走る1体、南側でエリオットと向き合うもう1体。


その間だけに風の筋を置いている。


俺の頬を通る風は強くない。だが、窪みの縁の草だけが同じ向きへ倒れていた。


「上の1体、進路が変わる。右から南へ」


俺が位置を伝える。


リッジハウンドは風へ鼻先を向けたあと、先行6人の真上を離れた。


匂いを追えなくなったのか、耳を伏せて乾いた草の外側へ下りる。


「担架、あと2歩」


カシアが数えた。


先頭の2人はすでに砂利の筋へ入っている。


担架は入口の手前で一度止まり、前側を低くした。


平らな鞍部から傾斜へ移る時に、負傷者の右脚が持ち上がらないようにするためだ。


「頭側、半歩」


レイナが言う。


「足側は待って。今」


4人の高さがずれずに下がる。負傷者は歯を食いしばったが、息は止めなかった。


「揺れは?」


「少し。でも大丈夫」


「大丈夫かどうかは私が見る。痛みが増えたかだけ答えて」


「増えてない」


レイナは(うなず)き、包帯の赤い広がりを見た。


さっき締め直した位置から外へは出ていない。


入口の右で、ローディの盾が鳴った。


一回。


乾いた音ではない。


風を避けて戻ってきたリッジハウンドの肩が、盾の外側へぶつかった音だ。


ルシアスは風を止めない。止める合図は二回だ。


ローディは盾の左に残した幅を狭めず、右足をさらに土へ沈めた。


魔物を押し返すのではなく、窪みの外側へ向く角度を保っている。


「一回! まだ続けろ!」


声が届く前から、ルシアスの風は同じ方向に出ていた。


担架の前側が砂利へ入った。アステラの靴の下で小石が動く。


彼女は足を置き直さず、後ろのカシアへ言った。


「右の砂利が動く。次は中央を踏む」


「分かった。後ろ2人、アステラの足跡へ合わせて」


カシアが自分で確かめて伝える。俺からは担架の傾きしか見えない。


砂利の深さまでは分からなかった。


「南の1体、エリオットまで5歩」


俺は見える位置だけを続ける。


エリオットは剣の腹を正面へ向けたまま、入口へ近づかなかった。


剣先で魔物の顔を追えば、その後ろにいる人の道まで狭くなる。


左足を軸にして、南へ抜ける線だけを塞いでいる。


リッジハウンドが低く跳んだ。


エリオットは斬らず、剣の鍔に近い部分で前脚を受けた。


腕だけで止めず、身体を半歩下げて勢いを流す。


魔物の爪が土を削り、火床の石囲いの手前へ着いた。


「僕の右は空けてる! 歩ける人は入口へ!」


残っていた生徒が2人、エリオットの背後を通った。片方は息が速い。


もう片方が腕を引かず、背中へ手を当てて歩幅を合わせている。


カシアが振り返った。


「走らなくていい。前の担架を越えないで」


2人は砂利の手前で間隔を空けた。


風に持ち上げられた煙の向こうで、赤い光が一度だけ見えた。


火だ。


第1退路の黄色い杭より右。乾いた草の根元を低く進んでいる。


大きな炎ではないが、風を受けた先の草が順に倒れ、その隙間へ赤い線が伸びた。


「火の端が見えた。黄色い杭の右、鞍部から18歩くらい」


俺が言うと、アステラは担架を持ったまま顔を上げた。


「風の先?」


「少し左。今は重なってない。でも、草が倒れた先へ移れば重なる」


ルシアスには火が見えていない。


前にローディの盾があり、その外を魔物が動いている。


「ルシアス、火は風の先より左!」


「方向を変える?」


聞き返した声が揺れた。魔力が足りないのではない。


見えない場所を自分だけで変えてよいか確かめている。


アステラは答えを決めなかった。


「ローディ、入口はあと何人?」


「担架の後ろに2人。こっちは4人残る!」


俺、エリオット、ルシアス、ローディ。


「カシア、担架は?」


「止めずに下ろせる。底まで12歩!」


「レイナ、負傷者は?」


「今の速さなら続けられる!」


アステラは4つの返事を聞いた。


「方向は変えない。担架と2人が入口を越えるまで続ける。火が草の倒れた線へ移ったら、盾の音を待たず私が止める」


「分かった」


ルシアスが答えた。


止める者を一人増やしたのではない。


ローディが見ている入口と、アステラが見ている火を分けた。


俺は赤い線を追った。


煙で消えるたび、最後に見えた場所と風に倒れた草を頭の中でつなぐ。


戦域把握(せんいきはあく)で分かるのは、見た位置と動きの続きだけだ。


土の陰の火までは見えない。


「火、まだ左。見えない場所が3歩分ある」


分からない範囲も一緒に伝える。


「レオン、上の1体は?」


ローディが聞いた。


「盾の右後ろ6歩。縁へ上がり直す」


「左は通せるか?」


「今は通せる。次に走れば分からない」


ローディは盾を前へ出さなかった。


「なら、後ろの2人を先に通す!」


砂利の手前にいた2人が、盾の左を抜ける。


先頭は中央の踏み跡へ靴を置き、後ろの生徒も同じ場所へ続いた。


リッジハウンドが縁から飛び下りた。


ローディの盾ではなく、通り過ぎた2人の背中へ頭を向ける。


俺が水を出せば、前脚の着く位置はずらせる。だが、水を避けた先が入口になる。


「エリオット、右の1体が列を見る!」


「僕が行く!」


エリオットは南の1体へ剣を残したまま動かなかった。


「いや、行けばこっちが空く。ローディ!」


「見えてる!」


ローディは盾を振らず、上端を少しだけ右へ倒した。


飛び下りた魔物の視界に広い面が入り、2人の背中が隠れる。


魔物は着地の直前に前脚をひねった。


爪が盾の表面を滑り、上端と金具へ続けて当たる。


一回目。


二回目。


ローディは声を出さなかった。


ルシアスが両手を閉じた。


風が途切れる。


倒れていた草が起き上がり、持ち上げられていた煙が形を失った。


白い層はすぐには落ちず、鞍部の上で薄く広がる。


「止めた!」


ルシアスは1歩下がった。腕を下ろしたまま、呼吸を2回整える。


「もう同じ量は出せない。小さい風なら出せる」


出せないことを隠さなかった。


「大きいのは終わりでいい」


アステラが答えた。


「今の風で担架と2人は入った。次は残った4人を動かす」


担架は窪みの中腹まで下りている。


前側のアステラと隣の生徒が中央の砂利を踏み、後ろのカシアたちも同じ線を通っていた。


レイナは右脚を支えながら、呼吸と包帯を交互に見ている。


ノエラが下から声を上げた。


「白布の先に補助員がいる! 先行6人を北西へ動かすって!」


「底の煙は?」


「まだない。でも上が白くなった!」


風を止めたあと、煙は第2退路の上へ戻り始めている。


「先行を止めないで。白布まで進める」


カシアが判断した。


「担架はその後ろ。歩ける人は担架を越えない。残る4人は?」


俺は入口の左右を見た。


ローディの盾の右に1体。エリオットの前に1体。


ルシアスは大きな風のあとで、すぐには走れない。


俺が最後に残れば、3人の位置と煙を見られる。


そう考えた時、エリオットが先に言った。


「ルシアスが先。レオンも一緒に入って」


「俺は最後で――」


「最後から見えるのは後ろだけだ」


エリオットは魔物から目を外さない。


「窪みに入った人と煙をつなぐなら、上からじゃなく途中にいてくれ」


ローディも盾越しに続けた。


「最後は俺とエリオットで閉じる。入口を通す順番は俺が見る」


俺なら、最後まで鞍部へ残る配置を考えていた。


2体の位置を最も長く見られるからだ。


だが、窪みの底へ煙が入ったかどうかは、鞍部からではノエラの声に頼る。


担架の前後と先行6人の間も見えなくなる。


俺が見られる範囲を広くすることと、全員に必要な場所へいることは同じではない。


「分かった。ルシアスと入る」


「入口を越えたら右へ寄るな」


ローディが言う。


「砂利が動いてる。中央から左だ」


判断理由も一緒に渡された。


ルシアスが先に動く。俺はその半歩後ろにつき、入口を通りながら窪みの底を見た。


先行6人は白布へ向かい、担架は中腹。歩ける生徒たちは間隔を空けて続いている。


白い煙はまだ頭上にある。


「底は使える。担架の先、8歩空いてる」


俺は下へ伝えた。


「ノエラ、先行の最後は白布まで何歩?」


「5歩! 補助員が受け取れる!」


「カシア、担架の前は8歩。後ろの2人まで詰まってない」


「確認した。そのまま下ろす」


俺の答えを待たず、カシアは担架の速さを決めた。


背後で剣と爪が触れた。


振り返ると、エリオットが入口へ下がりながら南の1体を剣の外側へ流していた。


ローディは盾を斜めにし、もう1体の頭を窪みと反対へ向けている。


2人の間の幅はもう人1人分もない。


「エリオット、先に入れ!」


ローディが言った。


「盾が下がったら僕が入る!」


「同時だと狭い!」


「だから先に剣を引く!」


エリオットは自分の右側へ短く踏み込み、リッジハウンドの鼻先へ剣の腹を見せた。


魔物が一瞬止まった間に、剣先を下げて入口へ身体を滑らせる。


ローディは盾を正面へ残した。


エリオットが砂利へ入ったのを見てから、左足を後ろへ引く。


魔物が盾を押した。


ローディの靴が土を削り、(かかと)が入口の縁へかかる。


盾を捨てれば先に下りられる。だが、捨てた盾は砂利の筋を塞ぐ。


「盾の下、石が1つ!」


俺から見えたのは、左下端に挟まった拳ほどの石だった。


ローディ自身からは盾で見えない。


「左下。半歩外へ出せる!」


「押すな!」


ローディの答えが返る。


俺は水を出さなかった。


ローディは右腕を縮め、盾の上端を魔物へ預けたまま、下端だけを左へ滑らせる。


石が外れ、砂利の筋へ落ちる前にエリオットが足で横へ弾いた。


「下がれる!」


盾の角度が変わり、リッジハウンドの力が窪みの外へ抜けた。


ローディは盾を身体の横へ立て、入口へ後ろ向きに入る。


エリオットが剣で魔物との間を残す。


倒しに戻らず、ローディの足が砂利へ乗るまで待った。


「今!」


2人が同時に下がる。


リッジハウンドは入口の縁まで来たが、崩れた砂利へ前脚を置かずに止まった。


もう1体も隣へ並ばない。


狭い場所へ身体を重ねず、左右へ分かれて上からこちらを見ている。


「全員、入口を越えた!」


俺は下へ声を送った。


カシアが人数を数える。


「先行6人、担架と後続、残り4人。15人いる!」


ノエラも白布側から返した。


「先行6人、補助員へ渡した! 北西の道は歩ける!」


鞍部の上で、笛が2回鳴った。


カレンの合図だった。短く2回。全員の位置を維持し、教員へ情報を渡す合図。


煙の向こうからカレンの声が届く。


「南側の4人は別の教員が確保しました! こちらの2体は追いません。そのまま北西へ移動してください!」


分からなかった4人の状態が、初めて確認できた。


アステラは担架を持ったまま、胸元の紙を出せない。


代わりに言葉で現在を更新した。


「南側4人は教員が確保。こちら15人は全員、第2退路内。先行6人は白布。担架は中腹。魔物2体は入口上。北西へ移動」


「未確認は?」


ノエラが聞く。


「火の広がりと、煙が底へ入る時刻」


「分かった。白布の先で記録する」


現在と未確認が、紙を開けない間も分かれた。


俺たちは北西へ進み始めた。先行6人が白布を越え、補助員のいる平らな道へ出る。


担架は砂利の底へ着き、カシアたちが一度だけ高さを(そろ)え直した。


ルシアスは俺の隣で両腕を下げたまま歩いている。


息は速いが、足取りは崩れていない。


「大きい風、途中で止めてよかった?」


「担架も2人も通った。火へは重ならなかった」


俺が答えると、ルシアスは首を横へ振った。


「結果じゃなくて、方向を僕が決めたこと」


俺は鞍部を見上げた。


煙で入口の輪郭が薄くなり、ローディとエリオットが最後に下りた場所も見えにくい。


「俺なら、もっと火の端が見えるまで待った」


「待ったら担架が入口で止まった」


「うん」


完全には分からないまま、ルシアスが方向を決めた。


ローディが入口を見て止め、アステラが火を見て別の停止を持った。


俺は位置を伝えたが、風の向きも止める時も決めていない。


それでも、15人は入口を越えた。


「よかった」


口にすると、ルシアスが短く息を吐いた。


「次も同じ向きにはしないよ」


「条件が違うから?」


「僕がもう同じ量を出せないから」


できた方法を、そのまま次の答えにはしなかった。


窪みの底を冷たい空気が流れた。


さっきの風の残りではない。


北西から入る弱い風が、白布の方から鞍部へ向かっている。


頭上の煙が一度持ち上がり、次に低く沈んだ。


「煙、下がる!」


ノエラの声が白布側から届く。


白い筋が窪みの縁を越え、底の石へ触れた。


第2退路を使わないと決めた条件が、全員が入ったあとで満たされた。


「前は白布を越えてる。担架は底。最後尾は入口から7歩」


俺は見える位置をつないだ。


煙は1か所ではない。


鞍部側から下りる白い層とは別に、窪みの右の草の間から細い灰色が入っている。


火の位置が、さっき見た線から変わっていた。


「右からも煙が入る」


アステラが担架の前で足を止めずに言う。


「戻れない。前へ出る」


カシアは人数を数え直した。


「歩ける人を白布の先へ。担架の前を空ける。最後尾4人は間隔を詰めすぎない」


レイナが負傷者の顔へ手を当てた。


「息はできる?」


「できる。でも、煙の匂いがする」


俺も吸い込んだ空気の奥に、乾いた苦さを感じた。


入口を通すための判断は終わった。


だが、退路の中へ入った全員を、煙より先に白布の外へ出す判断が残っていた。

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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