入口に残す幅
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それでは、どうぞお楽しみください。
第1退路が煙に消えたあとも、黄色い杭の位置は頭の中に残っていた。
見えなくなった道の手前にエリオットがいる。
その右へ低い位置から来るリッジハウンド。
第2退路の入口にはローディと、乾いた草を回ってきたもう1体。
鞍部の北側ではレイナが負傷者の右脚を押さえ、カシアが動ける生徒を分けている。
15人を、同じ場所へ固めたままにはできない。
だが、全員を一度に窪みへ入れれば、入口で止まった時に戻れなくなる。
「歩ける人を先に第2退路の入口へ。6人」
カシアが決めた。
「残りは負傷者の周りに置く。入口の6人が窪みへ下りられたら、次を動かす」
「私が先頭へ行く」
ノエラは新しい地図を畳み、古い地図と一緒に胸元へ入れた。
「砂利の下り口で1人ずつ。底に煙が入ったら、白布まで進まず止まる」
補助員が6人の最後につく。
歩ける生徒の中には、さっき負傷者を支えていた2人もいた。
息はまだ速いが、カシアの呼びかけへ返事ができ、両足も使えている。
アステラが表の現在欄を書き換えた。
『先行6人――ノエラ、補助員。窪み入口で煙確認。残り9人――負傷者固定後に移動。第1退路は使用しない』
「南側の4人は?」
俺が聞く。
「今はつながらない」
アステラは答えた。
「カレン先生と向こうの教員が確認する。私たちが第1退路へ戻れば、負傷者と15人の線が重なる。分からない4人を迎えに行く判断は、今の表へ置かない」
南側の人数を忘れたわけではない。
現在の15人を動かす判断と、見えない4人の救助を同じ場所へ置かなかった。
第2退路側のリッジハウンドが、乾いた草を踏み分けて鞍部へ出た。
ローディまで9歩。首の毛を逆立て、盾の外側にいる先行6人を見ている。
「入口へ来る。ローディから9歩」
俺が伝えると、ローディは盾の下端を土へ置いた。
窪みへ続く砂利の筋を背中で塞がず、左側に人1人分の幅を残している。
「6人は俺の左を通れ。走るな」
ノエラが先に動いた。盾の横を通り、砂利の手前で止まる。
続く生徒との間を2歩ずつ空け、補助員までが鞍部の北側へ並んだ。
リッジハウンドは先頭ではなく、列の中央へ顔を向けた。
盾の正面を避け、右の斜面へ半歩ずれる。
「横へ回る」
ローディが言った。
「入口を狭める?」
「狭めない。人を通す」
盾を動かせば魔物の前は塞げる。だが、先行6人の道も同時に消える。
ローディは位置を変えず、右足だけを斜面側へ引いた。
リッジハウンドが走った。
前脚が土を蹴り、盾の右端へ向かう。
ローディは盾を正面からぶつけず、外側を少し前へ出した。
魔物が斜面へ抜ける角度を作りながら、左の幅を残している。
俺は盾の2歩後ろから水弾を放った。
狙ったのは頭ではない。踏み込んだ右前脚の手前へ水の塊を当てる。
土が濡れ、リッジハウンドの爪が半歩分だけ滑った。
崩れた肩が盾の外側へ当たる。
ローディは左足を動かさず、右足と腰で衝撃を斜面へ流した。
魔物の身体は盾に沿って外へ向き、乾いた草の手前で止まった。
「今、2人!」
ローディが言う。
ノエラと次の生徒が砂利の筋へ入る。
2人が窪みの縁まで進んだところで、ノエラが腕を上げた。
「底は見える。煙はまだ上!」
次の2人が動く。補助員は最後尾に残り、鞍部と窪みの両方を見ている。
盾の左に残した幅は、1人ずつなら通せた。
リッジハウンドが濡れた土を避け、もう一度右へ回った。
俺が水を当てた場所を踏まない。次も同じ方法を使えば、さらに外を選ぶ。
外には乾いた草がある。その先は、さっき確認して現在から外した道だ。
足場を確かめていない場所へ追い込めば、別の位置から入口へ戻ってくる。
「同じ場所へ水は出さない」
俺が言うと、ローディが短く頷いた。
「次は盾で向きを残す。倒そうとするな」
魔物を退ける方法を、俺だけの次の手へしなかった。
第1退路側では、煙の中から金属音がした。
エリオットの剣と、何か硬い物が触れた音だ。
姿は見えないが、最後に見た位置から3歩以上は動いていない。
「エリオット!」
「いる!」
返事は近い。咳は混じっていない。
「魔物は?」
「煙の手前! こっちへ抜けようとしてる!」
火から離れれば、リッジハウンドは鞍部へ来る。
第1退路を守っていたエリオットが下がれば、もう1体も15人の側へ重なる。
カレンが煙の端まで進み、片腕を低く振った。
「エリオット、鞍部へ戻ってください。追わず、剣を向けたまま下がる」
「はい!」
エリオットの影が煙の中に現れた。後ろ向きに歩き、剣先を低く保っている。
その正面で灰褐色の頭が一度見え、また煙に隠れた。
「エリオットまで11歩。魔物はその前、距離は見えない」
俺は見えた範囲だけを伝えた。
「黄色い杭の横に火は来てる?」
ルシアスが聞く。
「火は見えない。煙は杭を越えた。草の燃える音は右側」
「上の風は西から東。煙は鞍部へ斜めに入ってる」
ルシアスは両手を開いたまま、まだ魔力を放出しない。
「大きい風を出せば、煙は動く。でも火も動く。方向を決めるには、火の端が足りない」
分からないまま風を使えば、第2退路を空ける代わりに、乾いた草へ火を押すかもしれない。
ルシアスは出せる量ではなく、止める理由を先に置いた。
レイナが負傷者の包帯を締め直した。
赤く濡れた布を外し、洗った傷の上へ厚布を重ねている。
淡い光が両手の間へ集まるが、傷は消えない。
「出血は減った。足首の向きは大きく崩れていない。でも、脛の骨はまだ未確認」
「担架に移せる?」
カシアが聞く。
「移せる。右脚へ体重はかけない。添え木を当てて、頭側と足側を4人で持つ」
「あと何人いる?」
「ここは9人。持つ4人、横で支える1人、前後確認2人。負傷者を除いて1人余る」
カシアはすぐに持ち手を決めなかった。
周囲の歩き方を見て、さっき負傷者を運んだ生徒2人を外す。
息の整っている俺たちの班から4人を選ぶ必要がある。
「担架は私、レオン、アステラ、隣の班の1人。レイナは右脚。ルシアスは風から外さない」
「俺は全体を見る」
そう言いかけて、止めた。
担架を持てば、両方の魔物と全員の位置を同じようには見られない。
カシアは俺の腕ではなく、斜面と煙へ向いている視線を見ていた。
「レオンは持たない」
カシアが変更した。
「入口とエリオットをつないで。担架は私、アステラ、あと2人」
「分かった」
運べることと、今持つべきことは同じではない。
先行6人が窪みの底へ下りた。ノエラが縁から顔を出し、両腕で大きな輪を作る。
全員が下り、底の空気に問題がない合図だ。
アステラは現在欄の先行6人へ線を引いた。
「第2陣を動かせる。負傷者を中央。先に歩ける2人、担架、レイナ、残り」
完全な列ではない。煙と2体の位置が変われば、前後はまた変わる。
それでも、全員が揃うまで待ってから決めるより先に、今使える並びを出した。
第2退路側のリッジハウンドが低く唸った。
ローディの盾ではなく、鞍部へ戻ってきたエリオットを見ている。
煙の中にいたもう1体の足音も近づいていた。
「2体の間、14歩」
俺は見えた位置を頭の中でつないだ。
1体は入口の右。もう1体は第1退路の煙の中。
エリオットが鞍部へ戻れば、2体は左右から同じ場所へ近づく。
「エリオット、右の1体がそっちを見た」
「分かった。入口には入れない」
エリオットは剣を斜めに置き、ローディの盾と重ならない位置へ動いた。
2人の間には、人が通る幅が残っている。
「俺が前へ出たら狭くなる」
「僕も下がりすぎたら担架に当たる」
2人は互いを見ずに位置を確かめた。
煙からもう1体が飛び出した。
頭を低くし、エリオットの剣へ正面から来る。
エリオットは右へ避けず、左足を半歩引いて剣の腹を肩へ当てた。
勢いを止めるのではなく、鞍部の南側へ流す。
魔物の前脚が着く先には、火床の石囲いがある。
そいつは石を避けて身体をひねり、開いていた北側へ顔を向けた。
負傷者の担架がある方向だ。
俺は水鞭を一度だけ振った。
細い水がリッジハウンドの鼻先と前脚の間を横切り、地面へ崩れる。
魔物は水を噛もうとして頭を下げ、その1歩が遅れた。
エリオットが剣先を首の横へ置く。斬り込まず、担架とは反対の南側へ道を残した。
「そっちへ行け!」
リッジハウンドは剣を避け、火床の外を回った。倒れてはいない。
だが、負傷者へ届く線から外れた。
「今、担架!」
カシアの声で4人が持ち上げる。
レイナが右脚を添え木ごと支え、負傷者の顔を見た。
「痛む?」
「痛い。でも、分かる」
「息を止めないで。揺れたら言って」
担架はローディとエリオットの間を通った。
盾と剣は魔物へ向いたまま、人が通る幅だけを残している。
アステラが紙を胸元へ入れ、担架の前側を持つ。
カシアは後ろ側から人数を数え、レイナは右脚と呼吸を確かめる。
ルシアスは最後まで空と煙を見ていた。
「煙が下がる」
白い煙の端が鞍部の土へ触れた。
風に押されて横へ流れるのではなく、温度を失った煙が砂利の筋へ沈み始めている。
第2退路の停止条件だった。
「まだ底には入ってない」
窪みからノエラの声が返る。
「入口の上。こっちから全員見える」
「このまま入れる?」
俺はルシアスに聞いた。
「今なら歩く人は入れる。でも、担架が下りる間に煙が底へ来る」
「風を使える方向は?」
ルシアスはすぐに答えなかった。
白布、煙、火の音、乾いた草、2体の位置を順に見る。
「右の1体が回る!」
ローディの声が入口へ響いた。
乾いた草の中へ外れたリッジハウンドが、窪みの縁に沿って走っていた。
盾の正面へ戻るのではなく、先行6人のいる底の上へ回ろうとしている。
エリオット側の1体も、火床の南で向きを変えた。2体とも倒れていない。
俺たちが残した道を使い、別の位置を選び直している。
「上を止めるのは僕だけじゃ届かない」
エリオットが言った。
「盾を動かせば入口が閉じる」
ローディが続ける。
ルシアスの両手の間で、風が低く鳴った。出せる量は揃っている。
だが、向きはまだ決めていない。
アステラは煙の端と、窪みの上を走る魔物を見た。
「完全な方向は待たない」
現在の表から顔を上げ、エリオット、ローディ、ルシアスへ順に聞く。
「剣で残せる線は?」
「南側。3歩」
「盾で止められる位置は?」
「入口の右。ここから1歩まで」
「大きい風を1回だけ出すなら?」
「窪みの上から南東。底へ押し込まない。ローディの盾が2回鳴ったら止める」
3人の答えが揃う前に、煙はさらに低くなった。
俺は火、煙、2体、担架、窪みの6人をつないだ。
アステラが決めるために足りない位置だけを言う。
「上を走る1体は、ルシアスから右へ12歩。もう1体はエリオットの前7歩。担架は入口まで4歩」
アステラは頷いた。
「担架を入口へ。ルシアス、1回だけ。方向はあなたが変えていい。止めるのはローディ」
ルシアスは俺を見なかった。
「任された」
風が、両手の間から広がった。
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