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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第八章 ひとりではない学び
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三回鳴った方角

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

南東で鳴った3回の笛は、止まらなかった。


最初の3回。


短い間を置いた2度目の3回。


その後に、長い1回が重なった。


位置を知らせる笛ではない。


助けを求める側が、こちらの返事を待たずに鳴らしている。


カレンは南東を見たまま、右手を肩の高さへ上げた。


「待機を継続。笛は返さないでください」


別の場所から同じ合図が返れば、魔物の位置を誤って伝える可能性がある。


俺たちは鞍部(あんぶ)から動かなかった。


火床には蓋が置かれている。煙は細い隙間からも出ていない。


第1退路は黄色い杭へ戻る道。第2退路は北西の(くぼ)みを通る道。


右側の乾いた草は使わない。


さっきまでと同じ事実を、俺はもう一度見た。


違うのは南東の音だけだ。


戦域把握(せんいきはあく)で、最後に見た位置を頭の中へ置く。


俺たち10人。カレンと補助員。坂の向こうにいる教員1人。


笛が鳴った場所は、そのさらに南東。


姿の見えない相手は、音がした方向までしか置けない。


「南東の組は何人?」


カシアが聞いた。


「開始時は生徒8人、教員1人、補助員1人です」


カレンが答えた。


「現在の人数は確認できていません」


開始時の数と、今ここへ来る数は同じとは限らない。


カシアは10人を数えた。


「こっちは10人。歩けない人はいない」


「火床は消えてる。蓋は俺が持つ」


ローディが補助員から蓋を受け取り、左腕へ掛けた。右腕には盾を持っている。


「風は西から東」


ルシアスが白布を見た。


「鞍部の上は同じ。窪みの底は見てない」


「第2退路は、煙が底へ入ったら使わない」


アステラが表の条件を指で押さえる。


ノエラは新旧2枚の地図を開いた。


「南東からこの鞍部へ来るなら、黄色い杭の道か、石の列の外を回る道。古い地図にはもう1本あるけど、今も通れるかは分からない」


分かっていることが7人から出た。


俺は南東の音と、2本の道の位置を伝えた。


「笛は第1退路の先、少し東。最後の1回は最初より近い」


「近づいてるのが人か魔物かは分からないわ」


アステラが言った。


「音が近づいた。それだけ書く」


俺は(うなず)いた。


坂の向こうにいた教員が姿を見せた。


走ってはいない。こちらへ身体を向けたまま、後ろ歩きで斜面を上がってくる。


片手に短槍を持ち、もう片方の腕を横へ伸ばしていた。


その後ろから、生徒が3人見えた。


1人を2人で支えている。支えられた生徒の右足は地面についていない。


さらに後ろへ2人。補助員が最後尾にいる。


6人。


教員を含めて8人。


開始時の10人には2人足りない。


「見える生徒は5人。1人は右足を使っていない。教員と補助員が1人ずつ」


俺が伝える。


カシアが南東を見た。


「残りは?」


カレンは答えず、坂から来る教員へ左手を上げた。


教員が短槍を一度縦に振る。それから南を指し、指を2本立てた。


「魔物2体。残りの生徒2人は、もう1人の教員と南側です」


カレンが合図を読んだ。


2体は確認された数だ。見えている数ではない。


「私たちは負傷者を受け取ります。南東へ迎えに行きません。現在の位置から第1退路を空けてください」


カレンは続けた。


「魔物への攻撃は、教員が退けられない場合だけ。追わないこと。負傷者を黄色い杭まで通し、その後の退路は状況を見て決めます」


誰が決めるかは、カレン1人へ戻されなかった。


レイナが添え木と包帯を地面へ置く。


「負傷者はここで見る。火床から7歩、道の外。寝かせるなら頭を北へ」


「運んできた2人も確認する?」


カシアが聞く。


「呼吸と歩き方は見て。負傷者へ触るのは私が先」


「分かった」


カシアは隣の班の2人へ、鞍部の北側を示した。


「到着した人数を数えて。後ろから来る人と混ぜないで」


エリオットは第1退路の南側へ出た。剣はまだ抜かない。


「俺は道の入口。魔物が見えたら、追わずに進む向きだけ変える」


「俺は狭い所を残す」


ローディが盾を前へ回した。


「黄色い杭から鞍部まで、人1人分は通す。俺が下がる時は、後ろも一緒に下げてくれ」


ルシアスが2人を見る。


「大きい風はまだ使わない。向きは俺が見る。出すかどうかは、前の合図を待つ」


「前の合図は腕を下へ1回」


エリオットが決めた。


「止める時はローディが盾を2回叩く」


新しい合図は2つだけだった。


アステラが表の現在欄へ書く。


『第1退路を空ける。負傷者は鞍部北側。前――エリオット。幅――ローディ。風――ルシアス。人数――カシア。処置――レイナ』


俺の名前はない。


「レオンは全体を見て、見えた変化を言って」


アステラが紙から顔を上げた。


「判断が足りない時は聞く。先に全部決めなくていい」


「分かった」


それで足りる。


坂を上がってくる生徒たちが、黄色い杭へ近づいた。


負傷した生徒は男子だった。右の(すね)に巻いた布が赤く濡れている。


両側の生徒も息が速い。補助員は何度も後ろを見ていた。


教員が短槍を横へ向けた。


草の間で、灰褐色(はいかっしょく)の背が動いた。


最初は1体だけに見えた。


犬より大きい。肩が高く、前脚が太い。


首から背にかけて硬そうな毛が逆立ち、斜面へ身体を低くしている。


リッジハウンド。


そいつは教員へ正面から走らなかった。


斜面の下へ回り、負傷者を支える2人の横へ出ようとしている。


「1体、下へ回る。エリオットから右へ18歩」


俺が言う。


エリオットが剣を抜いた。


前へ詰めない。


黄色い杭と生徒たちの間へ入り、剣先を低く向ける。


リッジハウンドが外へ回れば、鞍部への道が広がる。


内へ来れば、剣の届く側へ入る。


エリオットは魔物を倒す位置ではなく、人が通る線を残す位置を選んだ。


「道はこっちだ!」


負傷者を支える2人へ声を投げる。


教員が短槍の石突きで地面を叩いた。


リッジハウンドの頭が一度そちらへ向く。


その間に、先頭の生徒が黄色い杭を越えた。


「1人」


カシアが数える。


2人目は左腕を押さえていた。血は見えない。


3人目と4人目が負傷者を支えている。


5人目は何度も振り返り、足が止まりかけていた。


「前を見て。そのまま歩ける」


カシアが言った。


命令ではなく、見えている状態を伝える声だった。


5人目が鞍部へ入る。


「5人。負傷者1人」


レイナは3人目と4人目へ聞いた。


「いつ噛まれた?」


「噛まれてない。石で切った。逃げる時に滑った」


「意識は?」


「ずっとある」


「ここへ下ろして。右足は引かないで」


2人が男子を厚布の上へ下ろす。


レイナはすぐに治癒魔法を使わなかった。


呼びかけへの返事、呼吸、脛の出血、足首の向き、靴の中へ血が入っていないかを順に見る。


「包帯を切る。添え木はまだ」


ノエラが記録紙を持って隣へ座った。


「分かっていることを言って」


「右脛に切創。出血あり。意識あり。呼吸は速い。骨折は未確認」


未確認は、ないことではない。


負傷者を運んだ2人は、その場へ座ろうとした。


カシアが止める。


「道の外へ。座る前に足を見せて」


1人は左膝を擦っていた。もう1人は怪我がない。


カシアは隣の班の生徒へ2人を任せ、後ろを見た。


教員と補助員はまだ黄色い杭の外だ。


リッジハウンドは1体しか見えない。


確認されたのは2体。


俺は斜面の上、中、下を順に見る。乾いた草が揺れ、石の間に灰色の影が切れた。


見えたのは尾だけだった。


「もう1体、上段。エリオットの左後ろ。距離は分からない」


「見えてる範囲は?」


エリオットが聞く。


「白い草の手前まで。石の裏は見えない」


俺は答えだけを渡さなかった。


エリオットは低い位置の1体と、見えない上段を交互に見る。


「上を追わない。道へ出た方だけ止める」


その判断を使う。


教員が後ろ向きのまま黄色い杭へ近づく。


低い位置のリッジハウンドが速度を上げた。


「来る!」


エリオットが半歩だけ右へ動く。


空いた左側へ、魔物の頭が向いた。


誘導歩(ゆうどうほ)


俺はエリオットの2歩後ろへ入り、身体を斜面側へ向けた。正面へ進めば剣がある。


外へ回れば俺の方が広い。だが、その先にはローディの盾がある。


リッジハウンドは外を選んだ。


「右へ行く!」


俺が伝えるより先に、ローディの盾が地面へ下りた。


魔物の肩が盾へ当たる。


ローディは正面から押し返さない。左足を1歩引き、衝撃を斜面へ流す。


リッジハウンドの前脚が砂利を掻いた。


盾の横を抜ける幅はない。


だが、後ろには負傷者がいる。


俺なら風弾(エアバレット)(あご)下へ当てる。


水で目を逸らし、剣の側へ戻すこともできる。


まだ、どちらも使っていない。


「下げる?」


俺はローディに聞いた。


「まだ持つ。人を先に通せ」


ローディが答えた。


決めたのは盾を受けている本人だ。


「エリオット、教員まで3歩。補助員まで5歩」


俺は位置を伝える。


「道を残す!」


エリオットは魔物へ斬り込まず、ローディの盾と黄色い杭の間へ剣の線を置いた。


教員がそこを通る。


補助員も続いた。


「8人。開始時の見える組は全員」


カシアが数えた。


残り2人は南側の教員と一緒にいる。ここへ来た人数は(そろ)った。


「ローディ、下がっていい!」


カシアが後ろの空きを伝える。


ローディは盾を2回叩いた。


停止の合図。


エリオットが剣を引く。俺も1歩下がる。


ローディは盾を斜めにしたまま、鞍部側へ2歩下がった。


リッジハウンドは追わなかった。


砂利の上で頭を低くし、俺たちではなく南東を見た。


上段の草が大きく揺れる。


2体目が姿を見せた。


そいつもこちらを見ていない。鼻先を上げ、風の流れる方角へ向けている。


「2体とも南東を見てる」


ノエラが言った。


「群れの残りがいる?」


隣の班の生徒が聞く。


「分からない」


ノエラはすぐに返した。


「2体が同じ方を見た。それだけ」


南東から、硬い物がぶつかる音がした。


その直後、赤い光が草の向こうへ走った。


何の魔法かは見えない。


低いリッジハウンドが身を伏せ、上段の1体が斜面を横へ走る。


乾いた草が倒れ、その奥で橙色の火が1つ上がった。


最初は(てのひら)ほどだった。


風が吹く。


火は東へ倒れ、次の草へ移った。


「火」


ルシアスが言った。


白布は西から東へ伸びている。南東の火から黄色い杭へ、風が斜めに入ってくる。


第1退路の先に、薄い煙が上がり始めた。


アステラが表を開いた。


「第1退路の条件が変わった。今は負傷者を戻さない」


「第2退路へ移す?」


俺は聞いた。


アステラは1人で答えなかった。


「ノエラ、南側の2人とつながる?」


「第2退路は北西へ出る。南側とは離れる。でも、白布の先に補助員がいる」


「レイナ、負傷者は動かせる?」


「止血してから。今すぐ走らせない」


「ローディ、入口は?」


「1人分なら保てる。担架を通す時は盾を外へ向ける」


「ルシアス、煙は?」


「まだ上へ抜けてる。窪みの底は未確認。大きい風を出すなら、火の向きを先に決めて」


「カシア、人数」


「こっち15人。生徒は負傷者を含めて13人。教員1人、補助員1人。南側は4人のはず。現在は見えない」


必要な判断が、必要な相手から返ってくる。


俺は火、2体の魔物、15人、第1退路、第2退路を頭の中へ置いた。


全部が同時にある。


それでも、俺1人の答えにまとめる必要はない。


「カレン先生、第2退路の入口まで15人を動かせます。負傷者は止血後。煙が窪みに入れば止めます」


俺は、出た答えをつないで伝えた。


カレンは南側と火を見た。


「その準備をしてください。私は残りの組を確認します。補助員はここへ残します」


教員が南東へ戻ろうとした時、低いリッジハウンドが顔を上げた。


火から逃げるように、黄色い杭へ向きを変える。


もう1体は上段を走り、鞍部の右側へ回っていた。


乾いた草の道。


さっき、現在の退路から外した線だ。


「右から1体!」


俺が言う。


「第2退路の入口へ来る!」


ローディが盾を北側へ回す。


エリオットは第1退路に残った。


2体を1人で見ようとしない。


「右は任せる!」


「任された!」


ローディの声が返る。


レイナは負傷者の傷から手を離さない。


カシアが15人を2つに分け、アステラは第2退路を現在の表へ移す。


ノエラが窪みまでの線を読み、ルシアスは風を待つ。


俺は両方の魔物と、火と、人の位置を伝える。


南東の煙が、黄色い杭を隠した。


第1退路が見えなくなった。

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