二本目の退路
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それでは、どうぞお楽しみください。
次の確認地点は、丘の西側と北側をつなぐ浅い鞍部だった。
斜面の両側が少し高く、中央だけ草が途切れている。
土の上には細い砂利が広がり、雨水の通った筋が北西へ続いていた。
南側には石で囲まれた火床が1つあり、その周りだけ幅3歩分の草が刈られている。
火床に火は入っていない。
黒くなった薪が2本、石の内側へ残っていた。
灰は湿って固まり、風が吹いても舞わない。
「ここで2つ目の退路を確認します」
カレンが言った。
「黄色い杭へ戻る道とは別に、この鞍部から北側の水場へ出る道を探してください。火床は午後の風向き確認に使います。点火は教員が行います。生徒だけで火を足さないこと」
北側の水場は、南門から来る途中に使った石積みの水場ではない。
新しい地図には、丘の北西へ細い青線がある。
古い地図では『羊飼いの窪み』と書かれ、道の印は途中で切れていた。
「水場まで着く必要はありますか」
ノエラが聞いた。
「白い境界布までです。そこから先は補助員が確認しています」
「負傷者を運べる幅も見る?」
レイナが続ける。
「見てください。全員が歩ける道と、負傷者を運べる道を分けて記録します」
カレンは俺たちの返事を聞き、火床の横へ赤い布を立てた。
斜面の向こうから、別の組の声がする。
カレンはそちらへ向かう前に、補助員へ火打ち石の袋を渡した。
「点火までは、火床へ触れないように」
教員が見えなくなった後も、俺たちは火床から3歩空けた。
アステラが前の表を開く。戻る道の2本目は、まだ空欄だ。
「今度は埋められるといいね」
隣の班の生徒が言った。
「確認できればね」
アステラは空欄を指で押さえた。
「先に埋めるためには歩かない」
鞍部から北西へ、進めそうな線は2つある。
1つは砂利の筋をそのまま下る道。草が少なく、足元は見える。
だが、途中で地面が低くなり、白い境界布は見えない。
もう1つは右側の斜面を回る道。境界布は見えるが、乾いた草を横切る。
幅は広く、担架も通せそうだった。
「班を分ける?」
エリオットが聞いた。
カシアは10人と2つの道を見た。
「5人ずつなら、互いが見えなくなる。先に右の入口を3人で見て、残りは砂利の筋を進む。右の3人が見えなくなる前に戻る」
「右は俺とローディ。あと1人」
エリオットが言う。
「私が行くわ」
アステラが紙をノエラへ渡した。
「乾いた草と境界布の位置を書く。現在の表はノエラが持って」
右の入口は3人が確認する。
俺、カシア、ルシアス、ノエラ、レイナと隣の班の2人は砂利の筋へ入る。
補助員は火床に残った。
進む前に、俺は両方の距離を見た。
右へ行く3人の背中は、斜面の草が高くなる場所で肩から下が隠れる。
砂利の筋は、12歩先で窪みへ落ちる。
「見えるのは右が16歩、砂利が12歩」
俺が伝える。
「右は12歩で戻る」
ローディが答えた。
「砂利は窪みの縁で止まる」
カシアが決めた。
同時に動いた。
砂利は見た目より柔らかかった。靴を置くと細かい石が外へ逃げる。
急な傾斜ではないが、負傷者を担いで下れば足が揃わなくなる。
レイナが添え木2本を並べ、幅を確かめた。
「横に並べる。でも、持つ人の足場が滑る」
「短い縄を使って、後ろから下がる速さを止める?」
隣の生徒が言った。
俺は道の上側を見る。縄を固定できる木も石もない。
人が持てば、後ろの者も砂利の上に立つ。
「持つ人が増えても、同じ足場に乗る」
俺が伝えると、レイナは添え木を戻した。
「今のままでは、搬送には使わない」
歩ける者だけなら通れる。
だが、10人のうち1人が負傷した時の退路にはならない。
窪みの縁で止まった。
下は深さが膝ほどしかない。底は平らで、砂利ではなく固い土が続いている。
そこから北西の白布まで、草の少ない線が見えた。
「下り口だけ滑る」
カシアが言った。
「底へ入れば2人並べる」
「上がる所は?」
ノエラが地図から顔を上げた。
白布の手前には、低い土の段差がある。こちらからでは高さが分からない。
俺なら先に下り、底と出口を確かめる。戻れることを確認してから、残りを呼ぶ。
だが、下へ入れば鞍部から姿が消える。右へ行った3人もまだ戻っていない。
「ここで待つ」
カシアが言った。
俺は頷いた。
右側では、エリオットが片手を上げた。ローディ、アステラと順に鞍部へ戻る。
3人が合流してから、右の道を聞いた。
「幅はある。乾いた草が膝まで続く」
エリオットが言った。
「足元に穴は見えない。でも、草が重なって土を見られない場所がある」
「風は?」
ルシアスが聞く。
アステラが記録紙を見た。
「上の白布は北西。草の根元は西。同じ向きじゃなかった」
ローディが盾を下ろす。
「担架は通せる。でも、足場を確かめられない。火床からも近い」
現在の退路には使わない。
右の道は裏へ移した。
次は10人で砂利の筋を見る。
エリオットとローディが窪みの下り口へ立った。
エリオットが先に底へ下り、足を置く場所を確かめる。
ローディは上で盾を地面へ立て、手を掛ける位置を作った。
「盾を足場にはしない」
ローディが言う。
「身体が傾いた時に触るだけだ」
1人ずつ底へ下りる。ノエラは地図を胸へ抱え、レイナは添え木を縦に持った。
俺は5人下りた時点で鞍部と底の両方が見える位置へ移る。
上に5人。下に5人。
「両方見える」
俺が伝える。
カシアが上と下の人数を返した。
残りも下りる。
窪みの底は、古い地図の『羊飼いの窪み』と向きが合っていた。
かつて水が流れた跡なのか、中央だけ土が固い。
両側の縁は腰より低く、立てば鞍部の赤い布が見える。
ノエラが古い地図を広げた。
「この線、道じゃなくて水の跡かもしれない。『窪み』の横に、小さい波の印がある」
「今は水がない」
アステラが底の土を靴で押した。
「乾いて固い。でも、雨の後に使えるかは分からない」
現在の条件では使える。雨天は未確認だ。
白い境界布の手前まで進む。
出口の土の段差は、下から見ると腿の高さがあった。自力で歩ける者なら上がれる。
添え木を担架にした場合、そのまま持ち上げるには高い。
レイナが段差の右側へ回った。
土が斜めに削れ、幅1人分の坂になっている。
「ここなら、負傷者を水平に保ったまま上げられる」
「持つ人は並べない」
ローディが幅を見る。
「前後で持つ。横から支える人は上に回る」
「交代場所は底の平らな所」
カシアが10人の位置を変えた。
俺とローディが添え木を2本持ち、負傷者を載せた幅を作る。
レイナが頭側の高さを見る。
エリオットが前で出口を確認し、ルシアスは上の風と白布を見た。
実際に人は載せない。空の添え木を平行に保ったまま、出口の坂を通す。
前後なら通る。ローディの盾は枝に当たらない。足元も見える。
「搬送に使える」
レイナが言った。
「ただし、雨の後は使わない。入口の砂利で滑るなら、その時点で戻る」
ノエラが表の空欄へ線を引いた。
『第2退路――鞍部から砂利の筋、窪みの底、北西の白布。歩行可。搬送可。雨天未確認。入口の砂利が崩れる場合は使用しない』
2本目の退路が埋まった。
俺たちは同じ道を鞍部へ戻った。
出口の坂、窪みの底、砂利の上り口。
進む向きが逆になると、負傷者の頭をどちらへ向けるかも変わる。
レイナが戻りの持ち方を追加し、ローディが盾を置く位置を変えた。
俺なら上り口の砂利を水で固められる。
少量の水魔法で表面だけ湿らせれば、石が動きにくくなる可能性がある。
だが、乾いた後にさらに滑るかは確かめていない。
現在の道は、魔法を使わなくても通れた。
俺は水を出さなかった。
鞍部へ戻ると、補助員が火床の横で待っていた。
カレンも別の組から戻っている。
「2本目は?」
「確認できました」
ノエラが表を見せた。
歩行と搬送、雨天未確認、砂利が崩れた場合の停止。
アステラが使わなかった右の道を裏から見せる。
カレンは窪みの出口と、全員の靴底を確認した。
「現在は乾いています。帰りも同じとは限りません。通る直前に入口を見直してください」
「はい」
「では、風向き確認を行います」
補助員が火床の中央へ乾いた細枝を3本置いた。
その上へ、湿らせた草を少量載せる。
俺たちは火床から5歩離れた。火床の蓋はローディが持つ。
水袋はカシアと隣の班の生徒が1つずつ持った。
「煙の向きだけを見ます」
カレンが言った。
「炎を大きくしません。風向きが変わる、火の粉が石囲いを越える、煙で人の位置が見えなくなる。このどれかで蓋をしてください。誰が決めるかは班で確認を」
「風は僕」
ルシアスが言った。
「人の位置はカシア。火の粉は近い人が見つけた時点で言う。蓋はローディ」
「水は蓋の後」
ローディが続ける。
「先に掛けて灰を飛ばさない」
アステラが現在の欄へ4行だけ書いた。
補助員が火打ち石を打った。
細枝の端に小さな火がつく。湿った草から白い煙が上がり、最初は真上へ伸びた。
ルシアスが白布と煙を交互に見る。
「上は西。火床はまだ上」
高さで風向きが違う。
煙は人の背より高くなると、西へ流れた。
地面近くでは火床の縁に沿い、北へ薄く広がる。
「北の退路へ少し入ってる」
エリオットが言った。
白い煙の端が、砂利の筋を横切っている。濃くはない。10人の姿も見える。
「今は通れる」
カシアが答えた。
「でも、煙が膝より下へ溜まったら、窪みは使わない。底に入ると上から見えなくなる」
アステラが第2退路の条件へ書き足した。
俺は火床、退路、右の乾いた草、10人の位置を同時に見る。
煙の向きが一度変わった。
西へ流れていた上の煙が止まり、火床のすぐ上で形を崩す。
乾いた草の穂はまだ動いていない。
「変わる」
ルシアスが言った。
その直後、煙が南へ倒れた。
火床の内側で、赤い火の粉が1つ浮いた。石囲いは越えていない。
ルシアスはローディを見ずに言った。
「蓋」
ローディが動いた。
盾ではなく、持ってきた火床の蓋を両手で置く。
石囲いの上へ水平にかぶせ、隙間を厚布で塞いだ。
炎が消え、白い煙だけが細く漏れた。
カシアが10人を数える。レイナは煙を吸って咳をした者がいないか見る。
エリオットは右の乾いた草と火床の間へ立った。
俺は風圧を使わなかった。
風で煙を払えば、火の粉も動く。
どちらへ飛ぶかを全員が同じように確認できていない。
補助員が蓋の隙間から火床を確かめた。
「消えています」
カレンはルシアスに聞いた。
「蓋を決めた理由は?」
「風向きが変わりました。火の粉は石の内側でしたが、次にどちらへ出るか分からなかったからです」
「確認を続けるために、もう一度つけますか」
ルシアスは首を振った。
「今の風は揃っていません。必要な向きは見ました。続けません」
確認課題のために、火をもう一度つける必要はない。
アステラは『南へ変化、火の粉1、石囲い内、蓋で消火』と表へ書いた。
火床の周囲に燃え移りはない。水袋は使わなかった。
カレンは紙を返した。
「この区画の確認は終了です。帰路に入る前に、2班で現在の道を読み合わせてください」
俺たちは鞍部の風下を避け、砂利の筋の入口から離れて集まった。
ノエラが表を読む。
黄色い杭へ戻る第1退路。鞍部から窪みを通る第2退路。動く石。見えない窪地。
乾いた草。火床。風向きが変わった時刻。搬送時の向き。
雨天と煙は未確認の条件が残る。
「帰りはどっち?」
エリオットが聞いた。
「第1退路」
カシアが答えた。
「南門へ戻るなら黄色い杭が近い。第2退路は北側へ出る必要がある時だけ」
「火床の煙は消えた。でも、右の草は通らない」
ルシアスが加える。
「10人。歩き方に変化なし」
レイナが全員を見た。
ローディは火床の蓋を補助員へ返さず、背負い袋の外側へ結び直した。
「これは学園へ戻るまで持つ物だ」
選んだ道具は、使った後も役割を終えていない。
ノエラが表を閉じる前に、俺は2本の退路を見た。
今使うのは1本だけだ。もう1本は、使わない答えとして裏へ回したのではない。
条件が変われば、誰でも現在へ移せる線として表に残っている。
俺が決め直す必要はない。
「行こう」
エリオットが黄色い杭の方向へ向いた。
その時、丘の南東から笛が鳴った。
1回。
短い間を置いて、続けて2回。
合計3回。
魔物を見た時の合図だ。
カレンが南東を向いた。
補助員は火床の蓋を確かめ、もう1人の教員がいる坂へ腕を上げる。
誰も走り出さなかった。
ローディが盾を前へ回す。エリオットは剣の柄へ手を置き、抜かずに南東を見る。
カシアが10人を数え、レイナは添え木と包帯を持つ。
ルシアスは白布と煙のない空を確かめた。
アステラが表を開き、ノエラは新旧の地図を並べる。
俺は笛の方向と、2本の退路と、教員3人の位置を伝えた。
カレンが短く言った。
「全員、その場で待機。現在の退路を保持してください」
10人は動かない。
南東で、もう一度、笛が3回鳴った。
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