増えた条件
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それでは、どうぞお楽しみください。
夕食後、俺は机の上へ予定帳と実習の記録を並べた。
カシアに言われた言葉の下には、まだ空白が残っている。
任せたのではなく、代わりに決めただけ。なら、次は何を渡せばいいのか。
俺はこれまでの実習で止まった条件を、別の紙へ一つずつ書き出した。
道を変えてよい範囲。役割を変えてよい条件。作業を中止する条件。
俺へ判断を戻す条件。俺がいない場合に次に決める者。
それぞれに、誰が何を確認するかも足していく。
向かいの机で剣の手入れをしていたエリオットが、紙の端を覗いた。
「まだ増えるの?」
「足りなければ、また止まる」
「多すぎても止まるって、前にやったよね」
「合図ではなく、判断の条件だ」
答えながら、俺は道が狭くなった場合の欄へ、荷の幅、足場、人数、戻れる距離を加えた。
合図を増やした時は、同じ意味を持つものが重なっていた。
今回は意味を分けている。同じ失敗にはならない。
ルシアスが寝台の上で本を閉じ、こちらへ身を乗り出した。
「これ、最初から全部覚えるの?」
「覚えなくていい。紙を見れば確認できる」
「実習中に?」
俺が頷くと、盾の革紐を拭いていたローディが手を止めた。
「走りながらは読めないぞ」
「判断する前に見る。間違えるよりいい」
3人はそれ以上言わなかった。
俺は空欄がなくなるまで条件を書き、4人分を写してから眠った。
翌朝は雨だった。
野外基礎の授業は北門の外ではなく、備品棟に併設された屋根付きの訓練場で行われた。
床には白い線で出発地点と仮設の避難所が描かれ、その間へ幅の違う木板、低い柵、濡れた布が置かれている。
今日の班は、俺、エリオット、ルシアス、ローディ、アステラだった。
訓練場の端には、水袋、毛布、縄、灯り用の油、木の添え板が入った5つの箱が並ぶ。
どれも同じ大きさだが、重さは違っていた。
カレンは各箱と通路を示した。
「避難所まで、必要だと判断した箱を3つ運びなさい。開始後に条件を変えます。全員が別の情報を受け取るので、見せずに伝えてください」
俺は昨夜作った紙を4人へ渡した。
「条件が変わったら、該当する欄を確認してくれ。道はエリオット、重さと運搬人数はローディ、火と魔力に関わるものはルシアス、条件の順番はアステラが決める。複数に重なる場合も、紙に戻す順番を書いてある」
アステラは紙の表と裏を読み、眉を寄せた。
「確認項目が42あるわ」
「重ならないように分けた」
「ええ。分かれてはいる」
開始の笛が鳴った。
最初の条件は、雨の中で一晩を過ごす5人と、歩けない負傷者が1人。
避難所には屋根があるが、水はない。
エリオットは水袋と毛布を選び、ローディは箱を持ち上げて重量を確かめた。
ルシアスは油の箱を見て、濡れた薪へ火をつける場合の扱いを説明する。
アステラは負傷者の固定に添え板を使う可能性と、縄で代用できる範囲を分けた。
4人の報告を聞きながら、俺は水袋、毛布、添え板の3つだと考えた。
ただし、負傷箇所が分からなければ添え板が必要とは限らない。
油を外せば、夜の冷えに対する熱源を失う可能性もある。
「負傷者の状態を先に確認する必要がある」
言いかけて、俺は止めた。代わりに答えを出さない。そのための紙だった。
アステラは条件の順番を決める欄を開いた。
そこには、負傷者、退路、天候、時間、火、荷の順で確認すると書いた。
ただし、天候の変化が継続する場合は退路より先に置き、火が使えない場合は荷の選択へ戻るとも書いてある。
「今の雨は、変化が継続する場合に入る?」
「開始前から降っているから、変化ではないと思う」
ルシアスが答えた。エリオットは別の行を指す。
「でも、床の布は濡れてる。通路条件には入るよ」
「通路が変わった場合は、道の確認が先ね」
アステラは裏面をめくった。
4人とも判断に必要なことは見ている。俺は口を挟まず待った。
やがてエリオットが左の木板を通る道を選び、ローディと2人で水袋の箱を運び始めた。
最初の箱が白線を越える前に、カレンが5人へ伏せた札を1枚ずつ渡した。
俺の札には「避難所の火床は使用禁止」とある。
エリオットは「左の木板は破損」、ルシアスは「雨は夕方までに止む」、ローディは「運搬役1人が片腕を使えない」、アステラは「負傷者は意識があり、脚を動かせない」だった。
俺たちは札を見せず、内容を口にした。
「左は使えない。右は狭いけど、箱1つなら通る」
「火床が使えない。油は外せる」
「雨は止む。濡れたものを乾かす条件は下げていい」
「運搬役が片腕を使えない。2人で持つ箱は組み合わせを変える必要がある」
「負傷者は脚を固定して運ぶ必要があるわ」
必要な箱は水袋、毛布、添え板でいい。
道は右へ変え、運搬は片腕を使えない者を補助へ回せば進められる。
だが、紙では通路の変更をエリオット、運搬人数の変更をローディ、負傷者対応をアステラが決める。
3つが同時に変わる場合は、最初に退路を確保し、その後で負傷者を固定し、最後に荷を選び直す。
片腕が使えない者が道の担当と重なる場合は、次の担当者へ渡す。
その次の担当者は、他の変更を担当していない者と書いていた。
「僕は道を決める。でも、運搬役から外れるなら、次の道担当は誰?」
エリオットが紙を見た。
「他の変更を担当していない者だから、ルシアスだと思う」
「僕は火と油の変更を担当してるよ」
「その変更はもう終わった扱いか?」
ローディの問いに、ルシアスは紙の裏を探した。
終わった判断をいつ担当から外すかは書いていない。
俺ならエリオットに道を任せたまま、運搬から外す。
ローディと俺で箱を持ち、ルシアスが後ろから支える。すぐに答えられる。
それでも言わなかった。俺が決めれば、昨夜の紙を書いた意味がなくなる。
アステラは3人の担当欄を並べ、優先順位の行へ指を滑らせた。
雨、負傷者、通路、運搬、火。別の箇所には退路、人数、荷、負傷者、天候。
使う場面ごとに順番を変えたため、どちらを先に適用するか決める条件が必要になる。
「その条件は、どこ?」
誰も答えられなかった。
訓練場の砂時計が落ち切った時、水袋の箱は左の木板の手前に残っていた。
俺たちはその後、エリオットを道の担当に残し、ローディと俺で箱を運び、ルシアスを記録と後方確認へ回した。
アステラが負傷者の条件から添え板を確定し、3つの箱を避難所まで運び終える。
選んだ箱も、右の道も、役割の変え方も間違ってはいなかった。
カレンは箱の中身と記録を確認し、机の上に広がった4枚の紙を見た。
「この紙がなければ、判断できませんでしたか」
「できます」
アステラが答えた。
「では、この紙で何が早くなりましたか」
返事はなかった。俺は42の項目を上から見直した。
危険を見落とさず、誰でも同じ順で確かめられるようにしたはずだった。
カレンは答えを言わず、次の班のために箱を戻すよう指示した。
片づけの途中、アステラが4枚の紙を重ね、角を揃えて俺へ返した。
「条件は必要よ。けれど、全部を同じ紙に置いたから、どれを使うか決める条件がまた必要になっている」
「分ければ使える」
「分け方を誰が決めるの?」
俺は紙を受け取った。昨日の実習で、4人は俺の答えを待って止まった。
今日は俺の答えを書いた紙を読みながら止まった。
「レオン」
箱を棚へ戻したエリオットが、俺の予定帳を指した。
「これ、昼に4人で減らそう。僕たちが使う紙なんだから、僕たちも決める」
ルシアスとローディが頷き、アステラは予定帳の空いた時間を確認した。
俺は昨夜、一人で埋めた42の項目を見た。減らせば、伝えられない条件が残る。
残った条件で誰かが間違えるかもしれない。
それでも、紙を閉じて鞄へ戻した。
昼休みの欄には、俺の字で「条件を整理する」と書いてある。
その下へエリオットが線を引き、5人分の小さな丸を描いた。
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