聞いたことを確かめる
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それでは、どうぞお楽しみください。
翌朝、俺は帳面に書いた相手を順番に訪ねた。
最初はギルドの記録を扱う職員だった。読み書きと計算について、試験でどの程度の問題が出るのかを聞くためだ。
「公開されている例題は、難しい文章ではありません」
職員は紙を1枚渡した。
「ただし、依頼書のように必要な情報だけを拾えば終わるものではありません。文章全体の意味を取り、条件を並べ、間違いなく答える必要があります」
問題には、ある町までの距離と、荷車の速度、途中で休む時間が書かれていた。俺は数字を紙へ移し、順番に計算する。答えは出たが、途中の休憩時間を1回分だけ数え忘れていた。
「計算そのものより、条件の拾い方です」
職員が言った。
「知っている方法でも、書かれていることを落とせば間違えます」
戦いと似ていると思った。見たものを使えるとは限らない。必要な情報を拾い、順番を決め、最後まで確かめる。けれど、計算を剣と同じように扱えば、今度は別の条件を落とすかもしれない。
俺は間違えた場所へ印をつけ、同じ問題を最初から解き直した。
昼前にはヴェラのところへ向かった。魔法の基本について書かれた本を開き、分からなかった言葉を見せる。
「外へ出した魔力が、風になる理由を知りたい」
「理由を一つで説明しようとしないで」
ヴェラは机の上へ小さな木片を置いた。
「魔力の性質、周囲の空気、形を保つための制御。どれか一つだけでは、あなたの《風弾》にはならない」
「じゃあ、俺が今使っているのは?」
「使えている。でも、説明できる範囲は狭い」
ヴェラは木片の横へ細い線を引いた。
「同じ風を出しても、押す、流す、散らすでは結果が違う。魔力を増やせば全部できるわけじゃない。何を起こしたいのかを決めて、必要な分だけ形を作るの」
俺は本の説明と、今までの訓練を並べた。魔力を左手へ流す。外へ出す。小さく保つ。風を当てる。俺は動作としては知っていたが、どこで何をしているのかを言葉にできていなかった。
「一度、説明してみなさい」
「魔力を左手へ流して、外へ出す。空気を押して、対象を動かす」
「半分は成功ね。力を足さないで」
ヴェラは木片を指した。
「対象を動かしたいのか、倒したいのか、流れを変えたいのかで、必要な風は変わる。そこを分けなさい」
俺が手のひらへ集めた風を小さくすると、ヴェラは首を横へ振った。
「小さくすることと、弱くすることも同じではないわ」
「範囲を狭くして、押す力は残す?」
「そう。今度は布の端だけを動かして。柱まで揺れたら広すぎる」
一度目は布全体が持ち上がった。
「失敗?」
「結果が違っただけ。何を変えるか言ってから、もう一度」
「外へ出す量はそのまま。広がる前に、右端へ流す」
「やってみなさい」
「《風弾》は、倒すためじゃなくて、動かすために使うことが多い」
「そう。なら、威力を増やすより、目的へ合わせて外す方が重要な場合もある」
今までの依頼を思い返す。魔物の前脚を崩したとき、荷車から小型【魔物】を離したとき、火災で煙を動かしたとき。同じ《風弾》や《風操作》でも、目的は違っていた。
俺はそれぞれの場面を書き分けた。何を動かしたか。何を動かさなかったか。魔力を使ったあと、どこへ繋げたか。
「知識は、使ったあとに確かめるの?」
「使う前にも必要。でも、使った結果と照らし合わせなければ、覚えたのは言葉だけになる」
ヴェラの返事は、俺が今まで続けてきたことと似ていた。考えて、やって、間違えた場所を直す。ただ、今回は剣ではなく、言葉と仕組みを扱っている。
午後はオルドを訪ねた。野外の安全と魔物の生態について聞くと、オルドはすぐに答えをくれなかった。
「北西の山道で見たものを、最初から説明しろ」
俺はテンペストドレイクの話をした。白い傷、岩粉、折れた枝、静かな森、灰青色の身体、古傷、減った小型【魔物】の記録。確認したことと、考えたことを分けて話す。
「餌場が減ったから南へ来た」
そこまで言いかけて、俺は止まった。
「正確には、餌場が縮小した可能性が高い。南下へ影響した条件の一つかもしれない。でも、直接の理由とは決めていない」
オルドは頷いた。
「前よりはましだ」
「前は?」
「見たものへ、すぐ名前をつけていた」
「今も、テンペストドレイクって名前はつけてる」
「あれは分類だ。原因の名前じゃない」
俺は黙った。
オルドは地面へ3本の線を引いた。
「見たこと。そこから考えたこと。まだ調べていないこと。この3つを混ぜるな。混ぜると、分からないものが分かったように見える」
俺はその線を帳面へ写した。今回の報告書にも、似た分け方があった。けれど、俺はそれを自分の考え方として使い切れていなかった。
「学園で、生態を学ぶなら?」
「生態だけ覚えても、現地で見分けられなければ役に立たん。逆に現地だけ見ても、比較する記録がなければ一度の経験で終わる」
「両方必要?」
「必要だ。だから一人で全部やろうとするな」
ゼノにも似たことを言われた。けれど、オルドの言葉は別の角度から聞こえた。仲間へ任せるだけではなく、他人が積んだ知識を自分の中へ入れ、それを現地で確かめる。自分の経験だけを増やすのではなく、他人の経験も使える形にする。
夕方、俺はギルドへ戻り、朝の計算問題とヴェラの説明、オルドの3本の線を一つの紙へまとめた。
読み書きと計算は、条件を落とさないこと。魔法は、言葉と動作を繋げること。野外と魔物は、事実・推測・未確認を分けること。
どれも、剣のように一度振れば身につくものではない。けれど、できない理由が分からないままではなくなった。
「今日だけで、かなり書きましたね」
フィナが紙を見た。
「覚えた?」
「まだ」
「正直ですね」
「分かったことと、分からないことを分けた」
フィナは紙の端を押さえた。
「それなら、今日の目的は達成しています」
その夜、俺はいつもの訓練帳へ予定を書いた。朝は走り込みと剣。昼は試験科目の一つ。午後は魔法か記録。毎日全部を詰め込まず、休む日も残す。
学ぶことを増やしたからといって、眠る時間を削ってはいけない。無理をして崩れれば、剣も魔法も勉強も続かない。
努力するものが増えたなら、続けられる形へ並べ直す必要がある。
俺は紙の上で、明日の予定を一つ減らした。最初は全部やろうと思っていたが、詰め込みすぎれば確認する時間がなくなる。
ゼノが横から紙を見た。
「減らしたな」
「うん。これなら続けられる」
「なら、明日からやれ」
短い返事だった。
足りないものは、まだ多い。学園を受けると決めてもいない。試験の日も、合格する可能性も分からない。
それでも、今の自分に何が足りず、誰へ聞けばよく、聞いたことをどう確かめるかは見え始めていた。
知らないことを知る。
知ったことを使う。
使った結果を、もう一度確かめる。
俺は帳面を閉じ、灯りを消した。明日は、今日聞いたことが本当に使えるかを、自分の手で試す。
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