↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第七章 選んだ先へ
PR
204/265

分けて持ち帰る

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

板状鱗を持ち帰った翌朝、ギルドの記録室へ、魔物の身体を調べた経験があるという職員が来た。


名前を聞く前に、調査担当者が地図と記録を並べた。斜面の粉、岩へ残った白い傷、テンペストドレイクの進路、首から肩へ伸びた古傷。先に見たものを分けてから、身体の状態を確認するためだった。


「この傷は、戦闘でできたものではありません」


職員は板状鱗の内側と、記録に写した首の傷を見比べた。


「傷の縁が閉じている。鱗の欠けた部分も、周囲の組織が硬くなっている。少なくとも、倒れる直前についた傷ではありません」


「どれくらい前か分かる?」


「正確には分かりません。季節をいくつか越えている可能性はありますが、年数までは決められない」


古い傷であることは確認できた。けれど、それだけでハルウェンを襲った魔族や、北の山道に残った鉄のような欠片と結びつけることはできない。傷を残した相手も、場所も、今の記録にはない。


職員は傷の位置を指でなぞった。


「首の横から肩へ伸びています。ここを大きく動かすと、皮膚だけでなく下の筋肉も引かれるでしょう」


「動きに影響する?」


「可能性はあります。ただ、どの程度かは生きているときの動きを見なければ分かりません」


俺は谷の向こうで見た姿を思い出した。大きな身体が灌木を倒し、局所的な空気の揺れが走った。あのとき、頭部や前脚は見えなかった。動きが遅かったのか、地形の向こうでそう見えただけなのかも分からない。


「記録では、首を動かすたびに片側へ遅れがありました」


調査担当者が言った。


「谷の向こうで見た者は、向きを変える前に身体を大きく傾けたと書いています。ただし、距離があり、木も多かった」


「傷が原因だとは言えない」


ゼノが言った。


「だが、関係がないとも言えない」


傷は一つの答えではなかった。身体の動きと、現地で見た痕跡を合わせるための情報だった。


午後、俺たちは斜面下の記録をもう一度確認した。古い狩人の報告には、水場の近くで小型【魔物】を見たという記録が何度もある。草地の広さ、足跡の数、木の実を食べた跡。詳しい数値はないが、同じ場所が何度も餌を探す場所として書かれていた。


最近の記録では、水場の片側が崩れ、草地の一部が岩と砂で覆われている。さらに、荷車が通るようになったことで、谷へ下りる細い道が人の通行に使われていた。小型【魔物】の目撃が減ったのは、別の場所へ移ったからかもしれない。けれど、餌を取れる場所そのものが狭くなったことは、複数の記録で重なっていた。


「餌場が小さくなったことは、かなり確かです」


調査担当者が言った。


「ただし、テンペストドレイクがその場所を使っていたという直接の記録はありません」


「大型の個体が、小型【魔物】と同じ場所を餌場にしていたかも分からない?」


「食べる種類も量も違います。小型【魔物】が減ったことだけで、テンペストドレイクの餌が減ったとは断定できません」


俺は紙に書かれた記録を見た。可能性は高くなっている。それでも、足りない部分が残っている。


ゼノは地図の上に、3つの印を置いた。古傷が確認された場所ではなく、身体が見つかった場所、斜面の入口、過去に餌場として使われていた水場だ。


「傷で動きが変わった」


ゼノが言う。


「餌場が狭くなった」


俺が続けた。


「その二つが重なって、南へ来た可能性がある」


「可能性は高い」


調査担当者が答えた。


「ただし、どちらが先かは分かりません。傷が先なら餌を取れなくなった。餌場の変化が先なら、移動中に傷を負った。別の場所で傷を負い、餌場の減った地域へ移動した可能性もあります」


原因を一つに決めるには、まだ情報が足りない。けれど、何も分からないわけではなかった。


少なくとも、テンペストドレイクが南へ現れたことを、単純な気まぐれとは扱えない。身体には長く残った傷があり、北側の餌場には変化があった。二つは、移動に影響した条件として記録できる。


「鉄の欠片については?」


俺が聞くと、調査担当者は別の紙を開いた。


「岩に残ったものは、まだ照合できていません。素材の種類も、いつ付いたものかも不明です。身体の傷と同じ原因だという証拠はありません」


「南西の荷車や、別の襲撃とは?」


「繋がる記録はありません」


ゼノが俺を見る。


「分からないものを、分かったことの近くへ置くな」


「うん」


南西の箱も、荷車も、魔族も、今回の山道の個体とは別の記録だ。似た時期に起きたことと、同じ原因であることは違う。


夕方、テンペストドレイクの身体を残した場所へ送る追加の指示が決まった。古傷の周囲を傷つけず、首の器官と腹部は経験者が立ち会うまで開かない。回収する素材は板状鱗の一部だけに留め、身体全体を動かす作業は道の支えを作り直してから行う。


討伐したから終わりではなかった。死んだ身体から分かることもあれば、分からないこともある。分からない部分を埋めるために、さらに人を山へ入れるなら、その人たちを戻す条件が必要になる。


俺は訓練帳へ書いた。


古傷は長期間残ったもの。首と肩の動きへ影響した可能性あり。北側の餌場は、崩落と荷車の通行によって縮小した可能性が高い。テンペストドレイクの南下へ影響した条件として記録するが、直接の順序と根本原因は未確定。鉄の欠片、傷をつけた相手、南西の事件とは結びつけない。


書き終えると、ゼノが紙の端を見た。


「次は何をする」


「分からないものを、分かる人に聞く」


答えたあとで、少し考える。


「でも、今いる場所で聞ける人がいるかは分からない」


「探せ」


「聞いた答えが違っていたら?」


俺が尋ねると、職員は古傷の写しを指で押さえた。


「誰が、何を根拠に答えたかを残します。専門家でも、見ていないものは断定できません」


「一人に聞いて終わりじゃない?」


「記録が足りなければ、別の分野へ回します。傷を見る人と、生態を見る人では、必要な資料が違います」


ゼノが帳面を閉じる音を立てた。


「お前が全部知る必要はない」


「誰に何を聞くかは、知らないと選べない」


「そこから覚えろ」


短い言葉だった。


これまでの俺は、見たものを繰り返し、自分で確かめてきた。けれど、記録の読み方や魔物の身体、餌場の変化については、知らないことが多い。知らないまま同じ場所を見続けても、拾える情報には限界がある。


町を出る前、俺はギルドの掲示板へ目を向けた。依頼だけでなく、分類資料を扱う場所、魔物の生態を学ぶ場所、同じ記録を積み重ねている人間がいる場所。


まだ、どこへ行くかは決まっていない。


ただ、今のままでは足りないことだけは分かった。


テンペストドレイクの傷も、餌場の変化も、俺が一人で見つけたものではない。誰かが残した記録と、現地で見たものを重ねて、ようやく可能性として形になった。


次に積むべきものは、剣だけではない。


俺は帳面を閉じ、ゼノの横へ並んだ。山道へ戻るための道は、まだ整備の途中だった。けれど、次に見るべきものは、少しずつ変わり始めている。

お読みいただきありがとうございました!

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面の下(または目次ページなど)にある**【ブックマーク登録】と、【★★★★★評価】**で応援していただけると本当に嬉しいです!


感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。