残された鉄
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それでは、どうぞお楽しみください。
南の町へ戻ったあと、灰色の粉はすぐには捨てず、ギルドの記録室へ運ばれた。
机の上には、斜面で採った粉、周囲の岩から削った粉、テンペストドレイクから外れた板状鱗の内側を布で軽く拭ったものが並んでいる。どれも灰色に見えたが、同じものだと決めるには足りなかった。
「水を使います」
調査担当者が浅い皿を3つ置いた。粉を少量ずつ入れ、細い棒で混ぜる。岩粉はすぐに沈んだ。鱗から取った粉は水面に浮くものがあり、しばらくしてからゆっくり落ちた。
「斜面の粉は?」
俺が聞くと、調査担当者は皿を傾けた。
「両方あります。重い粒と、浮く細かなものが混ざっている」
「鱗が岩へ触れた?」
「その可能性は上がりました。ただ、鱗を加工した粉を岩へ混ぜても似た結果になります。斜面で何が起きたかまでは、これだけでは決められません」
見た色が同じで、混ぜた結果が似ている。それでも、元の場所と時期が分からなければ、原因には届かない。
調査担当者は皿の横へ小さな紙を置いた。
「斜面の粉は、テンペストドレイクの身体が通った線の近くから採った。岩壁に付着していたものです。身体の表面から直接落ちたものではありません」
「だから、身体の粉だとは言えない?」
「岩へ擦れた結果かもしれない。別の場所から風や水で運ばれた可能性も残る。採った位置が重要になります」
俺は訓練帳へ、粉の色ではなく場所と混ざり方を書いた。見たものを名前へ変える前に、どこにあったかを残す。
次に、ギルドが保管している北西山道周辺の記録を調べた。魔物の討伐記録、狩人の報告、炭焼きが使う道の確認書。どれも詳しいものではなかったが、年と場所が書かれている。
「この斜面の下で、以前は小型【魔物】の目撃が多い」
調査担当者が古い紙を指した。
「ただし、数は正確ではありません。見た者が依頼を出した記録と、通りがかった者の話が混ざっています」
記録には、灰毛の小型獣、角のある獣、鳥型の【魔物】の名前が並んでいた。南側の谷で狩りをしたという報告もある。今の斜面で見つかった少ない足跡と、種類が一致するものもあったが、同じ群れだとは言えなかった。
「古い記録と、最近の記録を分けます」
俺が紙を分けると、調査担当者が頷いた。
古いものには、斜面の下に複数の足跡があったこと、谷の水場で小型【魔物】を見たこと、木の実を食べた跡が多かったことが書かれている。最近のものでは、足跡の数が少なく、水場の近くには人間の荷車が通った跡が増えていた。
けれど、報告が減ったのは魔物が減ったからとは限らない。狩人が別の道を使うようになった可能性もある。荷車が増えたのも、道が変わったからかもしれなかった。
「それでも、餌場が狭くなった可能性はあります」
調査担当者が言った。
「斜面の草地が崩れ、谷の水場へ近づく道が変わっている。小型【魔物】の痕跡も減っている。ただし、直接確認したのは現在の少ない痕跡と、過去の記録の差だけです」
「テンペストドレイクが南へ来た理由には?」
「関係する可能性はあります。ただ、古傷があります。傷で動きや狩りが変わった結果、餌場を変えた可能性も残る」
ひとつの理由に決めるには、まだ足りない。
午後、ゼノと一緒に解体担当者のところへ向かった。油布に包まれた板状鱗は、まだ町へ運び込まれていない。山の中へ残したままでは、雨や他の魔物に影響される。持ち帰るために、まず支えへ載せる荷物の重さを測る必要があった。
「これくらいなら運べる」
解体担当者が、木製の枠へ同じ重さの砂袋を載せた。板状鱗と同じ重さになるよう調整している。
「1人で持つな。2人でも狭い場所では持ち手が重なる」
ガイウスが言った。
「板へ載せるなら、載せたあとに固定する時間も必要です」
レムスが続ける。
持ち帰る物の重さだけでなく、止まる時間、通す人数、支えにかかる力まで考える。素材を得ることは、刃物を入れるところで終わらない。
翌朝、俺たちは再び山へ向かった。昨日と同じ5人に、解体担当者と荷物を扱う者が2人加わる。今度は板状鱗を持ち帰る可能性を含めて、帰還時刻を先に決めた。
身体の場所へ着くと、油布は濡れていなかった。周囲の地面に新しい大型の跡はなく、細い足跡だけが昨日より少し増えている。近づいたのか、通り過ぎただけなのかは分からない。
「先に支えを測ります」
調査担当者が言う。
空の板、砂袋、木製の枠の順で通した。板状鱗と同じ重さの枠を載せると、杭が少し沈んだ。昨日の線を越えるほどではないが、持ち手を増やせば別の力が加わる。
「1人ずつ渡す。支えの上で受け渡さない」
ゼノが決めた。
鱗を持ち上げる前に、周囲の人間を配置する。ガイウスは谷側、レムスは後方、調査担当者は板の沈みと杭、解体担当者は鱗の端、俺は全員の位置と空いた場所を見る。
「持ち上げる」
板状鱗が地面から離れた。表面には灰色の粉が残っている。戦闘で割れた端には新しい欠けがあり、内側には細い線が走っていた。血管の跡に見えるが、乾いて変色した組織かもしれない。
支えへ置くまでに、杭が一度だけ鳴った。
「止まる」
俺が言うと、全員が動きを止めた。杭は傾いていない。板も大きく沈んでいない。それでも、載せた直後の状態を確認せずに次へ進めば、変化を見落とす。
調査担当者が線を引き直す。
「今は通せます。ただし、往復は1回。戻るときは枠を空にします」
鱗を載せた板を、1人ずつ支えの上へ渡す。誰かが急げば、持つ者の足が重なる。俺は前の人が下りたことを確認し、次の人へ声をかけた。
昨日まで、俺は戦いの中で遅れないことを考えていた。今は、急がないことで全員が動ける場所を残す。やることが同じでも、相手と目的が変われば、必要な順番も変わる。
無事に反対側へ下りると、解体担当者が息を吐いた。
「これだけで、戦いより疲れるな」
「戦いじゃないから、戻るまでが終わりじゃない」
俺が言うと、ゼノがこちらを見た。
「それでいい」
ガイウスが板の持ち手から手を離し、指を開いた。
「相手は動かねえのに、こっちは一歩ごと止まるからな」
レムスが空になった帰りの枠を確かめる。
「動かないものほど、こちらが無理をしても警告してくれません」
「鱗に殺されたら笑えねえ」
「笑う前に記録へ残ります」
調査担当者の真顔の返事に、ガイウスは一度だけ喉を鳴らした。
俺も息を整え、次の一歩の前に持ち手と足場を見直した。
町へ戻ってから、板状鱗は乾いた布の上へ置かれた。水で洗うと表面の粉や付着物が失われるため、まずはそのまま記録する。斜面で採った灰色の粉も、別の紙の上で乾かした。
照合の結果、斜面の粉には鱗の内側と似た浮く粒が含まれていた。ただし、岩粉も混ざっている。鱗が岩へ擦れた可能性は残ったが、別の場所で鱗を削った粉が運ばれた可能性も消えない。
古い記録と最近の記録を重ねると、斜面下の小型【魔物】の目撃は減っていた。水場へ続く草地も、崩落と荷車の往来で狭くなっている。餌場が縮小している可能性は、前より高くなった。
それでも、テンペストドレイクが南へ下りた直接の理由は決まらない。古傷のせいで移動したのか、餌が減ったから移動したのか、その両方なのか。確認できる記録だけでは、まだ分けられなかった。
俺は帳面へ書いた。
斜面の粉は岩粉と鱗に似た粒が混在。鱗が岩へ触れた可能性あり。過去の記録と比べ、小型【魔物】の目撃と水場へ続く草地が減少。餌場縮小の可能性は高まったが、南下の直接原因は未確定。
書き終えると、ゼノが机の上の鱗を見た。
「次は、古傷を調べる」
「町で?」
「身体の傷と、動きの記録を合わせる。傷だけでは足りない」
俺は頷いた。
見つけた傷を原因にしない。減った餌を、すぐに移動の理由にしない。けれど、別々に見えたものが、同じ時期と場所へ重なり始めている。
答えはまだ遠い。
それでも、持ち帰った鱗と記録は、次に確かめるものを増やしていた。
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