北から来た理由
ご覧いただきありがとうございます!
よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!
それでは、どうぞお楽しみください。
翌朝、ギルドの小部屋には、昨日持ち帰らなかった板状鱗の記録と、テンペストドレイクがいた場所までの地図が広げられていた。
油布へ包んだ鱗は、まだ山の中にある。持ち帰るには支えを通す必要があり、身体の近くへ置いたままにするなら、誰かが残って見張らなければならない。素材を取ったことで、守るものが増えていた。
「今日は斜面の入口までです」
調査担当者が地図へ印をつけた。
「昨日、身体の位置へ繋がっている可能性がある痕跡の方向を記録しました。そこから先を見ます。ただし、斜面を登るとは限りません。崩れている場所へ入る必要があるなら、入口の状態だけ確認して戻ります」
「鱗は?」
ゼノが聞いた。
「現地に残します。持ち帰る条件が決まるまで、近くの石へ固定して油布をかけます」
俺は地図の印を見た。身体の位置から斜面の入口までは、歩けば短い距離だった。けれど、道があるわけではない。倒木、崩れた岩、谷側へ傾いた土が続いている。距離だけで近いとは言えなかった。
同行するのは昨日より少ない。解体担当者と荷物を扱う者は町に残り、持ち帰り用の板と縄を整えることになった。ゼノ、ガイウス、レムス、調査担当者、俺の5人で、測定具と記録用の杭だけを持って山へ入る。
出発前に、ゼノが条件を確認した。
「斜面の下へ入らない。足場が崩れたら戻る。身体の場所を離れすぎない」
「時間は?」
「昼の鐘までに入口へ戻る」
俺は訓練帳へ書いた。調べる範囲は広げる。でも、戻る線は変えない。
山道入口を通り、昨日と同じ閉鎖縄の内側へ入る。支えのある区間にはまだ新しい板が置かれていた。昨日の作業で動かした杭は、仮の印をつけたまま残っている。今朝は人を通していないらしく、板の上に新しい足跡はなかった。
「ここから先は、昨日の記録と重ねます」
調査担当者が言い、地図の上へ透明な薄板を置いた。昨日記録した足跡、尾が岩へ触れた位置、白い傷の方向、身体の向きを重ねる。身体の位置へ向かうように見えた線は、崩落地点の中央からまっすぐ続いているわけではなかった。
谷側へ寄り、途中で一度、山側へ大きく曲がっている。
「避けたのか?」
ガイウスが聞く。
「避けたように見えます。ただ、最初からこの線を通った可能性もあります」
調査担当者は、地図へ2本の線を引いた。
「身体の大きさから考えると、谷側は通れます。ですが、崩落で道幅が変わった時期が分かりません。曲がった理由はまだ記録できません」
俺は岩壁を見た。高い位置に、灰色の粉が細く付着している。テンペストドレイクの鱗と同じ色に見えたが、近くの岩にも似た色が混じっている。
調査担当者が棒の先で少量を取った。
「色だけでは決めません。鱗か岩粉か、町で照合します」
俺は頷き、触れずにその場所を描いた。
斜面の入口までは、昨日の戦闘場所から半刻ほどだった。途中に新しい足跡はない。大きな身体が通った跡らしい折れた枝はあるが、折れた時期が分からないものも多かった。枝の折れた高さと地面の傷が重なる場所だけを、別の印で残していく。
「ここは新しい」
レムスが斜面の脇を指した。低い木の幹に、表面を削ったような線が3本ある。削れた部分の色が周囲より明るく、下へ落ちた木片も湿っていない。昨日からできたものかは分からないが、古い雨で洗われた跡とは違って見えた。
ゼノが線の高さを確認する。俺の胸より上で、ガイウスの肩より少し低い。
「身体のどこかが触れた可能性はある」
「首の傷と同じ高さではありません」
調査担当者が答える。
「傷と木の線が同じ原因だとは扱いません」
同じ灰色に見えること、同じ方向にあること、近くに残っていること。それだけでは足りない。見つけたものを一つの線へ繋げるには、時間と形が必要だった。
斜面の入口には、南へ下がる浅い溝があった。水が流れた跡にも見えるが、雨のあとにできたものか、何度も身体が通って押し固めたものかは分からない。溝の両側には、低い草が広い範囲で倒れている。
俺は草の根元を見る。折れているもの、潰れているもの、枯れて立ったままのものが混ざっていた。
「全部が同じ時期じゃない」
「そう。倒れた方向も同じではありません」
調査担当者が膝をつき、草の間の土を指で分けた。浅い穴がいくつかあり、乾いた土の中に小さな骨が残っている。テンペストドレイクが食べたものか、別の【魔物】が残したものかは分からない。骨は古く、表面が白くなっていた。
少し離れた場所には、以前見たものに似た小型【魔物】の足跡があった。ただし、数は少なく、途中で斜面の石に消えている。新しいものかどうかも、足跡の縁が崩れていて判断しにくい。
「餌が減った跡かもしれない」
俺が言うと、ゼノがこちらを見る。
「かもしれない、で止めろ」
「何を食べていたか分からないのに?」
レムスが倒れた草を見ながら聞いた。
「分からない。小型の【魔物】が減ったことと、この個体の餌が減ったことは同じじゃない」
「なら、今は草地が使われた跡と、痕跡の少なさだけですね」
調査担当者が記録を分ける。
ガイウスは斜面の上へ顎を向けた。
「腹の減った大型がいたとしても、ここを餌場にしてたとは限らねえ」
「うん。だから上へ確かめに行かない。今日の範囲を超える」
「うん」
「餌が減ったと決めるなら、減る前の数が要る」
その通りだった。今ある骨と少ない足跡は、現在の一部分しか示していない。以前ここに何がどれだけいたのか、季節で変わっただけなのか、人間の往来で場所を変えたのか。比べる記録がなければ、減ったとは言えない。
調査担当者は、足跡の位置と骨の向きを記録した。
「それでも、以前の記録と合わせる価値はあります。野営地で確認した小型・中型【魔物】の痕跡が、この斜面の周辺でも少ないなら、範囲を広げて比較できます」
「今日、上へ行く?」
俺が聞くと、ゼノは斜面の上を見た。土は乾いているが、端に細い亀裂が走っている。途中には身体1人分ほどの幅しかない岩棚もあり、その先は木の根が露出していた。
「行かない」
即答だった。
「見るべき場所はある。でも、今の道具と時間では、確認するために入る場所じゃない」
「入口までの記録で足りる?」
「足りない部分を残して戻る」
俺は斜面の高さと、入口から見える範囲を描いた。見えない場所を、見えたことにはしない。上へ続く溝も、身体が通った線とは書かず、南へ下がる可能性のある地形として記録した。
戻る途中、灰色の粉を取った岩の近くで、レムスが足を止めた。
「音がする」
全員が止まる。斜面の上から、小石が1つ転がってきた。続く音はない。木の枝が揺れたわけでもなく、風の流れも変わっていなかった。
ゼノが斜面を見たあと、周囲へ視線を移す。
「姿は?」
「確認できません」
「なら、追わない」
俺は音の位置だけを記録した。テンペストドレイクが残した石かもしれない。小型【魔物】が動かしたものかもしれない。崩れただけかもしれない。音を拾ったことと、原因を知ったことは別だった。
身体の場所へ戻ると、油布に包んだ板状鱗はそのまま残っていた。周囲の地面にも、大型の新しい跡はない。解体担当者へ渡すために、鱗の位置と包んだ時刻を記録する。
「今日は、斜面の入口まで」
調査担当者が帳面を閉じた。
「餌場があった可能性と、現在の痕跡が少ないことは残します。南下の理由は、まだ決めません」
帰りの支えを通る前に、俺は地図へ新しい線を引いた。テンペストドレイクがいた場所。そこへ続く曲がり。灰色の粉が残った岩。枝の線。草の倒れた範囲。古い骨。少ない足跡。斜面の上へ続く、まだ確認していない溝。
身体の傷だけでは、来た理由は分からない。
身体が通った場所だけでも、まだ足りない。
それでも、見えない場所を残したままなら、次に何を調べればいいかは少しずつ絞れる。俺たちは板状鱗を置いた場所を確認し、人数を数え、昨日と同じ順番で支えを渡った。
町へ戻るころには、昼の鐘が鳴っていた。
持ち帰ったのは、灰色の粉の小さな袋と、斜面の入口の記録だけだった。鱗はまだ山に残り、テンペストドレイクがどこから来たのかも分からない。
けれど、分からないものを増やさずに、次に見る場所を決めることはできた。
俺は帳面の最後へ書いた。
斜面の入口を確認。餌場の可能性あり。痕跡は少ない。古傷との関係、南下の理由、上部の道は未確認。
そして、灰色の粉の袋を机へ置いた。
次に持ち帰るものを決める前に、今あるものが何なのかを確かめる必要があった。
お読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面の下(または目次ページなど)にある**【ブックマーク登録】と、【★★★★★評価】**で応援していただけると本当に嬉しいです!
感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。
それでは、次回の更新でお会いしましょう!




